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第三章 第十節 真実への道筋

消えた彼の気配が追えず、ルシファは困惑していた。気配を消しているのだろうが、本体がどこにも見当たらないのだ。肉眼では確認できずルシファは一旦上空へと退避する。そのまま上空で全身の神経を研ぎ澄まし、グラウンド内全ての空間の空気の流れを読み取る。

「どこにいる?」

独白にも似た問いに答える者は誰もおらず、ただ刻々と時が過ぎていく。

ふと、右から流れてくる空気に乱れが生じた。そのままそちらの方を見ずにルシファはサリッサを向ける。何かを受け止める感触があった。

「何!?」

「読めたよ」

 恭介がそこにいた事に対して彼は勝利を確信する。

「まさか全てフェイクとはね」

 ルシファはすぐそこにある彼の気配には目もくれず地上に着地、すぐに目的の場所まで移動を始める。

「待て!」

「嫌だね」

 恭介が後ろから追い駆けるが、からくりを理解した彼にとっては、もうこの戦いは余興でしかなかった。

「いた」

 体育館の裏に恭介の本体を見つけた彼はサリッサを向ける。

「八十二式」

 彼の言葉と同時にサリッサが消える。恭介の技を見て考え付いた即興の新技だった。

「あいつまさか!」

 恭介が焦りと共にルシファに切りかかるが時既に遅く、恭介の背後に現れたサリッサが彼の体を貫く。

「ぐっ」

「心臓を貫かれたって大丈夫だろ?」

「何!」

 事実、恭介は全身を貫かれてなおルシファへの追撃を緩める事は無かったが、彼のいる場所を把握した瞬間、膝をついて降伏の意思を示した。

「ばれた、か」

「中々いい線いってたが、甘いな」

「そこで気付いた?」

 恭介はそこで改めて自分の体にサリッサを突き付けているルシファの顔を見た。恭介が二人いる、という状況にルシファは少しも驚くことはなくネタ証しをを始める。

「前にも似た状況はあったんでね。気配を消す行為には何らかの代償が含まれるケースがほとんどだ。それで、お前の場合それが何なのか調べてみたんだが、中々分からなくて焦った」

「どこで分かった?」

 恭介は諦めてはいたが、最後の足掻きとしてとりあえず聞いてみる。戦闘中の行動においておかしな行動は一切していないつもりだった。

「お前、最初からこれ使えば良かったのに使わなかったよな」

「それが?」

「おかしいと思ったんだ。単に肉体強化の為の技なら躊躇することはない。強敵相手なら使わなきゃ殺されるだけだ。なのに使わなかった。だとすると使用条件は一つ」

 全て読まれていた。恭介は目を閉じて相手の勝利宣言を待った。

「お前はあの瞬間、体育館裏に瞬間移動した後自分の体を二つに分けたんだ。自身の力を極限まで高めた、今お前が意識を置いているその分身体と、この今は空っぽの本体」

 気配とはその人間の意識であり、考えである。何も考えず常に無心の人間がいれば、その人間の気配など誰も探れないが、そんな人間は現実には存在しない。それを擬似的に創り出すのが恭介の技だった。

本体には生きるための必要最低限の力だけを残して後は戦うためだけに創り出した体へと移動。体への負担を何ら考えなくてもいいために戦闘中は無敵だったが、今のように敵に本体を見つけられ押さえられては、どうしようもできなくなるという致命的な欠点があった。

「何で本体の居場所が分かった?」

「気配を追うのを止めたんだ。俺がさっき空で追ったのは空気の流れ」

 当然の事ながら、何かがある場所には空気が存在しない。そこから辿れば何がどこにあるか大体の居場所を掴む事が彼には可能だった。

「目茶苦茶だな」

「お前のも大概だが」

 彼らはお互い苦笑しあった。実の所両者の技は消耗が激しく、彼らの力はもうそんなに残ってはいなかった。

「負けだ。どうとでもしろ」

 恭介は諦めて分身を解き、両手を上げた。周りにはサリッサが旋回して今か今かと待ち構えているが、不思議と恐怖は無かった。大体、と恭介は思う。そもそも恭介の技は一対一の状況で使用する技ではない。本来は気配がしない事を利用して潜伏したり、精々尾行するのが精一杯の技だった。こうして隠れるところが無ければ使ってもその瞬間本体を狙われるだけだったし、援護も無いこの状況では本体が捕まればこういう状況になるのは目に見えていた。それでも使ったのは、そうでもしなければこの戦力差が埋まらないと考えたから。

「結局、こんな事になったが」

 一人ぶつぶつと何かを呟き続ける恭介にルシファは一枚のメモを差し出した。

「今度は暗号でも何でも無い。ただのヒントだ」

「はあ?」

 訝しがる恭介の手にルシファはそのメモを握らせ、彼はクリスの方へと向かう。

「すまない、手間取った」

「いえ」

 いつもの様に冷静に答える彼女の手を取り、ルシファは改めて世界移動のための呪文を唱えた。

「あいつ、一体」

 何も分からぬままそれを見届けようとした恭介だったが、最後にルシファに向かって叫んだ。

「桐林恭介!」

 いきなり大声を出した彼に一瞬ルシファは面食らった様な顔をしたが、すぐにこちらに届く声で返事が返ってきた。

「ルシファ・L・イエルズ」

「ルシファ」

 恭介は小さくたった今聞いた名前を反芻した。これから深く関わって行く事になるかもしれない名前。新たな物語のスタートは、もう直ぐそこにまで迫っていた。


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