プロローグ7 『日常』が壊れる前に
「どうする? このまま放っておくか?」
同時刻、同じ建物内、エミルの部屋よりも数倍広い部屋で、セイバーたちは今後の方針を話し合っていた。
「異議」
「まずいだろうな、それでは」
ランスロットの苛立っているかの様な発言にボルクとセイバーは答える。
「ライトねえ・・・殺れない事は無いが、どっか広い場所が欲しいな」
彼等の出した結論は、ライトの破壊だった。あの役立たずにもはや彼等は価値を見出してはいなかった。壊れたら作り直せばいい、ただそれだけ。あれに固執する必要はどこにも無かった。
「いい、私がやる」
「隊長自らかよ!」
「問題あるまい。私の下で起きた問題だ。それに長引けば、『ハムルス』がまたこちらに何か言ってこないとも限らん」
セイバーは簡単に告げ、会話を切り上げる。
「まあ、それでいいなら俺はいいけどよ」
「同意」
そのまま立ち去ろうとするセイバーに向かってランスロットは言う。
「あの坊やはどうする気だ?」
「予定通りだ。協力する気があるならこちらの隊に加える。する気が無いなら、監視をつけて放っておく、もし、魔女や他の組織に行きそうになれば切る。それだけだ」
扉を開けて出て行くセイバーを見送りながら、彼は溜息をついた。
「やれやれ。あいつも苦労するな」
あまり嫌いなタイプではなかった。こちらの話を冷静に聞いていたし、考える力もある。恐らく、こちらの嘘にも気付いているだろう。
「できれば、味方に加えたいところなんだが」
外を見ながら彼は呟いた。この建物を照らす月は、ただあるだけで、何も言ってはくれなかった。
「・・・」
もちろん、隣にいる同僚が何を考えていたのかも、彼には知る由も無かった。
「何が何やら・・・」
ルシファは部屋に閉じこもっていた。正直、今は誰かと話したい気分ではなかった。エミルから貰った腕時計を見つめながら、彼は思う。自分が何なのか、何のためにこんな所にいて、今から何をしなければならないのか。
「まさか本当にくれるとはな」
「教えてもらったんだから当然だよ」
後日、いつもの屋上で、彼は本当に彼女からプレゼントを渡されていた。
「これでも少ない予算の中から必死に捻出したんだから、大事にするように」
「ご命令とあらば」
「よろしい」
彼は貰った物をまじまじと見つめて彼女に問いかける。
「で、これは何? 石だろ?」
「アクアマリン、この国には無いから知らなくても無理は無いよ」
実際、別世界から取りよせた物で、ばれたら罰金物の品ではあった。
「へえ、綺麗だな。けど」
「けど?」
不審がって彼女は彼の顔を覗き込む。そんな彼女を見て、彼は石を彼女の髪にと見比べ、納得したように言った。
「これは、お前の方が似合う」
「は?」
そう言って彼は鞄から手ごろな紐を取り出し、器用にそれを石に結びつける。
「ほい、今はこれが精一杯だが、今度まともな物になるように加工してもらおう」
「え、あ・・・」
それは彼が作った即席のペンダントだった。
「きっと似合う」
「で、でもルシファの誕生日―」
「じゃあ、笑ってくれ」
「は?」
「笑顔でいるときが、一番映える」
「いや、でも」
とっさに彼女の気持ちに芽生えるのは拒否反応。いい友人でいられるなら、それに越した事は無い。だが、その先までいくのは危険だ。彼女の直感はそう告げていた。
「どうした?」
「やっぱり、受け取れない」
頑なな意思を見て取った彼は考える。正直、彼の気持ちも彼女と似たり寄ったりな所はあった。これ以上他人に近づいては駄目だ。いざという時迷惑をかけるかもしれない。あげたのは母さんが偶々見つけたキーホルダーが、彼女に似合うと思ったから。ライトやフェイトに同じように何かを送る事は、これまでにもいくらでもあった。これで、もう終わりしよう。その覚悟で彼は今日ここに来ていた。そのはずだった。
「だったら、こうしよう」
「え?」
彼は石から紐を外し、思ってもいなかった言葉を口から出していた。
「一旦は俺が貰う」
「う、うん」
「だから、次のエミルの誕生日に、ちゃんとペンダントにして渡す」
「は? それじゃ何も変わら―」
「いいんだよ、俺がそうしたいんだから」
彼女は勝てないと思った。その一方で、ライトの気持ちが心から理解できた初めての瞬間だった。
「わ、分かった」
「よし、約束だ」
「うん、約束」
お互い笑顔で約束しあった。一方にとっては、友人が親友に、また一方にとっては、友人が何かに変わった瞬間だった。
回想が途切れる。こんなことを思い出しても、今更どうしようもない。結局の所、彼もまた、何の答えも出せないまま、朝を迎える事になる。




