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第三章 第二節 彼の思い

「お父さん!」

 クラウスの後を追い駆けていくと、大きなベッドが設置された部屋に行きついた。城内の廊下が長く、ルシファはクラウスの体力に感心し切りだった。

「ああ、クラウス。いい子にしてたかい?」

「うん、ほら。あそこのお兄ちゃんに連れてきてもらった!」

 彼はこちらを指差す。顔をあげた王は、その優しげな瞳をこちらにゆっくりと向け、静かに微笑んだ。

「クラウス、お母さんの所へいっておいで」

「うん、分かった」

 慌てたように駆け出していくクラウスを見送った彼は、ルシファに対して口を開いた。

「始めまして、ミッドガルド王、シルフィ・ファーゼンクラウツという」

「始めまして、ルシファ・L・イエルズと申します」

「すまないな、やんちゃな子だったろう?」

 どこまでも澄んだ瞳、金の髪は長く、床にまで達するほど。彼は労わりの言葉を彼にかける。

「いえ、それであの―」

 ルシファの言葉の先を呼んだかのように、彼は告げた。

「守ってやって欲しい」

「弟さんから?」

「それもある」

「それも?」

 ルシファは首を傾げた。他に何か理由があっただろうか、という彼の疑問は次の言葉で吹っ飛んだ。

「ケルベロス、という男が息子を狙っておるらしい」

「ケルベロス!?」

「知っているのか?」

「いえ、そのどこでそれを?」

「名前は言えぬが、さる知人から聞いた。とても凶悪な男だと。そして、君の名前を教えてくれた」

「私の?」

「何でもとても頼りになるそうじゃないか。試しにクラウスを一人にして、王宮まで無事連れてこられるかテストしてみたんだが、軽々とクリアした。充分信頼できる。頼んだ、守ってやってくれ」

 頭を下げる彼を慌てて制して、彼は王に向かい膝をついた。

「全力で、お守りいたします」

「ありがとう。そうだ、城内を見て回るといい。君を戦場に出す気は無いから、ここが君の仕事場という事になる」

「王子は普段からこちらに?」

「この国の冬は寒さが厳しい。春には綺麗な花が咲くのだが、後4ヶ月はかかる。それまでは城内で暮らしている。遊び相手にでもなってやってくれ」

 王との謁見を終えて部屋の外に出ると、一人の女性が待っていた。彼が知るメイド服に極めて近い形状の服を着た、綺麗な女性だった。髪も肌も真っ白で、青い瞳が印象的だった。

「こちらへ。ルシファ様」

「え?」

 いきなり様付けで呼ばれ、驚く彼に彼女は頭を下げた。

「ここでの滞在中、ルシファ様のお世話をさせて頂くことになりました。以後、お見知りおきを」

「えっと、名前は?」

 彼の質問に彼女は首を横に振った。

「あるにはありますが、わざわざ名乗るほどのものでもございません」

「いや、でも呼ぶときに困りそうだし・・・」

 彼の言葉に彼女は小さく名前を彼に囁いた。」

「クリスマス・キャロルと申します」

「クリスマス・キャロル?」

「はい、ここに買われました日が丁度、クリスマスだったから、と」

「じゃあ、クリスでいいかな?」

「はい?」

 彼女がきょとんとした顔をする、少しだけ素の顔を見られた事が嬉しくなり、彼は彼女の呼び名を勢いで決めた。

「クリス。実は俺がいた世界にもクリスマスはあるんだけど、ここの世界ではどんな意味なの?」

「悪魔がやってきて、子供を攫っていく日だと」

「悪魔?」

「はい、私はそう聞いております」

「あまり、いい日でもなさそうだね」

「忌むべき日だと」

 彼女の顔が少し暗くなる。そんな彼女を元気付けようと、彼は自分の世界について話しだした。

「俺の世界では、クリスマスは恋人の日なんだ」

「恋・・・人ですか?」

「ああ、その日はカップルが一日中外で遊びつくしてお祭り騒ぎをする日なんだ。勿論、夫婦とか友達同士とかも」

 だから、と彼は続けて、

「俺はその名前、嫌いじゃないよ。省略したのは、ただの趣味」

「・・・ありがとうございます」

 彼女はほんの少しだけ笑みを作り、廊下の方へと手を差し出した。

「ご案内します。こちらへ」


「ここが皆様がお食事を召し上がられる場所です。お時間になりましたら私が呼びにまいりますのでご心配なく」

「王族と一緒に食べても?」

「王は、その様に、とのことです」

「緊張するなあ」

 テーブルマナーを後で学んでおく必要がありそうだった。彼はまた一つ『知らなければならないこと』と銘打った頭の中のメモに項目を一つ追加する。

「こちらがルシファ様のお部屋になります。何か足りないものがございましたら、遠慮なく申しつけ下さい」

 彼が通されたのは人目で高級と分かりそうな家具ばかりが並んだ部屋だった。ソファや、ベッドに、キッチンや風呂まで備えられており、ここだけで生活できそうだった。

「ありがとう、クリス。また何か分からなかったらよろしく頼む」

「え?ああ、申し訳ございません。はい、いつでもおっしゃって下さい」

 慣れない名前に戸惑ったのかも知れない。と彼は思い、一つ提案する。

「何なら、クリスマスでもいいよ。困らせたくはないし」

「いえ、もしルシファ様がよろしければ、クリスとお呼び下さい」

「そう? じゃあ、そうするよ」

 彼女はその言葉を聞いた静かに頭を下げ、部屋から出ていった。それを笑顔で見送った彼は厳しい表情になる。

「この世界に、ケルベロスがいるのか?」

 彼は意外に思った。全く違う事項として頭の中に置いておいたものが見事に繋がったのだ。

「もしかしたら二つ同時に片付くかもしれない」

 並みの能力者には負けない自信が彼にはあった。ケルベロスがどんな能力を使うかは知らないが、王子を狙っているのは彼だ。

「そいつさえ倒せば、あの子も死なずにすむ」

 負けられない、と彼は思った。命は簡単に奪っていいものでは無い。例え、どんな理由があっても。それが、彼の持論だった。だから、彼は今まで誰も殺した事は無かった。LIGHTSに転送はするが、彼らは表向きは処刑されたと公表されながら、その実重罪を犯した犯罪者専用の世界に送り込まれていた。

「偽善だけどな」

 殺されたものは戻ってこない。殺したものを殺したい気持ちは彼には痛いほど良く分かった。それでも、

「元に戻れないのなら、きっとそれは無意味だ」

 罪を償わせる事しかできない。消えない憎しみを内に秘めたまま、彼は今日も戦う。

「守る。絶対に」

 こうして、彼のこの国での最初の日は、静かに更けていった。


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