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第三章 第七節 彼の行方

こつ、こつと足音が響く。そんな彼の足音に誰も気がつかないほど、王宮の中はてんやわんやの大混乱だった。

「どうなってるんだ?」

 恭介は誰も自分に気付かない状況を不審に思いながら足を進めていく。

「王、こちらを」

 向こうの部屋から聞こえてきた言葉に思わず彼は足を止めた。彼はそちらの方へ向き直り、駆け出す。やはり王は健在だった。ならばこの混乱、そしてあの状況は何なのか。問いただそうと彼は部屋の扉を行き追いよく開けて、彼はそのまま固まった。

「誰?」

「え?」

 入るとそこには驚いた顔をしている小さな子供と、側にお付きの物が何人か。その子供は紅いローブをはおり、こちらをじっと見つめている。

「誰?」

「えっと・・・」

 身分を明かしていいものか彼が迷っていると、その子供はこちらに歩み寄り、彼の腕を掴んだ。

「お願いがあるの」

「お願い?」

 その子はこちらを真剣な表情で見つめてくる。彼は反射的に聞き返し、次の言葉を待った。

「お兄ちゃんを止めて」

「お兄ちゃん?」

 恭介の言葉に彼は頷き、それからお付きのもを一人呼んで、ある物を持ってこさせた。

「これ」

 差し出された物を見ると、書いてあるのは一枚のメモ。

「読んでも?」

 許可を得た彼はそれを開いた。

 選べ

「は?」

 たった二文字しかない手紙に恭介は戸惑いを隠せない。そもそも、追う対象がどこにもいない。

「そのお兄ちゃんってどんな奴だ?」

 彼は気を取り直して目の前にいる人物に尋ねる。正直聞きたい事だらけではあったが、彼の話を聞いた方がこちらも状況は理解しやすい。

「あのね、黒い服着た、優しい人」

「黒い服?」

 一瞬ある人物が頭をよぎったが、これだけではまだ分からない。

「大きくて、槍みたいなのが八本体の周りをうろうろしてた」

「本当か!?」

 彼の頭の中をよぎった人物の声、顔、そしてその能力が頭の中に蘇る。

「どこに行ったか知らないか?」

「知らない」

 その子供はただ首を振るばかりで、恭介のいらいらは徐々に募っていく。

「じゃあ、何を止めさせればいいんだ?」

「もう、人を殺さないでって」

「殺す? 誰を殺したんだ?」

「お父さんと、お母さんに、叔父さんに、お兄ちゃん」

「え?」

 つまり家族を全員殺したという事だ。受け入れがたいであろう事実をさらっと述べる彼に恭介は言葉を失った。

「全部殺しちゃったんだって」

「殺して欲しいのか? そいつを」

 つまり、そいつがこの子にとっての復讐相手なのだろう。彼はそう判断して子供に問いかけた。

「ううん、止めて欲しいの」

 ところが、その子はまたもや首を横に振った。こちらの心が痛む程の真剣な瞳を湛えたまま。

「どうして? 殺されたんだぞ!?」

 恭介にはその感情が理解できなかった。殺されたのなら、殺す。これが彼の人生の全てだった。

「それでも、止めて欲しいの」

「何でだよ! あいつがお前の全てを奪ったんだろうが!」

 思わず彼はその子の肩を揺さぶり叫ぶ。どうして? 何故? 彼には決して理解する事のできない感情を胸に、その子はただ呟き続ける。

「止めて、止めて・・・お願い・・・」

 と、そこで思わぬ声が部屋の入り口から響いた。

「すみませんが、客人。もうそこらへんで止めておいて貰えるかな」

 はらはらしながら見守っていた者達もその声を聞いて安堵の表情に変わる。

「誰だ?」

 振り向くとそこには、白いローブを羽織った初老の男性が一人立っている。恭介は我に返り、その肩を掴んでいた手を離した。

「前王の秘書官を務めておった者だ」

 その男は恭介が落ち着いたのを確認してから、安堵の溜め息を漏らし、自らの身分を明かした。

「何のようだ?」

「話をしたくてね。異世界から来たのであろう?」

「知ってるのか?」

 異世界、という言葉に思わず反応したが、彼は直ぐに思いなおす。この男が知っていてもおかしくはないのだ。現に、既に異世界から人は来ていたのだから。

「例の、『お兄ちゃん』から話をきいてな」

「聞いてやる」

 もし男の正体を知っているのだとしたら、それほどありがたい話は無かった。彼は男に連れられて、ある部屋へと通される。

「あの男がここに来たのは二週間ほど前だったかな。それから四日で姿を消したが」

 彼は頭の中ですぐに計算を始める。四日、セイバーがここにきたのは三日前で、一週間今は経っている。つまりこの世界はLIGHTS本部の時の流れより大分早い世界だということになる。つまりあの男はもうどこかへと去っており、行方を掴むこともできない。

「殺したというのは?」

 彼はこの男に王子とやらの証言の正確さを求めた。もし世界からの略奪、あるいは支配が目的なら、この破壊の中途半端さはいささか不可解だった。少なくとも、ここまで殺したのであれば、王族くらいは皆殺しにしてもよさそうではあった。

「私は現場を見ていないが、王子はそう証言している」

「誰も確認していないのか?」

「ああ。王子も何も言おうとはせんし、あったのは何者かに東部を切断された死体が二人、王座に倒れておったことしか」

「何で問い詰めないんだよ」

「ショックで記憶が無い事も考えられる。それに今からこの国の王となるお方だ。そんな無礼な事は誰にもできん」

「ちっ・・・」

 つまりこちらも手詰まりで、彼は唇を噛んだ。

「その例の男の行方は誰も知らん。王子と私以外その存在も知らないのだから」

「手詰まりかよ・・・」

「さあな、何か呟いてはおったが・・・」

「何て?」

 藁にも縋る気分で彼は男の言葉を待った。

「ハムレスがどうたらとか、その研究所がどうかとか」

「ハムレス?」

 LIGHTSのスポンサーだ。恭介もここでの入隊から卒業まで生活のための保護を受けていた。いわば恩人ともいえる所だった。ただ、研究所というのが不可解だった。ハムレスは確かに全世界を股にかける巨大複合企業だが、そんな物は彼は聞いたことが無かった。

 ハムレス、と反応した彼に男は一瞬驚きの表情を作り、それからまたも何かを思い出したような顔をして、ぽつりと呟いた。

「知っているのか? だったらこれもヒントになるかも知れない」

「何だ?」

「その行き先はこことは違う世界だが、ここと繋がりを持っている世界だそうだ」

「繋がり」

 繋がり、それは異世界同士が何らかの関係性を持っているときなどに使われる言葉だ。

「この国の主要な資源は?」

 恭介の疑問に彼は疑問の表情を浮かべながらもあっさりと答える。

「マーダライクだ。それが何か?」

「ありがとう。産地は?」

 彼の知らない名前が出てきたが、調べれば用途はすぐに分かる。物資は世界観の移動が一番容易だった。だからLIGHTSは一般的に世界観の繋がりを調べるときは、まず物資の繋がりを押さえるのが常道だった。

最後に彼は、一番の疑問を彼にぶつけた。

「どうしてあの王子は殺された家族の復讐を願わない? 止めろ止めろと言うばかりだ」

 その疑問に男は、何かを察したような顔をしたが、それを口に出すことはせず、彼の問いに正直に答えた。

「事実だけが、真実とは限らない」

「どういう意味だ?」

「自分で考えるといい」

 そう短く告げて、彼はそのまま去っていった。取り残された形となった恭介はその場で今の言葉を、頭の中で何度も繰り返していた。


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