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最終話 始まりの終わり

翌日、恭介はLIGHTSの制服に着替え、自室内で世界移動の為の呪文を唱える。行き先はメモに記されている場所。何が起こるかは分からなかったが、彼にもう迷いは無かった。

「行こう」

 一言短く告げ、彼はこの世界から姿を消した。


「桐林恭介、移動しました」

「どこだ?」

 同時刻、モニタールームにセイバーは待機していた。すぐに分析班が解読を完了しセイバーに情報を送る。

「あいつにしては早起きだ」

「余裕だな、セイバー」

 感心したように微笑むセイバーにランスロットは軽く答える。すぐにでも出られるよう最大限援助できる態勢は既に構築済みだった。

 送られてきた資料にランスロットがまず目を通す。と、その目が資料を読み進んでいくごとに段々険しくなっていく。

「どうした?」

 そのままこちらに資料が来ると思い待っていたセイバーが不審げに尋ねる。ランスロットは動揺を隠しながらありのままを報告する。

「データベースに無い世界だ」

「UNKNOWNか」

「みたいだ。それも結構ここの世界と近い」

 セイバーも分析結果を聞いてふと何かを思うような顔つきになる。LIGHTSが異世界への探索を開始してからもう随分長い時間が経っている。しかもここの世界と近いということは恐らくLIGHTSのテリトリー内にその世界が存在するということで、今まで見つかっていないというのも奇妙な話だった。

「気をつけろ、一応な」

「分かっている」

 ランスロットの言葉を背に、彼女はこの世界から離脱し、未知の世界へと向かった。


「何だ? ここ」

 恭介は目に飛び込んできた光景にしばし我を忘れた。一面コンクリートの床が続く無機質な空間が広がっている。周りを見渡す限り何の建造物も無く、地平線はかなり近い。どうやらそんなに広い世界というわけでも無いらしい。彼はとりあえず思いのままに足を踏み出した。

 彼は段々不機嫌になっていく。暫く歩いても特に何かあるわけでも無く、起こるわけでも無く、彼の我慢は限界寸前だった。

「あの野郎! 思わせぶりに渡しやがって! 何もありゃ」

 しない、と言葉を紡ぐはずだった彼の思考は途切れる。振動がした。遠くから一定感覚に響く思い金属音の重なりは、徐々にこちらに近づいてくる。音がする方向をに注意を向けながら、いつでも戦闘に入れるように刀に手を当て力をゆっくりと込めていく。

 そのまま待ち続けているとふいに音が止んだ。それでもそのままの姿勢で一分間、彼の体感時間で待った後、さっきまで音がしていた方向に彼は歩き出した。

「何が待ってるんだか」

 あまり広くは無い世界と思われる空間の中、地平線上に何かが見えてきた。最初は黒い山にしか見えなかったそれは、徐々に全貌を現していき、彼がそれを確認した瞬間、ここに来た事を彼は心底後悔していた。

「げっ!」

 まず、恭介はそれが何か分からなかった。次に、それは何かが固まって大きな塊を形成している事に気がついた。そして、その小さな何かは蟻だということに気がつくまで、そんなに時間はかからなかった。

「おいおい」

 LIGHTS本部に昆虫、と呼ばれる生物は存在しなかった。彼の生まれた世界には当然昆虫は存在したが、久しぶりに見た事によるショックよりも、寧ろその大きさと数が問題だった。

「一匹一匹が人間並みって」

 彼は唖然としながらその大きな蟻の山を見上げた。何匹いるかなどという疑問は確認した時点で頭の中からは消去し、どうすれば気がつかれないままここから逃げられるだろうか、という思いだけが彼の頭を支配していた。

「気付くなよ、気付くなよ」

 じわじわと一歩ずつ、着実に後退していく彼にまだ蟻の大群は気がついてはいない。

「よし、これなら」

 そう彼が油断した瞬間だった、何かが落ちる音がして、彼は固まった。ふと下を見ると、持っていた鞄から歯ブラシが一本、床に落ちていた。コンクリートの地面にプラスチックが当たる音は当たり一面に響き、蟻の大群は一斉にその視線を恭介に向けた。

「あ、あはっはははは」

 乾いた笑い声を上げる彼に、蟻達は優しく微笑み返してくれる、訳も無かった。

 一斉に山が崩れ、彼の方に行軍してくる蟻の大群。

「ちくしょう、こうなったら」

 と、彼はすぐにこの事態に対抗すべく唱えた。

「ヒューリク」

 つまり、逃げるが勝ちということだった。


 恭介が何とか蟻を振り切り、自身の整理整頓能力の無さを嘆いていた頃、セイバーもこの無機質な世界に到着していた。

「やけに静かだな」

 彼女以外、音を発する物はどこにもいない。念のため辺りへの警戒を強めながら彼女はゆっくりと足を踏み出す。何も無い空間を抜けた先に、彼女はようや一つの大きな建造物を見つけた。

 扉を開けると中は無人で、何枚かの書類が床に落ちていた。拾い上げてみると、何かの計算式がずらずらと書き綴られている。他には散乱した酒瓶や、用途不明の機械が数台。

 恐らく受付か何かだったろうと思われるカウンターの脇を抜け、奥の部屋へと向かう。

「何だ?」

 セイバーは思わず鼻を摘んだ。何かが腐ったような異臭が室内には充満していた。部屋は暗く中が良く見えないため、持参して来たライトを付け、そこで彼女は息を飲んだ。

「これは」

 試験管が数百本、いや数千本と並んでいる中に、小さな何かが浮いているのを彼女は見つけた。

「緑色の液体に、何か小さな」

 そこまで言って彼女はもう言葉を発するのを止めた。この小さな何かの正体は一目で知れた。それに加えて、誰かの気配を入り口から感じたからだ。

セイバーは入り口の扉の影に隠れ、剣をいつでも抜けるよう構える。異様な緊張感の中、動いたのは相手の方だった。

「どなたかな?」

 聞こえてきたのは男の声。若いとも老いているとも取れる不審な声に、彼女は徐々に力を溜めていく。

「いるのなら、死んでもらおうか」

 軽い金属音がした後何かが部屋に投げ入れられた。彼女がそれを確認した瞬間、手榴弾は爆発した。


「ん?」

 蟻が追ってこないことに安心して一息ついていた恭介はまたもや地面が揺れたのを確認した。また蟻かと一瞬緊張の面持ちになるが、その気配は今回は無い。

「あっちの方か」

 恭介はぶらぶらと音がした方向に進み始めた。音は遠かったが、歩いてもそう時間がかかるとは思わなかった。

「早く何か起きねえかなあ」

 そんなお気楽な考えの下、彼は進んで行った先で驚くべき物を見る事になる。

「何だよこれは!」

 彼の目に入ってきたのは倒壊した建物だった。原型をそれなりには留めてはいたが、特に入り口部分の崩壊がひどく、中には入れそうも無い。

「他に人もいないし」

 外れだろうか、と恭介が内心溜息をついた時、後ろを何かが通り過ぎたような気がした。

「え?」

 慌てて振り向くと、光の竜がこちらに向かってきていた。

「ひゅ、ヒューリク!」

 ギリギリで回避したそれは建物に当たり、ただでさえ崩壊していた建造物をただの塊へと変えていく。

「紫電」

 凄まじい早さで現れたセイバーが幾千もの矢を放つが、たった今彼の後ろを通り過ぎた何かはそれを簡単に交わしていく。

「下がっていろ」

「は、はい」

 訳も分からず恭介は身近にあった岩の陰に滑り込んだ。今の自分の実力では太刀打ちできないことはすぐに分かった。

「ライトニング」

 彼女は立て続けに竜を放っていく。僅か数十秒間の攻防の後、その何者かはセイバーとある程度の距離を保ったまま動きを止め、こちらにその姿を現した。

「おやおや、中々お強い」

「何者だ」

 中年の男性だった。愉快そうに目を細めているが、内心が全く読め無いタイプ、とセイバーは判断した。眼鏡の位置を直し、白衣を整えた彼はゆっくりとまずお辞儀をし、自らの正体を告げた。

「私の名前はガルダ・L・イエルズと申します。『息子』が大変お世話になっている様で。まあ、私も少しばかり苛められちゃいましたけどね」

「何?」

「マジかよ?」

 怒涛の展開に恭介は頭がパンクしていた、ルシファに言われるがまま来た未知の世界で、何故か戦っているセイバーとルシファの父と名乗る人物、状況把握すら彼は満足できていなかった。

「その父とやらが、何故こんな所にいる?」

 剣先を向けられた彼は少し驚いたように眼を見開いた後、大仰に手を広げ嘆いて見せた。

「嫌ですねえ、折角ご挨拶に来たのに」

「目的は? ルシファは一体なんなんだ」

 そんな彼の動作の全てを無視してセイバーは矢継ぎ早に質問をぶつけていく。

「気になりますか? あんなの放っておいても害は無いでしょうに」

「自分の子供だろう?」

 ルシファをあんなの、と呼んだ男に先ほどより遥かに大きな嫌悪感を抱いたセイバーは詰問を続ける。何か不審な動きをすればすぐにでも切りかかる準備はできていた。

「そうとも言えるしそうで無いとも言えますね」

「どういう意味だ?」

「分かりますよ、いずれ。もう物語は始まっているんですから」

「物語?」

 どこまでも答えをはぐらかす彼にセイバーは強攻策を頭の中で練りはじめていた。素直に答えないなら捕まえて後でじっくり吐かせたほうが手っ取り早い。

「ええ、とびっきりのスペクタクルを用意してお待ちしていますよ」

「貴様はここで捕らえる。色々と聞きたい事が多すぎるからな」

 セイバーの気迫を前にして余裕を見せ続ける彼にセイバーは飛び掛るタイミングを計る。先ほどの戦闘で彼の動きは確認している。全力で追えば追いつけない相手ではなかった。

「直に分かりますよ。全て」

 その瞬間、両者が動いた。

「ライトニング」

 セイバーが剣を振るい、光に竜が彼に襲い掛かる。が、それと同時に彼も蟻の大群をどこかからか呼び出し、盾にする。

「界雷!」

 それを見て取ったセイバーは爆発させ、彼の視界を奪う。この短時間なら世界移動をする暇は無く、おまけに彼の位置はまだ変わっていない。彼女は目の前の邪魔な大群を消すべく剣を構え、唱えた。

「タケミカヅチ」

 一閃、それだけで蟻の大群は爆散していく。

「爆発した!?」

 恭介が驚愕の声で叫ぶ。彼が知っている蟻は切っただけでは爆発しないはずだった。

「目くらましか!」

 セイバーはすぐに煙立ち込める中飛び込んで行くが、もう彼の姿は後も形も残ってはいなかった。

「逃がしたか」

 セイバーが苦々しく吐き捨てた。恭介も岩陰から身を乗り出し、安全である事を確認して、セイバーの下に駆け寄る。

「あの、これは一体」

「分からん。すぐに調査班を編成して調べなければ。手遅れになる前に」

 聞きたい事は山ほどあったが、今は恭介はその言葉で納得しておいた。

「物語は既に始まっている、か」

 どんな物語が始まっているのか、そして、自分はその中でどう歩むべきなのか。

「強くなりたい」

 もう大切な人を失わないためにも。彼は強く願った。


 本部と世界を同じくする空間のまた別の場所で、彼らは話し合っていた。暗闇の中、誰が誰とも分からぬ部屋の中で、十人程の影がゆっくりと言葉を発していく。

「順調ですかな?」

「そのようですな」

「それは結構」

「あの件は?」

「大丈夫でしょう」

「やっと始められるのか」

「ルシファは期待通り働いてくれるでしょうか?」

「別に奴などどうなろうと知った事では無い、今となってはあれはただの余興にしか過ぎん」

「ふむ、ならばもう用は無いですかな」

「我らには翼さえあればそれでよい」

「そうですな」

「そうだな」


「血圧正常、脈拍も異無し」

「後どの位だ?」

「もう間もなくです」

 LIGHTSテリトリー内奥深く、アリアは上司に今の状況を記した資料を渡し、返答の代わりとする。ざっと目を通したその男は満足げな顔をしてアリア達研究員全員に告げる。

「間もなくだ。全ての始まりは」

 アリアは喜びに震えていた。長かった苦労がようやく報われる。もうあのような失敗も起こる事は無いし、人々が怯えて暮らす事ももう無くなる。

「はい」

 研究員一同は起立した態勢で敬礼する。

 そんな彼らを見ている視線が一つ、誰も気付かないままゆっくりと動き、笑った。

 大きな水槽の中に入れられている赤子と、その隣の水槽に入れられている二歳ほどの幼児。彼らが世界を動かし始めるのは、もうすぐ間もなくの事になる。


WORLD OF WORLDS 〜REBIRTH〜へと続きます

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