最終章 第一節 崩壊
「BL−2地域、異常ありません」
「了解した。引き続き警戒に当たれ」
LIGHTS本部モニタールームに三人は揃って立っていた。今日は朝から異常も無く、彼らが出て行かなければならないような任務も入っていなかった為、ひとまず平和な時間を彼らは過ごしていた。
「あいつの様子はどうだった?」
「いつもと変わらん」
「そうか」
偶にランスロットとセイバーが会話を交わすだけの空間に一つの異変が起こるのは、その直後の事だった。突然アラーム音が鳴り響き、隊員の一人が応対に出る。一言二言言葉を交わした後、その隊員は困惑した顔でセイバーの方へ振り返った。
「桐林恭介がセイバー様に話があるとのことですが」
「何の用だ?」
一隊員が隊長クラスに直接対話を申し込むのは異例の事だった。大体はまず直接の上司なりチーフに話をつけるのが常だった。セイバーの問いに隊員は困惑気味に首を振り、恭介の要望をそのまま伝える。
「直接会って話したいと」
つまり、誰にも知らせずトップに話すのが一番手っ取り早いと彼が考えたということだ。
どうする? と目線を向けてきたランスロットに答えるようにセイバーは隊員に命じた。
「分かった。こちらから場所と時間は指定する」
「会うのか?」
ランスロットが意外そうに尋ねる。これまでこんな事は無かったし、あったとしても自分に任せるとばかり思っていたからこその疑問である。
「何かあったのだろう。速いうちに解決しておく方がいい」
「そりゃそうだ。結構暇だしな、今」
ルシファが参戦してきてからというもの、検挙率は格段に挙がっていた。何せ、と頼みもしない物までついでだと言わんばかりに捕らえてくるので、こちらの仕事は主にそれらの尋問のみとなっていた。
「あいつのお陰だ」
「はいはい」
セイバーが微笑むのをランスロットは微妙な心境で頷く。信頼するのは構わないのだが、いざという時の為の心の余裕は常に持っておかなければならない。この先どんな事があるか分からないのだから。下手をすれば、裏切られる危険性すらあるのだから。
「ここは任せる」
「了解」
セイバーがランスロットに告げ、彼女は部屋を後にする。この後恐らく隊長室に呼び出すのであろうが、念のため隊長室の周りに隊員を配置する事をランスロットは怠らなかった。彼女無しにこの組織が成り立たないのは、『セイバー』不在時の前と後とを見れば一目瞭然だった。
「せめて、何も起こらなきゃいいんだけどな」
彼女の幸せをも含めて彼は祈った。いつものように隣にいるボルクに目線を向けても、鎧の中の表情など窺えない。
「お前、いつも何考えてんだ?」
ランスロットは興味を持って初めてそんな質問を彼にした。思えばここのポジションに着いてからというもの、彼とまともに話したことが無かった。
「って、やっぱり無視か」
ボルクはただ前を見つめるのみ。必要最小限の詞以外黙したまま何も語らない彼の素性を知る者は隊内広しといえど誰もおらず、彼の正体は七不思議の一つとなっていた。実は人間では無いのではないか、という噂話までたつ程なのだから。
「さあて、仕事するか」
ランスロットは目の前の書類に取りかかり始めた。セイバー不在の時は彼が隊内を取り仕切る事は暗黙の了解だった。すぐに戻ってくるだろう、という彼の目論見は、またもや大きく外れる事になる。
隊長室に戻ったセイバーは椅子に座り受話器を取った。セイバーの趣味を反映してか、室内には大きな机と椅子、そして来客用のソファしか無かった。ランスロットがせめて他にも何か置けよとうるさかったが、そんな趣味は彼女には無かった。
「桐林恭介をここに」
そう言って彼女は一息つく。大した事は無いだろう、と彼女は判断していた。多少厄介な件だったとしても、自分ならば何とかできるという自信と、あいつなら何とかできる、という信頼。
「このセイバーがな」
彼女は一人自重するように呟いた。誰かを心から信頼するということなど今まで無かった。最初にここに極秘に呼び出しリストを渡したとき、不安が無かったといったら嘘になる。だから最初はそんなに重要な情報も渡しはしなかったし、危険性も低い物を選んでいた。本当に信頼してよい者か確かめるために。
そんな彼女の心の内を知ってか知らずあの男は完璧にやり遂げ戻ってきた。次も恐らく何てことは無い顔で戻ってくるのだろう。それをどこかで期待している自分にまたもや彼女は溜息をついた。
「何を考えている?」
前回会った時もそうだった。存在を知り居場所を突き詰めた時、彼女は咄嗟に殺すよう彼に告げたが、そんな馬鹿な話も無かった。みすみすハムレスとの繋がりを断ち切る馬鹿がどこにいるというのか。
ドアを叩く音がして、入室を求める声がした。
「入れ」
彼女は気持ちを切り換え、隊長としての自分を作る。隊員の前でこんなにやけた顔をしていては士気の低下に繋がり兼ねない。
「失礼します」
入ってきた恭介は神妙な面持ちで入ってきた。手には何かメモのような物を持っている。
「座れ」
とりあえず彼女は目の前のソファに彼を座らせた。デスクを挟んで両者が向かい合う格好となる。
「どうした?」
「いえ・・・」
何故か言いよどんだ彼に彼女は長期戦を覚悟して椅子に深く身を預ける。こういう時は無理に聞き出そうとせず待った方がいい。
「あの」
意を決したように言葉を発した恭介にセイバーは少々おかしな雰囲気を感じながら冷静に聞き返す。この言葉が後に多大な後悔を引き起こすとも知らぬまま。
「ルシファ・L・イエルズという男をご存知ですか?」
「何?」
彼女の中で、何かが壊れる音がした。




