第三章 第八節 終末への序曲
「ここがその・・・」
「マーダライクの産地だな」
ルーカスとカイルに合流した後恭介は、散々単独行動の危険性を説かれた挙句、拳骨を食らっていた。
「マーダライクを知ってるんですか?」
できたばかりのたんこぶを擦りながら、恭介はカイルを振り返る。ここは王宮から南に二十キロほどの所で、彼らはそこまで現地の人に案内されてやってきていた。
「ああ、少しな」
「何に使うんです?」
同じく初めてその物質の名前を聞いたルーカスがカイルにその用途を尋ねる。大体の世界を制圧下に置いている現常にあって、わざわざこんな辺境に来る意味が彼には理解不能だった。
「そこまでは、知らんな」
ルーカスの問いにカイルは顔を曇らせる。不思議に思ったルーカスが声をかけるより早く、恭介が声をあげた。
「入り口はここか」
一般にマーダライクは地下で静かに生成されるそうで、彼らは地下へと伸びる階段を一段ずつ降りていく。現地住民は松明を使用するが、彼らは懐中電灯を手にして辺りを照らしていく。
「凄いな」
「『ハムレス』の支援だろう」
ルーカスが感嘆の声をあげる声にカイルが解説を入れる。本来、この世界の文化レベルではここまで地下に掘ることはできない。何らかの支援が入ったと見るのが妥当だった。
「何の為に・・・」
深く深く下っていくとやがて階段は終わり、ドーム状の巨大な空間が彼らを出迎えた。
今は誰もいない静かなその空間内で、鼓動が聞こえた。人間の心臓の鼓動にも似たその音は置くに進むたび大きくなっていき、奥まで行きついたときその全貌を彼らに現した。
「これ・・・は?」
「え? 生きてんのかこの石?」
その石は確かに鼓動していた。一拍ごとに、人間と同じようなペースで動いている。まるで心臓のように。
「石じゃない、金属だ。まあ、正確にはどっちでもないが」
恭介とルーカスが駆け寄る中、カイルは一人冷静にその巨大な何かを見上げた。
「カイン」
「はい?」
「あ、いや何でも無い」
カイルは呟きに反応した彼らに背を向けて煙草に火をつけた。もしかしたら世界を動かすほどの存在になるかもしれない者。ルシファはそれを知ったのか。今までの全ての出来事が、これからの始まりにしか過ぎないことに。これから生み出されるはずの彼がどの様な運命を辿り、どうなっていくかは彼にさえ、もう分からなかった。
「せめて、死ぬ人間はできるだけ少ない事を」
彼は静かに祈った。例え自分の命がどうなろうとも、守らなければいけない存在がある。例えば、彼の脳裏に一人の女性が浮かんだように。
「報告しないんですか?」
「ああ、こんなの公表できん」
「上司にもですか?」
恭介はカイルから思わぬことを伝えられ、彼に詰めかかった。
「ああ、今回のことは各自の胸の中だけに留めて置くんだ」
「何故!?」
「それを知るにはまだ早い」
「そんな―」
「恭介! 命令だ!」
なおも詰め寄ろうとした恭介をルーカスが止めた。それでもなお抵抗し続けた彼だが、結局力を体から抜き、ルーカスに引きずられるようにして引き下がった。
「言っただろう? 例え自分の正義では無くても、従わねばならない時もある」
「これは、カイルさんの正義でも無いんですか?」
諭すように言ったカイルの言葉を恭介は鋭く捕らえた。彼は一旦言葉を止め、苦笑して頷いた。
「そういうことだ。分かってくれ、俺も結構大変な身でね」
「分かりました」
恭介は渋々頷いた。ルーカスがやれやれ、と言うように掴んでいた手を離した。
「戻るぞ」
彼らは来た道を戻っていく。階段を一段ずつ昇って外に出た時、恭介はふと心の中の疑問を口に出す。
「結局、あいつは何で殺したんだろう?」
「ああ、謎の正体Xか?」
話しでしかその存在を知らない彼は恭介の言葉を茶化す。
「お前もっとまじ―」
「絶望したのかもな」
「カイルさん?」
若干の悲しみを孕んだ彼の声が雪が降る中響く。
「自分の存在に絶望したのかもしれない、あいつは」
「カイルさん・・・」
何かに耐えるかのようにして発せられる彼の声に、彼らは黙り込むしかなかった。結局、恭介は何も分からぬままに初任務を終える、はずだったのだが。
彼らが本部へと戻った日の深夜、LIGHTS養成学校にエミルは一人残っていた。生徒はすでに全員就寝しており、教師すらも今はいなかった。たまに警備の者の足音が耳に届くくらいで、彼女は一人書類と格闘していた。
「ああもう、何でこんなに」
積み重ねられた書類の数は数えるだけで時計の長針が二周はしそうなほどの膨大な量。
片っ端からテストの採点をしていく彼女ではあったが、さすがにここにきて彼女にも疲れの色が出始めていた。彼女は一つ伸びをして、何か飲もうと立ち上がり自販機があるラウンジまでの道を歩き始めた。
「少し怖いな」
エミルは若干の恐怖と戦いながら道を廊下を歩いていく。真っ暗な空間とはいえ校内の構造位は頭に入っているし、このくらいの暗闇に本気で恐怖しているわけでも無い。それでも今恐怖を感じるのは、大切だった存在が今はもういなくなったからだろうか。
「さーてさっさと終わらせよう」
「頑張ってるな」
彼女が栄養ドリンクを飲み干し改めて自分に気合を入れた瞬間、後ろから声がかかった。慌てて銃を構えて振り向いた瞬間、もう彼女には前が見えなかった。
「ルシファ・・・」
全身黒い服に身を包んだ彼は完全に闇に同化していた。が、今の彼はエミルにとっては光にしか見えなかった。
「久しぶりだな。あの時からもう一年以上は経つ」
ルシファの声すら彼女の耳には入ってこなかった。ただ、その目からは涙が零れ落ちるだけで。
「うっ・・・ひぐっ」
「おいおい、こんな所でいきなり泣かれても困る」
困ったような声が懐かしくて、彼女はそのまま座り込んで静かに一人泣き続けた。だから気付かなかった。ルシファの目が鋭く光ったのを。
「クリス」
一瞬だった。クリスが彼の隣に現れてからエミルがその声を聞いて銃を構えるまで。
驚愕の表情に彼女の顔が変化するのを見て取って、クリスは一言、彼女に命令した。
「私の受信機を撃ちなさい」
「そんなこと―」
抵抗できるわけも無く、彼女は迷い無く狙いを定め撃ち抜いた。衝撃で後ろに倒れそうになる彼女をルシファはしっかりと受け止めてから、エミルの方に視線を向けて一言、
「じゃあな」
「何で?」
泣き叫ぶ彼女の後ろに回りこみ、彼はエミルを抱き締めた。
「え・・・」
「ごめん」
力無く垂れ下がった銃を彼は取り上げ、クリスに目くばせする。彼女はそれに頷き、感情の篭っていない声でエミルに告げた。
「今起こった事は忘れなさい」
「あれ?」
気付くと彼女はラウンジで倒れていた。手にしているのは先ほど飲んだ栄養ドリンクの空き瓶。
「私、ここでこれ飲んでそれから―」
思い出そうとして思わす彼女は頭を押さえた。何かに強烈な負荷をかけられた様な強い違和感に彼女は一瞬顔を顰める。が、
「まあ、いいか」
その直後、彼女は全てを忘れ職員室までの道を戻り始める。自身の顔に残る涙の跡に、彼女が気付く事は終ぞ無かった。




