プロローグ9 『日常』との決別
「どうだ?」
「順調です」
「そうか」
この世界のLIGHTSの司令室にセイバー達はいた。今のエミルからの報告は、こちら側からの干渉が上手く言っているかどうかのテストだった。
「嘘は何から何までばれているようですが、そこまで嫌悪感も持っていないかと」
「もうルシファがどう思っていようが、関係ない。周りに人気がいないところに彼等が移動したら、実行に移る」
「すみません、失礼します」
そこで通信が途切れる。
「やれやれ、嫉妬かな。あれは」
「どうでもいいことだ。私はああいう感情は知らん」
「遺憾」
「こらこらボルク、怒るなって、嬢ちゃんも色々必死なんだろ」
カップル限定の店に入り、会話は楽しげに交わされ、二人に流れる空気はこの状況下に置いても穏やかだった。彼からしてみればそれは微笑ましい光景だったが、彼女にとって見れば複雑なものもあるだろう。今置かれている立場を考えればなおさら、である。
「例の噂、聞いたか?」
ランスロットが今の会話の延長線上としてセイバーに尋ねる。が、返ってくるのはいつもと同じクールな返答のみ。
「ああ、だが干渉はしない」
「おいおい、嬢ちゃん発狂しちまうぜ?」
正直彼は心労で倒れそうだった。ただでさえ問題は組織内外に山積しているのだ。これ以上の揉め事は勘弁して欲しかった。
「仕方あるまい。今その道を回避しても、直に同じような事はまた起こる」
「そりゃ、俺たちが何かできるわけでもないけどよ」
「だから変える。こんなことは」
「そう、だったな」
彼は、そう言って会話を切り上げた。そう、だから今はこの任務に集中しなければならない。いつか本当に力を持って、LIGHTSとして活動するためにも。
「さて、次はどこへ行く?」
「こっち」
店から出ると率先して彼女は歩き始めた。文句も言わず付いて行った彼の前に現れたのは・・・図書館。
「は、はは」
「何がはは、なの?」
「い、いや、えーと・・・」
正直彼は図書館にあまり良い思いではなかった、中学までは好きだったのだが、
「何、どうしたの?」
それがな、と前置きしてから彼は話しだした。
「ねえ、ここどこ?」
「図書館、お前がいた国には無かったのか?」
「いや、あったけど」
「じゃあ、何で目の前にあるものが本だと分かってないんだよ?」
エミルと二人で図書館に来た時のことだった。本を手にして固まり、挙句の果てに現在地まで聞いてきた彼女に、彼は呆れ、とりあえず図書館とは何か、事細かく説明する破目に陥っていた。
「え、本!? これが?」
「じゃあ、お前の中の本ってどんなだよ」
「え、大容量集積チップで・・・」
「は? 何それ?」
「ご、ごめん何でも無い!」
「おかしなやつだな」
「気にしないで、へえ、これが本・・・」
その後、物珍しげにあれは? これは?と聞き周る彼女に対し彼は一つ一つ説明していった。他人の物にまで指を刺し始めた時は、流石に彼が止めたが、彼女の好奇心はとどまる事を知らず、本一冊一冊の製造過程を問われるころには、とっくの昔に周りの見世物小屋と化していた。
「く、苦労してるね」
「ああ、お陰でそれ以来ここには来てない」
「・・・分かる」
その頃、LOGHTS内では、
「予習不足だ」
「違います、これもこれもコミュニケーションの為、やむを得ず、無知を装っただけです」
「対象の立場悪くしてどうすんだよ」
こんな会話が展開されていた。
「お前、いつも何読んでるんだ?」
「『森の夜に』とか、『陽炎の歌』とか」
「また随分古典だな」
彼は心底驚いた。どれも専門家位しか見向きもしない物だった。案外、解読させれば研究も一気に進むかもしれない。
「うん、この国の古典はかなりレベルが高い。現代人が書いてる小説は展開が雑すぎてついていけない」
「へえ」
彼らは図書館内にいた。建造されて随分経つ館内は所々ガタが来ていたが、それもこの建物の魅力の一つとなっており、近隣の住民から親しまれていた。
「それ、僕が最初」
「違うもん」
「僕」
「私」
横目に展開される子供の会話を楽しげに見ながら、彼らはゆっくり言葉を紡いでいく。
「そっちはどんなの読むの?」
「展開が雑すぎる小説」
「例えば?」
「・・・『恋の魔法』」
言った瞬間彼女は吹き出していた。
「何だよ」
「い、いや、知らないけどタイトルからして似合わない」
「タイトルどおりの内容でもないからな」
ようやく笑いが収まった彼女に、彼は言った。
「どんな話し?」
聞かれて彼は一瞬言うべきかどうか迷ってから、静かに話し始めた。
「簡単に言うと、名前も親も分からない一人の少女が、ある日一人の男に出会う。その男も自分の名前も親も知らなくて、途方に暮れてた。お互い似たもの同士だった彼らは一緒に暮らし始めるんだが、その内少女が気付くんだ。自分の過去に」
「・・・どんな過去?」
「彼女はその前にも、その前にも今の男に恋をしていたんだ。その恋をしている時だけ、彼女は自分の過去をある程度まで思い出せる。そして、本当に彼女が彼に恋をした時、彼女は全てを思い出すんだ。自分が本当は人間じゃなかったことに」
「・・・彼女は、何だったの?」
「彼女は恋だった。恋そのもの。恋をしなければその存在は現れず、冷めれば存在は消える。恋をするためだけに生きて、それだけに全てを懸ける。冷めれば、彼女は何者でもない存在に戻り、また無意識の内に恋を求めて、同じ相手を求めてさ迷うんだ」
「相手の男は?」
「恋が恋することができるのはまた、恋だけだよ」
「・・・」
「この話には続きがある。その内、彼女は何度と無く繰り返されるループを断ち切ろうとする。つまり、恋に絶望したんだ。いつか終わりが来るなら、記憶のある今の内に全て終わらせよう、そう思い、彼女は自分の頭に銃を突き付けた」
「死んじゃったの?」
「いや、彼女は死ななかった。彼女が死ねば、片割れは一人ぼっちだ。実は彼もまた、同じ事をしようとしていたのだけれど、二人がいなければ、世界から恋が消える。恋が無いという事は、愛も、悲しみも、憎しみも、楽しさも、全てが失われるということ。そんな世界を彼らは望んではいなかった。だから彼らは魔法をかけた。恋がかけた、たった一つの魔法」
「どんな魔法?」
「永遠に恋を忘れないように、と。少なくとも、自分たちはお互いをもう嫌いになったりはしない。それはまた、別の役割をもった誰かがすること、自分達には、自分達の役割があるから。そして何より彼らは」
そこで彼は一呼吸置いてから主人公の最後の台詞を、願った。
「この魔法が叶う世界にいられるなら、私は何度でも夢を見られる。例え私に何も残らなくても、この身が朽ちようと、廃れようと、見るも無残な墓標の上に立とうとも、思いは残る。確かに貴方を愛した思いはここに残る。それさえあれば、世界は、人は恋に絶望などせずに済む。例え一時、その気持ちが失われ、他の思いがその人に降りかかろうとも、いつかまた、人は誰かに恋することができる。きっとその世界は、暖かく、心地いいものであるはずだから、生きよう!この道が誰かに閉ざされるその日まで、明日を笑顔で迎えよう!明日に希望を持ち続けよう!」
彼は自分の全てを吐き出すかのように言い切った。周りの人も、何も言わずただ黙って彼を見つめていた。
「いい、話ね」
ライトがいつになく優しい声と共に、彼の手を取った。
「俺も、こうありたい。もし自分の正体を知った時、例え一時絶望する事があっても、それに打ち勝って、自分が何であっても、明日が来る事が楽しみになるような、そんな人生を送りたい」
「なれるよ」
「ああ、なる」
静かな時間が流れた。二人で一通り本談義を終えた後、ライトが切り出した。
「ねえ、さっきの『恋の魔法』っていう本のことなんだけど」
「何だ?」
「私たちが今日だけ、その本の登場人物になってみない?」
「登場人物って、恋に?」
「そう、今日だけ、私たちが恋の代表」
「何か申し訳ないな」
「いいじゃない、行こ、ルシファ」
「分かったよ、ライト」
腕を組み歩き出した彼女たちに残された時間は、もう多くは無かった。




