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プロローグ8 偽りの『日常』

「朝、か」

 昨日からずっと眠れず、いつのまにか朝を迎えていた。

「一体、今日は何をさせられるのやら」

 昨日の夜から抱えているもやもやした気持ちは朝日を見ても晴れる事は無かった。とりあえず身支度を整え、部屋の外に出る。この建物ももう慣れたが、できれば家に帰りたかった。

「おはよう」

「・・・おはようございます」

「つれない返事だな」

 エリックだった。昨日とは打って変わって普通の態度。出会った時はまだ可愛げがあったが、今ではもう何の感情も持ってはいない。

「もう少し組織内でも愛想良くしろよ、損だぜ」

「気を付けます」

 会議室までの道のりが長く感じる。それも最近、嫌な噂を聞いたからだ。エリックが、エミルの事を好きだ、という。根も葉も無い噂だったが、無下にあしらうにはこの男の権力は強すぎる。結果、今でも会話が続いている。

「やれやれ、何させられるのか」

 当然のように隣に座ってきた彼が彼女に問いかける。それを見て同情のそぶりを見せる者も何人かいたが、結局は黙って皆それぞれの場所に散って行く。

「さあね」

 その点は彼女もまた気になる点だった。これから上層部がどう出るのか。セイバー達が決めるのだろうが、所詮彼女たちは傀儡、実質的な力を持っていない者たちに劇的な変化は起こせないはず、という彼女の予想はセイバーの開口一番で砕け散った。

「本日、ライト、ルシファ両名を」

「?」

 何故かルシファの名前が出てきた事に彼女は疑問を持った。何故? 彼はもう少し長期的に見なければいけない存在であるはずなのに。自分の考えに没頭する彼女は隣の男の自分を見つめる視線には気付ける訳も無かった。

「LIGHTSへの反逆罪として、処分することが決まった」

「なっ!」

 反逆罪、処分。二つの言葉が意味する結果は簡単に見えた。死刑だ。だが、彼等はまだ何もしていない。ライトだけを処分するなら納得だが、ルシファに何の罪があるというのか。

「後ほど詳細は追って連絡する。以上だ」

「待ってください!」

 立ち上がりかけたセイバーをエミルが呼び止めた。

「何だ」

「何故、ライトだけでなく彼もなんですか?」

「不満か?」

「当然です! LIGHTSはいつからこんな―」

「決まったことだ」

 有無を言わさぬ口調でセイバーはこちらを見つめてくる。

「そういうことだ、何なら、今回はメンバーから外してもいいが?」

 ランスロットの申し出に彼女は首を振った。決定したのであれば、自分は従うだけだ。そう、決めたのだから。

「やります」

 そう、決めたのだから。


「朝、か」

「起きてたんだ」

「ライト」

 彼はゆっくりベッドから体を起こし、彼女の方に向き直る。

「眠れたか?」

「私は寝なくても大丈夫だから、そっちは?」

「まあまあ、かな」

 見つめ合う視線は彼の方から逸らされる。

「・・・ご飯作ったから」

「分かった。今行くよ」

 あるのは日常と全く変わらない光景。違うのは、この家に彼等以外の誰もいないこと、そして、どこか彼等の間に流れる空気が重いこと、それだけでもう彼等は遠い異世界にいる様な気がしていた。

「あのね」

 朝食を口に入れる作業を繰り返す中、ライトが口を開いた。

「何だ?」

「今日、二人でどこか行かない?」

「二人で?」

「そう、二人で」

 珍しいことだったが、彼はもう何も言わなかった。手に入れた次の瞬間から、ポケットに密かに入れていた物を手で触れながら、答えた。

「分かった。行こう、どこかへ」

「うん」

 最初で最後の彼等二人きりの一日が、始まった。


「嫌われただろうな」

「構わん」

 司令室までの道中、セイバー達は重い足取りだった。正直なところ、私情を抜きにしてもルシファまで殺すことに彼等は反対だった。現に、昨日の夜まではその方針で固まっていたのだ。にもかかわらず軌道修正せざるを得なくなったのは、『ハムルス』の圧力がかかったからだ。

「別に、今は何の力も無いんだし、放っておけばいいのに」

 ランスロットの愚痴は軽く聞き流され、彼もまたこの重い空気に押し黙る。部屋に入って彼等は、彼等の運命を決めた。

「始める」

運命の時は、もうすぐそこにまで迫っていた。


「さて、まずはどこへ行く?」

「ついてきて」

「了解」

 前を行く彼女の後ろに彼が付く形となって、彼等は歩き出した。

「ここは・・・」

「次は、いつ来れるのかな」

「さあ、な」

 彼等は校門の前に立っていた。今日は休日のため、学校にいる生徒は、部活か、補習を受けている生徒くらいで、いつもと比べて閑散としていた。

「なあ、何でお前部活入ってなかったんだ?」

「え?」

「ほら、お前、部活入ってないだろ? 色んなとこの部長が俺の所に来て、妹を説得してくれ、ってうるさかった」

「え、ええと・・・」

「出る杭が討たれないように、ってか」

「あ、まあ、そ、そんな感じ」

「嘘つけ」

「へ?」

 一瞬で嘘が見抜かれ、というより上手く誘導されている様な気がして、彼女は彼の方を見ると、その顔はいたずらっ子の様に笑っていた。

「処分された時、周りに迷惑をなるべくかけない様、あとイリア人って嘘ついてたのは、いなくなった時、理由がでっちあげやすいから。だから、LIGHTSはこんな世界を用意したんだろ」

「・・・どうしたら今の会話から、そんな結論が出てくるのよ」

 本当に感心した。あれだけの情報でよくそんな仮説を立てられるものだ。

「俺が何も考えていなかったとでも?」

「う、ううん、賢いとは思ってた。結構冷静だし」

「本当かよ」

「ほ、本当。賢いし、しっかりしてるし」

「それは褒めすぎ、だぞ」

 頭を小突きながら、彼は歩き出した。

「え、どこ行くの?」

「俺の行きたいとこ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「こ、ここ?」

「悪いか?」

「いや、悪くは無いけど」

 ライトが呆れたような口調で彼に言った。彼等がいたのは、街の中でも有名なショッピングセンターだった。この時期はただでさえどこも人で一杯だが、ここは別格だった。

「別にどっかで待ってても良かったのに」

「いや行く」

 人混みを押し分けるようにして、彼等は進み、目的の店へと辿り着いた。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

「ええ」

「こちらへどうぞ」

「ここって・・・」

「俺がよく来る店、いつもは空いてるんだが、今日は流石にすごいな」

 彼等は何とか最後に残っていた席に滑り込んでいた。店の外に出ていた、『本日カップル以外お断り』の看板には当然ながら彼等が気付くことは無く。

「クリスマスってこと忘れてた?」

「もう12月だもんなあ」

「それにしてもカップルばっかり」

 店内は大いに賑わっていた。いつもはシックな室調でまとめられている店内は、今日ばかりは、クリスマスの飾りがふんだんに使われており、見事にクリスマスを演出していた。

「最初はエミルに連れてきてもらったんだ」

「・・・それで?」

 ライトのメニューをめくる手が一瞬止まる。

「ここのコーヒーがかなり上手い。あいつは飲めないみたいだったけど。何か全然食文化が違うとか言ってたのは、こういうことだったのか・・・」

「私はこの世界の食べ物結構好き。この体になって初めて味が分かるようになったていうのもあるけど」

「どんな格好してたんだよ」

「manekinn」

「は?」

「あ、ごめん。何でだろ。言語翻訳が上手くいかなかった。マネキンみたいなの。コーワーイーぞー」

「全然怖そうには聞こえん」

「そんなことない、あ、これおいしそう」

「どんだけ入るのか知らんが程ほどにしとけよ」

「ん」

 楽しそうにメニューを眺める彼女を眺めながら、ふと外を見るとありえない人物と眼があった。エミルだった。

「おい」

「分かってる。でも、まだ何の指令も出てないし、彼女一人以外誰もいない。彼女だけでは私の制圧には力不足」

「大丈夫か?」

「大丈夫だって、忘れたの? 私の正体」

「そうだったな」

 LIGHTSの狙いが何なのかは分からなかった。助けてくれたり、狙われたり。大体、自分たちで作った物を、自分たちで壊す。何の意味があるのかさっぱり分からない。怖くなってもう一度、確認の為外を見た時、彼女の姿はもう無かった。

「じゃあ、これにしよ」

 彼女が選んだのはストロベリーパフェ。

「好きだったな、そういうの」

「そ、好みに合う」

「俺はコーヒーで」

 いつもの様に同じ物を頼む彼に、すっかり馴染みとなっていたウェイトレスは、何故か不思議そうな顔をして、彼に何やら囁いた。

「ちょっと、あなたいつもの彼女は? さっきこっち見てたじゃない」

「は?」

「だーかーら、貴方かっこいいって言っても、こうもとっかえひっかえするのは問題よ、問題」

 言っている事の意味がようやく分かった。

「こいつ、妹です」

「へ? じゃあ何でここに? あ、そうか混んでて看板が隠れて・・・」

「ご心配なく」

「ご、ごめんなさいね」

 ウェイトレスが去っていった後、彼女が口を開いた。

「全部聞こえた」

「・・・高性能なのも問題だな」

 一気に不機嫌になるライト。

「事実を言っただけだぞ」

「私、本当は貴方の妹でも何でも無いし」

「じゃあ、何だよ」

「貴方が決めなさい」

 こうまでぶっきらぼうにされると、こちらも対抗したくなってくる。

「妹」

「・・・」

「どうした、不満なら言わんと分からんぞ?」

「koibitotoka」

「だから、さっきから何だよそれは?」

「分からない、今日不調だな」

肝心なところで上手くいかなかったことに不満を抱きながらも、この時はまだ、彼女はただの不調だと思い込んでいた。ただでさえ、頭にあんなショックを受けた後だ。後できっちり自分でメンテナンスしよう。それで済むと、彼女はそう思っていた。


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