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プロローグ6 『日常』だったころ

半分以上残された皿を片付けながら、彼女は思う。これからどうする? ここに長くい続けるわけにもいかない。けれど、外に出ようにも狙われているのはルシファだ。彼の正体が何なのかは分からないが、むやみやたらに他人を頼るのは博打になるかもしれない。殺すように指令を出された理由が分からない以上、下手に行動するのはまずい。そして、ここで思考が一瞬止まる。何故、彼女は彼を助けたのだろう? 確か彼女は高校に入ってから彼と同じクラスに入ったと聞いている。学校でルシファに会うことはあまり無かったこともあって、学校での彼を彼女は話としてしか知らなかった。本当に信用してもいいのかどうか、狙いは何なのか。確認する必要があった。もちろん、何故彼があんな事を言い出したのかについても。

『俺は、人間じゃないよな』

あんな顔をする彼を、彼女は初めて見た。いつも暖かくて、自分たちを大事にしてくれた。いきなりあんな指令が出た時は驚いて、フェイトを止めることもできず、ただ側にもいられず、結果あんな事になった。

「大丈夫、私は味方だから」

 守ろうと思った。いつもいつも先が見えなくて、将来が不安で、自分がどんな事をさせられるのか分からず、不安だった毎日を何とか乗り切れたのは、ひとえに彼のおかげだった。だから今度は自分が守る。少なくとも自分より性能が上の固体はまだ生産されていないはず。フェイトが相手なら守りきれる。彼女に撃ち抜かれるようなミスももうしない。

そうだカラマモル、カナラズ、kanarazu・・・。

 自身に起こっている変化に彼女が気付くのは、もう少し後の話しになる。


「ただいま戻りました」

「ごくろう、何か変化は?」

「いえ、現在は自宅で、ライトと共に」

「そうか、フェイトはこちらで回収しておいた。彼は時期尚早だったな。ライトに一対一で勝負を挑んでも勝ち目は薄いだろうに・・・。ああ、君はもう休め。明日、また新たに何か命じられるだろう」

「はい、失礼します」

 ルシファが少し前まで休んでいた建物に、エミルはいた。上司への報告を簡単に済ませ、彼女は自分の部屋に入り、ベッドへと倒れこんだ。

「何やってるんだろう・・・」

本来なら今日はこの世界の自分の家で彼と一緒だったはずなのに、組織によって半ば強引な方法で彼女はここに呼び出されていた。ふと、ずっと服の下に隠して付けているペンダントに手を触れる。

「今頃家で二人か・・・」

ライト、決して嫌いなタイプではなかった。この組織が管理している固体の中で、彼女はとびきり優秀だった。様々な世界に任務として送り込んできたが、常に彼女の出す成果は一級品だった。だからこそ、彼女は妹役としてこのプロジェクトに選ばれ、特別な体を与えられ、ライトの名前を得た。それまでは単なるマネキンの様な外観だったが、今では自分よりも女らしく見える。ただ、送り込んでから数年で、組織にとって致命的な誤算が発生した。送り込んでから数年後、ライトが彼に恋をしたのだ。こればかりは誰も予想していなかった。彼女たちに同情的で常に庇ってきたアリアも、その報告を受けたときはまさか、という顔をして固まっていた。エミルやエリック、カイルはその時は気にも止めず、事後策として、完璧にコントロールできるフェイトを送り込んでこの問題は解決だと思っていた。

「まさか、フェイトもか?」

「分からない、けれど最近反応が鈍い。このままいくと、こちらの命令を聞かなくなる可能性も出てくる」

 エリックの驚きにエミルは事務的に返事を返す。

「ちょっと待て、ライトはともかく、フェイトも、って無理な相談だぜそれは。あいつは完璧に機械だろ?」

「そのはずなんだけどね」

数年後、彼女たちは全く同じ問題に直面する事になっていた。生まれたときからこの世界の任務に携わっていて、彼のことについて現在最も詳しいはずの彼は首を捻る。

「あいつそんなにもてたっけ」

「分からないの? この世界に何年いるのさ?」

「な、あいつは少しとっつきにくいんだよ。この仲になるまでどれだけ苦労したと思って     る」

「どうだかね」

この時点では彼女は彼よりも立場が上だった。彼が『ハムルス』の関係者と上から告げられた瞬間、立場は大きく変わったが。

「ともかく、私も来年からそちらへ異動だ。よろしく頼むよ」

「はっ? 高校から?」

 とても嫌そうにこっちを見てくる彼に彼女は笑顔で続けた。

「そう、そこでは昔からの友人と称して彼に紹介してくれ」

「はいはい了解しましたよ、先生」

「分かればよろしい」

 それで良かった。誰かができなければ、誰かがやる。それが今までのやり方だった。だが出会ってすぐ、フェイトの反応の鈍さの原因はフェイト自身の問題ではなかったことに直ぐに気付いた。

「何者ですか?」

 転校初日、彼女はライトに呼び出されていた。まだこの時、ライトは中学生であり、そこで絶大な人気を持っている事を彼女は知っていたが、何故自分を呼び出したのか、彼女は見当もつかなかった。 

「君が予想している通り、組織の人間だよ」

 相手は戦闘のエキスパートだ。こちらを襲ってくることはまず無いが、それでも若干の恐怖と警戒心を抱きながら、彼女はあくまで友好的に接しようとしていた。

「何が目的です?」

「自分の立場を分かってる? 私はあなたの―」

「どうするつもりです?」

 その瞳には何の迷いも見えなかった。ただあるのは、何がしかの決意、それだけ。

「私はただ監視するために来ただけだよ」

「フェイトに気付きました?」

「!」

いきなり図星を突かれて、彼女は明らかに動揺した。失敗だったかもしれない。彼女は初めてそう思った。もし、本当にライトがルシファ側についたのであれば、エミルやエリックに勝ち目は無かった。それこそ隊長クラスがでてこなければ制圧できない。

「何をした?」

「少しいじくっただけです。あなた方の命令と共に、私の命令も聞くように」

「君の命令?」

「彼にいかなる被害も生じないように」

「君は・・・」

「手は出させません。もし、何かあれば、私はすぐにあなた方と敵対します。失敗でしたね。半ば高性能なのをつくって、ある程度の自由を与えた途端、反逆されるなんて」

「だが・・・」

まさかここまでとは思っていなかった。ほんの気まぐれ、もし好きでも、彼女なら命令には従うだろうという先入観は未だあった。今まで彼女は様々なものを見てきたはずだ。戦い、戦って殺し続けて。嫌というほど人間の醜さを知っているはずなのに。

「私は組織の命令に従う。もし何らかの命令が下れば、君も処分される事になる」

「どうぞ、できるものなら」

何が彼女をここまで突き動かしているのか全く分からなかった。ルシファは今日すでに会っていたが、別段魅力的な男でもなかった。容姿はこの世界では優れている方なのかもしれないが、この世界と自分がいた世界では美的感覚が若干ずれている。

「君は人間じゃない。例えどんな気持ちを抱いていようが、彼は君の思いに応えてはくれない。分かっているんだろう?」

その時、彼女が見せた顔をエミルは見た。一生忘れる事ができそうも無い、そんな壮絶な笑みだった。

「ええ」

もう、何も言えなかった。ここまで来たら、もう処分するしかない。いかなる方法を使おうとも、危険と判断したら消さなければ、こちらが潰される。


「へえ、妹がいるんだ」

「かなりの美人だぜ。中学の頃一年一緒だったが、相当の人気があった」

 後日、彼等は予定通りに三人で行動するようになっていた。彼が一人でいる事を何とも思わない性格の持ち主だったことが幸いして、高校ではこの三人の組み合わせが普通になっていた。

「別に」

「謙遜しちゃって」

「うるさい、これでも食ってろ」

 ルシファが自分の弁当のトマトをエリックの口に放り込む。いきなり嫌いなものを口に放り込まれ、トイレへと走り去るエリック。こんな日常が当たり前となっていた。

「何で、俺に打ち明けたんだ?」

「え?」

「自分がイリア人だって」

 彼女は自分をイリア人だと彼には告げていた事を思い出す。近づくことが目的なら、できるだけ彼が自分に興味を持つように仕向けるのが一番だと考えての結果だった。予想通り、彼は興味を持ち、こうして話しかけてくる。

「どうしてだろうね」

 彼女はさらりと告げる。正直、いずれは処分が下されるであろうこの人物に対し、彼女は素の自分を見せた事は無かった。それなりにクラスメイトを誘いもするし、かなりの人気も得て、学校内では非常に動きやすい立場となっていたが、どうにも彼はエリックの言う通り、とっつきにくい人物だった。まず、何を考えているのかこちらには少しも悟らせない、かと思えば、時々こちらの心を読んでいるかのような発言もするし、気遣いも見せる。優しいのか冷たいのか、本当にこちらに興味を持ってくれているのか不安になって、毎日会話を思い出してみるが、彼の本質は全然見えてこなかった。

「変わってるな、お前。『エミル様』が俺なんか側に置いてたら、評価が右下がりだぞ」

「大丈夫、できの悪い臣下を一人おいといても、もう揺らがない程度にはなってるから」

実際、彼の存在はマイナスではなかった。周りの評価は思ったよりはるかに高く、何故一人でいるのか、皆目見当がつかなかった。

「じゃあ、そのできの悪い臣下が個人的なアドバイス」

「聞いてあげる」

「嘘っていうのは、積み重ねるほど、重くなる」

「へ?」

一瞬ドキッとした。まさかばれた? いや、そんな隙は見せてないはずだが・・・、と彼女がパニックになっていると、彼は笑いながらから揚げを口の中に放り込んできた。

「俺も、嘘つき続けてるから、似たような人間は何となく分かる。エリックもかな。お前ら、持ってる空気が良く似てる」

「そ、そうかな。昔から一緒だったから、そのせいかも」

「もし、言える事なら、誰かに言ったほうがいい。それだけで楽になるから。一人で抱え込むと、ネガティブな方向にしか考えがいかなくなる」

「大きなお世話だよ」

何だか、こっちが一方的に見抜かれているかのような気がして腹が立ってくる。そんな彼女に彼は何かを思い出したかの様に、鞄から何かを取り出して、こちらに渡してきた。

「何、これ?」

「今日だろ」

「何が?」

本当に何か思い出せなかった。今日は特に何も無かったはずだが・・・、と彼女が考え込むのを見て、彼は少々不安そうに問いかけた。

「誕生日だろ、今日」

「あっ・・・」

すっかり忘れていた。確かに今日は誕生日だと、前に告げていた事を彼女は思い出す。だが、いつ以来だろうか、他人にこんな事をしてもらうのは。もう本当に自分が普通の暮らしをしていた頃、両親にもらって以来のような気がして、そのころの事が急に頭の中に蘇ってきて、彼女はいつのまにか涙を流していた。

「おいルシファ、何やってるんだよ」

「ひゅーひゅー、熱いねえ」

 いつのまにか、クラス中の視線が彼等に集まっていた。慌てて、彼はハンカチを取り出して彼女に渡すが、涙は止まらず、困り果てた彼はとりあえず彼女を屋上まで連れて行いった。

「どうした?」

彼がこちらの顔を覗き込んでくる。正直、こんな顔を見せたくなくて、彼女は顔を伏せようとするが、彼の腕がそれを許さなかった。

「言いたくないなら言わなくてもいいが、もし俺に責任があるなら謝る、すまない」

「違う、そうじゃない」

今、自分がどんな顔をしているのか全く分からなかった。ひどい顔をして、彼に迷惑をかけている 。それだけで、泣くには十分な理由になっていた。

「誕生日にプレゼントを渡されるなんて、お前にとっては珍しい事でも無いだろ?」

「あ・・・」

 ここで彼女は思い出した。そうだ、だからこそ彼女は忘れていたのだ。

「誕生日プレゼント、家族以外の人から貰うの、初めてだったから」

「は?」

 彼のこんなに驚く顔を初めて見た。それはそうだろう。自分は学校の人気者で、リーダーで、率先して何事にも対応してミスもしない。そんな自分が、誕生日プレゼントを他人から貰った事が無いなんて。

「何で? 友達ならたくさんいるだろ?」

祝う習慣が組織内には無かったことが主な原因だったが、それだけではなく、そこまで他人と近づこうとも思っていなかった自分の心の問題もあった。だから、誰にも教えていない。自分の誕生日を知っているのは、彼だけだった。

「何で、君に誕生日を教えたのか分かった」

「?」

 不思議そうな顔をする彼に彼女は言った。

「誕生日、教えて」

 どこか躊躇されているような気がして、彼女は不安になったが、彼はそこで、誕生日を彼女に告げた。実は、彼も家族以外には知る人はいなかったのだが、そこは敢えて隠した。こうして、二人だけの秘密ができる事になった。


「はあ、何考えてるのやら・・・」

 そこで彼女の追想は一旦途切れる。思い出しても仕方の無い話だった。自分は組織の人間で、そこでしか生きる場所は無い。住む世界を破壊された人間の生きる道は、そう多くは無かった。

「明日、どんな顔して会おう・・・」

 憂鬱な夜はひっそりと更けてゆく。


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