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第三章 第九部 対峙

「大丈夫か?」

「はい」

 ルシファとクリスは校舎から出てグラウンドへと出た。空を見上げると星々が彼らを照らしている。誰もいない空間は、今は彼らの物だった。

「昔さ、体育で徒競争なんかしたりするとさ」

「はい?」

 彼はグラウンドで準備体操を始めた。在りし日を思い出すかのように、ゆっくりと丁寧に。澄んだ空気の流れる中、彼の息だけが伝わる。やがてそれも終わり、彼は彼女にひとつ提案した。

「競争しようか」

「ここでですか?」

「そう。グラウンドの端から端まで」

 彼は今いる場所から向こうの校門の方までを指差した。確かにこの時間ならば誰かに見つかる心配は無かった。唯一校内にいる彼女もまだ気付くことは無いはずだ。

「何故?」

「走ってみたいから、本当の本気で」

 それだけの言葉で彼女は納得した。黙って彼の隣に並んで、前を見つめた。あるのはただ、何も無い地面が延々と延びているだけ。

「行こう、行けるところまで」

「はい」

 ルシファの合図と共に彼らは走り出した。どこまでも遠くへ行けるよう願いながら。


「ふああ」

 恭介は欠伸をしながら学校までの道のりを歩いていた。ある書類が本部で急に必要になったためで、任務帰りでありながら彼はすぐさま学校までそれを取りに行くように支持されていた。

「面倒くさ」

 彼は直ぐに終わらせようと校門を開き、中に入った。

「あれ?」

 彼は入って直ぐに様子がおかしい事に気がついた。誰かがいる。こんな真夜中に人がいること自体不思議だったが、彼らがしていることもまた不可解だった。

「走ってくる!?」

 遠くにいる二人は横に並んだかと思うといきなりこっちに向かって走り始めた。凄まじい速さの為、すぐに彼らは校門まで辿り着き恭介と鉢合わせした格好になる。

「お前!」

「ああ例の」

「誰?」

 恭介とルシファがそれぞれを思いあたるまで数瞬、クリスが恭介を見てから問いを発するまでまた数瞬、三人はそれぞれ向かい合い固まる。

「お前、何でここに!?」

 恭介が剣を抜いてルシファの首元に突き付ける。クリスが何か言おうとしたが、ルシファがそれを制して恭介と真っ向から向き合う。

「やっぱり、気付いたか」

 恭介の気迫を流すように彼は表情も変えず淡々と話す。そんな彼に反射的に嫌悪感を覚えて恭介は彼の喉に剣を突き付けた。

「どうしてあれだけの人間を殺したんだ?」

「さあて、な」

「答えろ!」

 余裕を見せるルシファに恭介はさらにヒートアップする。血が一筋、ルシファの首元からゆっくりと流れた。

「手紙は読んだだろう?」

 その血を気にすること無くルシファは恭介に問う。

「手紙?」

 恭介はそのまま片手で剣を支えたままポケットに手を入れる。確かに二枚の手紙が入っている。が、内容が短かったため、今さら読むまでも無い代物だった。

「これがどうかしたのか?」

 恭介は剣に込める力を段々と強くしていく。今の彼の頭にはあの王子の声など残ってはいなかった。殺戮者は殺す。ただそれだけが彼の理性を支配していた。

「分かるはずだ。お前と俺はある意味同じなんだから」

「同じ?」

 訳も分からず聞き返す恭介にルシファは冷たく告げる。

「良く考えろ」

「何を!」

 そう言いながらも恭介は何がしかの違和感を拭えないでいた。何だろう、と思い出そうとして直ぐに一つの記憶に焦点が当たった。

「あれは」

「あれは?」

 まるでルシファに導かれるように彼は記憶の海を漂い始める。

「そうだ、確か」

 それは遠い昔、まだ家族皆で暮らしていた頃。父さんとした馬鹿みたいな文字遊び。

『恭介、これは横から読んでも縦から読んでも相手に意味は通じるんだ』

『本当だ。凄い』

『父さんが考えたんだよ』

『本当? じゃあ、これは二人だけの秘密?』

『ああ、そうだな。二人だけの秘密だ』

 六歳の頃だったろうか、七歳の頃だったろうか。恭介の頭に急速に蘇る記憶は悲しみと共に彼に懐かしさを思い返させたが、それよりも問題だったのは、

「何故お前がそれを知っているんだ?」

 二枚の手紙の意味に彼はすぐに思い当たった。二枚の手紙の頭文字を合わせて繋ぐ。出てくる言葉は『追え』。

「お前の事か」

 答えを導き出した彼に満足したのか、彼は微笑んで頷いた。

「御名答。テストのつもりで簡単にしたんだが、どうやら当たりの様だな」

 ルシファはこれで話は終わりだと言わんばかりに、凄まじい速さで恭介の腹部に蹴りを見舞う。

「ぐっ!」

「じゃあな、ルーキー」

 蹲る彼に上から声がかかった。待て、と言おうにも痛みで声が出てこない。恭介は最後の力を振り絞ってか細い声で唱えた。

「ヒューリク」

「まさか!」

 完全に油断していた彼の上空に恭介が現れる。まだダメージが残っている体では万速には戦えないため落下するスピードを剣の威力に変えルシファの頭に狙いを定める。

「六式」

 すぐさまルシファは力を展開。そこまでは恭介も知っている彼の力だったが、今日はその時と少し違った。

「翼?」

「出来損ないの、な」

 何故か自嘲気味に話す彼の背中には、灰色の片翼が生えていた。

「ここから回避できると思うな!」

「しないさ」

 六式の力によりさらに加速してルシファに迫る彼に対し、ルシファは微動だにせずそれをただ見上げているだけ。少し離れた場所にいるクリスも特に何するわけでもなく、黙って彼らの戦いを見守っていた。

「喰らえ!」

剣が彼の頭に当たる寸前、信じられないことが起こった。

「何!?」

 彼の顔に刺さるはずだった恭介の剣は当たる寸前に凄まじい風に防がれ、恭介はそのまま後ろに吹き飛ばされていく。

「絶対防御、とでも言えばいいのかな」

「ふざけんな!」

 自身に残るダメージの事も忘れて恭介は遮二無二にルシファに切りかかった。

「無駄だ」

 だが当然のように、彼の剣はルシファに届く前に弾き飛ばされ、先ほどと同じように恭介は後ろに吹き飛ばされる。

「答えろ! 何故殺した?」

「自分で探すんだな」

 そのままこの世界を後にしようとするのを見て取った恭介は唱えた。

「フェルクー」

 恭介の体が消える。また瞬間移動か、とルシファが判断し瞬時に周りの気配を探るがどこにも彼の気配がしない。

「どこだ?」

「ここだ」

 突然恭介がルシファ前方に現れ、足目がけて切り払う。

「つっ!」

 ルシファが寸前で気付いて飛び上がるが、切り裂かれた靴の底がひらひらと、宙を舞った。

「逃がすか!」

「三式!」

 追いすがる恭介に八本のサリッサが激しく回転し、恭介に襲いかかる。

「舐めるなっ!」

 ランダムに移動しているはずのサリッサが全て交わされルシファは舌打ちする。一体どうやってこの短期間で強くなったのか、彼には分からなかった。

突然、後ろに気配を感じたかと思いあたまを伏せると、今まで頭が存在した空間が切り裂かれる。

「なっ」

「ちっ!」

後ろを振り向くと悔しそうな顔をする恭介と目が合った。ルシファは慌てて距離をとり改めて自分の周りにサリッサを展開させて絶対防御の陣を取る。

「成長してるじゃないか」

「いつまでもあのままだと思ったら大間違いだ」

着地した恭介はルシファに剣先をゆっくりと向けた。そのままじりじりと足をルシファの方に向けていき、恭介はまた、姿を消した。

「終わりだ」


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