幼少期 獅子の牙 5
3日目の昼、今日の夕方には領都ケーグルに入る。もうそろそろ城壁が見えそうだという頃、シンはゼルを抱いてガタゴトと馬車に揺られていた。
「マズっちゃったかなぁ・・・。」
昨日の狼の襲撃の時に、とっさにいつもの狩りの感じで『スラッシュ』を使ってしまった。
その後、ライオネル達護衛の様子がどうもぎこちないのだ。
幸いなことにゴレとムタは今まで通りの対応だが、明らかにライオネル達は警戒しているというのがわかるのだ。
シンは村から出たことがない。そのため、普通の12歳という年の子供が何ができて何ができないのかという判断基準が村にいる子供しかない。村にいる子供で魔法に長けている者であれば『スラッシュ』は使えるし、いつもお隣の狩人クオンさん達と狩りをするときには魔法も剣も使っているし、狼ぐらいであれば、それがフォレストウルフだろうがシャドウウルフだろうが自分で対処できないと狩りには連れて行ってもらえないのだ。
昨日は5匹だけだったし、急だったのでとっさに狩りの時と同じように短く言葉を発し、状況を伝え、自分で対処してしまった。
ただ、剣に『スラッシュ』を載せるのはやりすぎだったかもしれない。
普段であれば、『ボール』か何かで牽制して、剣で切り飛ばしている。だが、今持っているのは剣鉈で切り裂くにはあまり向いていないこともあり、『スラッシュ』で切ったのだ。
村にいるときは基本『スラッシュ』などの殺傷力の高い魔法は使わない。というか、使っていて母に怒られた。
10歳の時に剣が欲しくて、木片を削り、剣の形に整えた。ちょっと凝ってしまい、手元の鍔の装飾や、剣の腹に本で見たことのある文様みたいなものも彫り込んだ一品で、作っているときにトールに見つかってしまい、結局同じのを2本作った。
木剣を作って普通の子供は満足するのだろうが、シンは使ってみたくなった。
その木剣を持って近くの原っぱに行き「ふぉん、ばしゅっ。」などと口で効果音を付けて、草や木を切り払う真似をしていた。
でも、しょせん木剣。いくら鋭く削ったところで本当に木の枝などが切れるはずがない。
一緒に木剣を振り回していたトールは「おなかがすいた」と言って家に帰ってしまった。
シンは木の枝に打ち付けて、少し刃の部分がへこんだ木を見つめ。何やら考え込んだ。そしておもむろに木剣を置いて、何も持たずに剣を振る真似をしてみる。そしてまた何かを考え込んでいた。
以前、父親の持っている本の中に、武器に魔法を付与することができると書いてあった。
切れ味が鋭くなったり、魔法を切ることができたり、壊れにくくなったりするらしい。
でも、どのように魔法を発動するのかは書いていなかったが、本に書いてあるならできるんじゃないかとシンが思った。
シンは何となく木剣に魔力を通してみるが、全体的にぼぉっと光るだけでちっとも切れない。憮然とした顔をして木剣を持って家に帰った。
家に帰ると畑で農作業をしていた父に武器に魔法を付与する方法がないか聞いてみた。
父親は「ふむ・・・。」とだけ言って、少し考えると、「夕飯が終わってから教えてあげるよ。」と言って、農作業を再開した。
夕食後、父から付与について教えてもらった。
曰く、武器に魔法を付与するためにはどんな効果を出したいのかをしっかりとイメージすること。例えば、切れ味を鋭くするためには、刃の部分を中心に、非常に薄く、割れない鋭利な刃をイメージして、刃の部分だけに魔力をまとわせる。魔法を切るためには剣全体に魔法を薄く延ばし、他の魔法と反発するように、壊れにくくするためには、剣を構成している素材がバラバラにならないように、中心に向かって固めるようにするらしい。そのうえで、例えば、剣や杖から『ボール』や『ランス』、『スラッシュ』を放つには、武器を手の延長のように考え、その先に魔力を集めるようにするということを嬉々としてシンに語った。
当時10歳の子供にそんな難しい芸当ができるとは思っていなかったが、知識として知っているのと、全く知らないというのは全然違う。難しいことでもその現象があるということを父親はシンに伝えたかったのと、ただ単に「お父さんはすごいことも知っているんだぞ。」というある種の見栄から、シンに魔法の付与について教えたのだ。
それからシンは毎日のように木剣を片手に魔法の付与を試してみた。
木剣に流す魔力の量を変えたり、形を変えてみたりしながら、ブンブンと木剣を振り回していた。最初のうちは付き合っていたトールも2日目から飽きたのか、他の友達と遊びに行くようになっていた。
そして、ちょうど一週間が過ぎた頃。
畑仕事をしている父のもとにシンが笑顔で走ってきて「できた!!」と叫んだ。
父は最初何のことかわからなかったが、シンがいきなり木剣に魔力を流し、見事魔力を付与して見せたのだ。
とっさのことに父は茫然として、手に持っていた鍬を落としてしまった。
だが、シンは「こんなのもできるよ!!」とニコニコしながら、剣を構え、5~6メートル先の木に向かって、剣を振りぬき、剣の切先から『ボール』を発動させた。
運がいいのか悪いのか。魔の森の近くでとれる木は魔力をたくさん吸い上げて大きく育つため、魔力のとおりがいい。そのため、カートの村で伐採された木は杖の材料や大きな建物の建材に使われることが多かった。その木から作った木剣は魔力付与にはもってこいの練習材料だったのだ。
ドンという音とともに木に『ボール』がぶつかり、「ね。」と嬉しそうにシンは父を振り返った。
父もまさか、10歳の子供が魔力付与や武器での魔法発動ができるとは思っていなかったので「・・・あぁ。」としかいうことができなかった。
よほどうれしかったのか「おかぁさぁぁん、できたぁぁぁ。」と叫んで家に向かい、母の前で魔力付与をした瞬間に、拳骨をくらい、「人のいるところで二度とするな。」と怒られた。
畑で茫然としていた父はその後、母にしこたま怒られ、一週間おかずがなかった・・・。
その時以来、狩りの時以外は使ったことがなかったが、昨日はとっさの事だったので、使ってしまった。
そのことで、警戒されていると思い反省しているのだ。
「ゼル、どう思う?」
ゼルは両手の中でプルプルと震えるだけだ。
ゼルは声を出したり鳴いたりすることはない。それはスライムには発声器官がないためであり、形で感情を表すようなことはあっても、声を上げることはないのだ。
一人と一匹でう~んと悩んでいるときに
「・・・領都が見えたぞ。」
とライオネルから声がかかり、シンは馬車の幌から身を乗り出すように、前を見た。
「おおおおおおおおお!!!」
領都ケーグルの周りの城壁が遠くに見えていた。
周りはすでに木々はなくなり、草原地帯。
そこに整備された街道がいくつか見え、それがつながっている先に、灰色の壁で囲まれた街が見えるのだ。
遠くからでも存在感があり、ここにきて『村を出た』という実感がわいてきた。
「夕方までに城門に着かなきゃ、中に入れてくれねぇからな。まぁ、この調子でいけば、日が暮れる前には中に入れるだろう。」
そうライオネルが言うと、にこりと笑った。
他の護衛達も領都を見て興奮しているシンを見て笑っている。
シンも田舎者丸出しだったと思い、バツが悪そうにうつむいた。
「今まで村にいたんだ、いきなり町をすっ飛ばして領都のでかさを見りゃ、そりゃ興奮するだろ。」
そう言って、シンの頭をガシガシと撫でた。
昨日までの警戒するような雰囲気は薄れていた。
シンはほっと胸をなでおろし、領都を見た。
まだ遠くに見えるそれにこれから三年間頑張ろうと、気持ちを新たにするのだった。
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