第三章 第五節 二人の距離
「わざわざすまないな」
「問題ない」
その直後、セイバーはミッドガルドにやって来ていた。元々様子を見に来るつもりだったらしくいつもの鎧ではなく、地味な茶色の防寒具を着用していた。
「彼女の事なんだが」
「・・・何だ?」
ルシファの自室内で彼は今後の対策を協議していた。勿論議題は、この世界をいかに救うか。
「殺さないでやって欲しい」
「甘いな」
「まあな、自覚してるよ」
顔を顰めた彼女に彼は肩を竦める。
「それでも、救えるなら救いたい」
「だがどうする? 私達は知っただけだ。何も今から直接やつらに喧嘩を売っても仕方が無いだろう」
「ああ、だから」
当然の疑問を提示する彼女に彼は対案を示した。
「あの新人君をここに派遣しては貰えないだろうか」
意外な人物の登場にセイバーは驚きを隠さず聞き返す。
「あいつを?」
「ランスロットにも勝ったんだろ? 伸びしろはあるよ」
「何をさせるんだ?」
「勿論、弟さん達を―」
「殺させるのか?」
セイバーの発言に彼は苦笑を返す。
「おいおい、そんな事部下にさせるなよ。違うさ、彼の部下になってもらうんだよ。名目は悪逆なる王を滅するために、とか」
「そんな事をすればあいつらの思惑通りだぞ」
「今はそれでいい。流通ルートを押さえたいんだ。だからできるだけ穏便に王位継承は行いたい」
「お前の仕事は王子の護衛だろう?」
「ああ、命は守る。というより、その方が安心だろ? 狙われる理由が無くなるんだから」
少なくとも命が最優先な事に偽りは無い。この内戦は始めから仕組まれていた物なら、こちらはそれを最大限利用するしかない。
「それはそうだが・・・」
「王には俺から全て話そう。弟さんはもう一度クリスにどうにかしてもらう。少なくとも、戦争なんて手段には訴えないよう」
それで駄目ならクリスに頼む事も彼は辞さない構えだった。
「上手くいくのか?」
「上手くいかせるんだよ。明日は、自分で作るしかないんだから」
「お前の口癖だな、明日は自分で作る」
「まあ、その後全てが終わったら後はこの国から能力者はいなくなる。王はその時彼らが決めればいい」
「分かった。派遣しよう」
「ありがとう、いつもすまない」
そう言って会話を切り上げた彼だったが、セイバーは何故かその場から動こうとしない。
「どうした? 忙しいんだろ?」
ルシファが不思議に思って聞くと、セイバーはそっぽを向いたままこちらに返答をよこした。
「今日は、まだ時間がある」
意外な返答にルシファは少し意外に思ったが、それなら、と彼はセイバーに誘いをかけた。
「・・・外、歩くか? 今は晴れてる。寒いけどな」
小さく頷いた彼女に彼はドアを開け、そのまま城外へと出る。雪は止んでいたが、それでも吹く風は冷たく、吐く息は白い。
「雪、好きか?」
二人黙って城の周りを回っていると、セイバーはふと立ち止まり、降ってきた雪を見上げて彼に話し始める。
「え? ああ、俺の世界には降らなかったから。珍しいと言えば珍しいな」
「私は嫌いだ」
見上げたままの顔に雪が降りかかる。冷たいはずだが、そんな事を感じていないかのように彼女は語り続ける。
「どうして?」
「あまりに脆い」
「脆くったっていいだろ? だから綺麗なんだし」
「溶けて、それっきりだ」
「それじゃ駄目なのか?」
「暖かいところに行くと、消えてしまうんだ。雪が雪で無くなる」
寂しげに彼女は語る。つまりそれは、と彼は思う。その雪は、お前の事なんじゃないのか、と。だから言った。
「それでいいだろ」
「え?」
「変わっていいだろ。お前も。俺が暖かいかどうかはともかくな」
「ふ、言うようになったじゃないか」
「もまれてるんだよ」
「私も、変わっているのだろう。人前で笑顔など、見せた事も無かったのにな」
やはり、とセイバーは思う。この男は自覚が足りなさ過ぎる。恋などというものに嫌悪感しか持っていなかった自分が、引き込まれそうになるのだから。それでもそんな感情をとうに捨てた今となっては、寂しさしか湧き上がっては来なかったが。自分はセイバーだ。恋など許されない。けれで、と彼女は思いなおす。自分が、セイバーじゃなくなったら、もし全てが終わって、自分の名前が無くなった時、この男はそれでも私を呼んでくれるだろうか、と。
そんな彼女の気持ちを知ってかしらずか、彼から返ってきたのは意地の悪い言葉。
「それが笑顔か? 不機嫌なようにしか見えん」
「馬鹿いえ、これでも」
ついむきになって振り向くと、いつもの笑顔がそこにはあった。
「いい顔だよ」
ルシファの声に、少しだけ顔を赤らめたセイバーはルシファから慌てて表情を隠した。
「女を口説く事だけは、上手くなった物だな」
突然本当に不機嫌になった事に彼は面食らった。
「なんだよそれは」
「自分の胸に聞いてみろ」
「はあ?」
こう返されては後はもう、子供の喧嘩だった。
「馬鹿め」
「阿呆」
「馬鹿」
「あーほ」
二人の戦士は、その後ずっと、互いをののしり合っていた。




