最終章 第二節 見えない明日へ
「ルシファ?」
彼女は改めて聞き返した。名前だけならいざ知らず苗字まで完璧に一致している。同一人物と判断してよさそうだった。
「ご存知ですか?」
同じ質問を繰り返す彼を前にセイバーは思案する。本当のことを告げていいはずも無いが、何故その名前を知ってのか分からないとこちらも対応の仕様が無かった。
「その名前をどこで知った?」
「本人から。一昨日の事です」
つまり恭介とルシファは直接どこかで会ったということだ。彼と最後に会ったのはセイバーの記憶では三日前。あの世界では一週間は過ぎているはずだから、正確には自分と会った一週間後のルシファという事になる。
「本人?」
「はい、学校のグラウンドに現れて、少し交戦しました。完敗でしたが」
「戦ったのか!?」
会った場所にも、起こった出来事にも驚いて思わず彼女は声を荒げ立ち上がった。
「はい。それが何か? 不審人物でしたし、一応尋問はしたんですが」
冷静に答える恭介にセイバーは座りなおし、話しの続きを待った。どうやら自分が想像していたよりも話は進んでいるらしい。
「相手は何と答えたんだ?」
「何も。急に戦闘態勢に入りましたので、応戦しました」
「他に誰かいなかったか?」
「そういえば、一人いました。肌も髪も真っ白な女が一人」
淡々と質問に答えていく恭介に何か違和感を覚えなら、彼女は一人納得していた。どうやらあの女とは一緒らしい。ならば特に彼の目的が変わったという事も無さそうだった。本当に裏切る気なら自分の所に来て自分を殺せばいいだけのことだ。それでLIGHTSはそう崩れになるし、彼女の能力を考えればそれが一番自然だった。
「ああ、それで」
セイバーは一通りの質問を終えた後、核心に入った。
「何故それを今更私に直接報告しようと思った?」
そこが一番の疑問だった。会ったのならそれはそれでいい。彼もそれを望んであの世界に恭介を送り込む事を要請したのだし。しかし、昨日ではなく今日いきなり隊長の下にこんな話をしてきたのは何か裏がありそうだった。
「ルシファを個人的に知っていますよね?」
「知らんな。初めて聞いた名前だ」
意表を突く様にして出された質問に彼女は取り敢えず白を切った。彼の名前を知っている者は隊内でも極少数の信頼できる者ばかり。素性ともなると知る者は隊内には存在しない。セイバーでさえ何の情報も掴めないのだ。ここで嘘をついたとしてもばれるわけが無い。その計算に基づいての嘘だった。
「嘘ですよね」
「何故そう思う?」
即答され、若干の汗が彼女の額に浮かぶ。それに気付かない振りをして彼女は恭介を見つめた。大抵の者ならそれだけで萎縮してしまうその目を恭介は真っ向から睨み返した。
「あの世界に送り込まれたのはまだいいんです。偶然という事もありますから。ただ、ルシファがグラウンドに現れたのはおかしい。もし彼がLIGHTSのテリトリー内のあんな奥深くまで侵入できて誰にも悟られずにそこに滞在し続けて誰にも悟られず抜け出しその後追っ手がつくことも無くのうのうと今もどこかで暮らしている」
一気にそこまで話した恭介はそこで一息つき、本題に入った。
「誰かの援助無しでは無理です」
「そうとも限らないだろう。そこまでの実力者なのかもしれない。警戒を強めなければならないな」
セイバーは恭介の言葉に反論しながらも、同時にルシファの迂闊さを嘆いていた。何故あの男はそんな単純なミスを犯したのか。ばれたのなら関係者だの言い繕って逃げればいい。後でこちらに確認しにきてもセイバーが極秘に何らかの依頼をしたと言えば済む話だった。
「はい、そこまでの実力者ならそういう事も可能でしょう。けれど」
恭介は組んでいた足を組み変えて、言葉の語気を一層強くした。
「彼にそこまでの強さは感じなかった。エデフィのような圧倒的な強さも、ランスロット様の時のような威圧感もなかった。彼にあんな芸当は無理です。実力が足りなさ過ぎる」
なるほど、とセイバーは恭介の眼力を心の内で賞賛した。確かに彼の実力は覚醒から1年少々の身としては凄まじい物があったが、所詮戦闘経験は数える程度。幼い頃から戦闘経験を受けてきた恭介に勝つだけでもその才能の片鱗は窺えるが、冷静に考えればその通りだった。自身との戦いでも一戦目は邪魔が入り、二戦目は一対一の状況ではなかった。
ランクとしてはまだまだ下から数えた方が速い存在ではあった。
「なら、それ相応の能力者がついているのだろう。何を考えている?」
セイバーの当然とも思える見解に恭介は少しの笑顔を浮かべながら冗談のように言った。
「もしかしたら、貴方がそのそれ相応の能力者かもしれないと思いまして」
無言の応酬に空気が震えた。
「冗談も大概にしろ。他の者がいれば反逆罪だぞ」
「はい、それも覚悟の上で聞いています。違いますよね?」
厳しい問いにそれでも恭介は重ねて問う。
「当然だ」
またもや無言の空気。まだ言い足りないか、とセイバーが口を開きかけた時、恭介が咳を立った。
「それさえ分かればもう結構です。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
頭を下げる恭介にセイバーも言いかけた言葉を飲み込む。どうせこの男は放っておいても調べるのだろう。自分が持っている以上の情報を彼が掴めるとは思っていなかったが。
「分かった。その件はこちらで調べる。任務に戻れ」
「了解しました」
扉が完全に閉まった瞬間、その者はへたり混んでいた。
「・・・怖すぎる」
あの威圧感は本物だった。初めて受けたセイバーの本気に恭介は圧倒されていた。何とか形だけは整えたものの、動揺している事はばれていたかもしれない。
「でも」
彼は立ち上がり、ポケットに入れていたメモを握り締める。場合によっては突きつけようとも考えていたが、その必要はなかった。
「間違い無いな」
恭介はセイバーとルシファとの間に何らかの繋がりがあると確信していた。これまでのルシファの言動からして、敵であるとは思えなかったが、完全に味方であるとも思えなかった。
「それに」
と、彼は拳に力を込める。あのルシファ相手にあそこまで善戦できたのだ。確実に自分の力は上がっているという実感が彼にはあった。トップクラスに比べればまだまだなのは明白だが、少なくとも少し名を売っている様な連中はもう相手にはならない筈だった。
「行ってみよう」
メモにはとある世界の場所が記されていた。一人で行って大丈夫か、もし何かあった時何とかなりそうか、昨日一日考えて出した結論はとりあえず行動しよう、だった。
「ま、何とかなるでしょ」
お気楽で前向きな思考の下、先ほどのセイバーと会話していた人格は別人格だったのか、と突っ込みを入れたくなるほどの素早い頭の切り替えで、彼はもう既に先を見据えていた。
「全く、悪い予感は当たるのかねえ」
ランスロットは密かに耳に当てていたイヤホンを外し、溜息をついた。こんな事になるならもっと速く対応して置くべきだったが、ルシファがこうも早く動くとは計算外だった。
隊長室に案内させた隊員に盗聴器を渡し、それを彼の服に滑り込ませるよう支持しておいたのあながち間違いでもなかったらしい。
「仕事がまた一つ増えた」
彼はそう言ってセイバーと自分の予定に一つ、任務を付け加えた。
「何か答えが出そうだな」
そんな予感と共に、彼は席を立ち隊長室へと向かった。




