第三章 第六節 蘇る悪夢
「恭介、緊張して無いだろうな」
「誰に言ってんだ?」
「冗談だ」
翌日、ルーカスと恭介は並んで待ち合わせの場所まで歩いていた。初任務とあって、彼らが着るのはLIGHTSの正式な制服。青で統一されたその服は自由を表現しているのだという。
「ミッドガルド王国だっけ? どんな国なんだろうな」
ルーカスがまだ見た事も無い国に対して思いを馳せる。
「雪国だ。俺達雪には慣れてない。滑ってこけるなよ」
「ご忠告どうも」
ロマンをぶち壊しにされたルーカスは恭介にうんざりした口調でその性格を咎める。
「お前、もう少しなんか無いのか? 可愛い子がいたらどうしよう?とか」
「・・・気持ち悪すぎる」
いきなり乙女のポーズを取りながら目を輝かすルーカスに恭介は半歩引いていた。
「来たな」
本部入り口には既にカイルの姿があった。恭介達の姿を見た彼は隣にいた女性に何事か告げた後、こちらに向かってくる。
「遅刻はしなかったな。偉いぞ」
「当然です、始めからそんなことする馬鹿いませんよ」
恭介の返答にカイルは挑発気味に彼の頭を小突く。
「その余裕がいつまで持つかな? 俺達の任務は」
「戦争終結のため正義に味方するんです」
「おお、ルーカス。良く分かってるじゃないか」
素早く返事を返したルーカスにカイルは一応賞賛の言葉を贈った後、真面目な顔をして目の前の新人二人に告げた。
「それが自分の正義じゃなくても、任務は遂行する」
「自分の正義じゃなくても、ですか?」
「行けば分かるさ、恭介」
そうして彼らは世界移動を開始する。行き先は、ミッドガルド王国。
「何だよ・・・これ?」
「おかしい、馬鹿な!」
「あ・・・あ・・・」
ルーカスの驚きにカイルも混乱していた。そして、恭介は昔の記憶そのままの光景に我を忘れていた。
「セイバー様がこの世界を訪れたのは三日前だぞ! 何があったんだよその短期間で!」
珍しくカイルが慌てふためいていたが、そんな事は残りの二人の目には映らなかった。
ある物は腕を探しさ迷い、ある物は脚が無いと叫び、ある物は頭の無い子供を抱きながら泣き続け、子供は既に息の無い親の胸から母乳を飲もうとむしゃぶりつき、ある者はわずかな食料を奪うため、友人を殺した。
見た事のある光景だった。まさに自分が経験したそのままの光景が目の前には展開されていたから。
あの日、そうあの日まで恭介は普通の子供だった。母親が作った朝食を食べ、家を出て学校へ。そのまま友達とどうでもいい話で盛り上がって、そのまま家へ戻り寝て、朝起きたら、世界が無かった。
自分の家すらぼろぼろで、何故自分が生きているかなんて考える事もできなくてそのまま彼は外を泣きながら歩き続けた。反応する物は何も無く、記憶にあったのは切り刻まれた人肉と、建物の残骸。そして―。
「恭介!」
気付くと恭介はルーカスに肩を掴まれ揺さぶられていた。
「ルーカス・・・」
「どうした? 大丈夫か?」
「いや、大丈夫だ」
彼は改めて周りを見渡す。良く考えればこの世界は内戦中だ。この位の損害を予期していなかった自分が愚かなのだろう。そう思いなおして彼は歩き始めた。この先には王弟の陣地があるはずでそこで身分を明かし、今後の作戦を協議する予定だった。
「無いぞ・・・」
「もう、どうなってんだよ」
ルーカスがまず最初に陣地だった物を見て固まり、カイルは頭を抱えた。恭介は黙って陣地の中心まで来てから、カイルに先ほどから思っていた疑問をぶつけた。
「セイバー様が来たのは三日前?」
「あ、ああ。ただこの世界では一週間は経ってるはずだ」
「何故この世界に?」
「知らされていないが、内戦が思ったよりひどくなったから、その視察だろう。何か気になるのか?」
「おかしい・・・」
そこまで聞いて恭介は顎に手を当てて考え込んだ。どう考えてもこの状況はおかしかった。何故なら悪逆皇帝と言われている人物が、王弟の陣の周囲に住んでいる、明らかに王を支持していない人物達を生かしておくわけが無い。
「え?」
「戻りましょう。話を聞きたい、この世界の住人に。王はどこにいるんです?」
焦る恭介に、ようやく落ち着き始めたカイルは彼の言葉の無謀さを説くが、そんな事は彼には関係なかった。
「王宮だが、ここからは結構遠いぞ」
「問題ありません。ヒューリク」
ここから限界まで連続で使えばギリギリ届くはずだった。彼は迷い無くそこから消える。
「って、おい!」
ルーカスが友人を心配して止めようと走った瞬間には、もうそこには何も無かった。




