第三章 第一節 示される運命
「転送」
彼はそう呟き、リストの内から一人の名前を線の上に線を引いた。
「あと、五人」
彼はリストを確認した後、静かにその世界から離脱した。
「ふう」
ルシファは家へと戻り、椅子に腰を落ち着かせる。家に戻る回数は極端に減っていたが、それでも手入れは行き届いていた。
「次は・・・」
彼はリストを取り出し、次の対象の詳しい情報に目を通す。
通称ケルベロス、本名は不明。過去一つだけ世界を滅ぼした前科あり。
「これだけか」
彼はリストを机の上に放り投げ、腕を組んで考え込む。
大体対象の位置はLIGHTSから教えられていたが、この人物はそれすら不明だった。
こういう相手に取る常套手段は多々存在するが、この人物は少々毛並みが違う気がした。
「何の為にこの世界を?」
彼は念のため滅ぼされた世界に訪れていたが、ただわずかばかりの建物が残るばかりで、手がかりになりそうな物は何一つ残っていなかった。つまり、追う手段が見当たらなかった。
―聞こえる?―
力の気配を感じた瞬間、頭の中で声が響いた。
「ああ。何か用か? サディケル」
―ちょっと来て―
それだけで彼女からの声は途切れ、彼は服を『グリゴリ』の制服に着替える。普段から服装は黒系統が中心のため、普段から制服を着用していたのだが、万が一対象を捕らえるのに失敗した時、『グリゴリ』に報復が行く事が無いよう、私事の時は私服を着用していた。
急いで扉を開け、一息ついた。
「わざわざ呼び出しとは」
普段からなるべく顔は出している。直接の呼び出しは異例、というより今まで無かった。
「何かあったのか?」
彼は疑問を抱きながら、家を後にした。
「どうした?」
扉を開けた彼にまず声をかけたのはアヌレイクだった。
「ああ、何か呼び出されたから、サディケルは?」
「いや、今はおられん」
「いない?」
彼は周りを見渡す。なるほど確かに彼女の指定席には姿もワインも無かった。
「ルシファ、こっちだ」
「アグラーム」
ルシファはここで仕事の割り振りを担当している彼に気付き、軽く挨拶する。
「いたのか、早く声をかけてくれれば良かったのに」
「話がある」
「何だ?」
ルシファから見れば蛙にしか見えない彼は、ゆっくりと頭を長い下で舐めまわしながら、いつになく真面目な顔つきになった。
「大口の仕事だ」
中にいた面々が動きを止めてアグラームの話しに耳を傾ける。大口の仕事は極めて報酬が高い。勿論その分ハードな為、まずその仕事を統括する者を決め、統括者がグループを組みその仕事にあたる。何故ここで彼らが耳を傾けるかというと、ルシファは統括者になった時、普段の借金の礼としてお世話になっている人から優先してグループに組み込んでいくからであった。当然、彼らの期待は膨らんだが、
「いや、これは一人でやってくれ」
「一人で?」
ルシファは後ろで空気が沈んで行くのを感じながら、意外に思って聞き返す。こんな状況も彼には初体験だった。
「ああ、失敗は許されんぞ。何故なら」
「何故なら?」
にやりと笑ったアグラームに彼は、この仕事の重大性を認識して真剣な顔つきになる。
「相手は王子様だからな」
「ミッドガルド王国?」
「そう、そこの王子様の護衛が今回の仕事だ」
「護衛? 一人で? 何で? 信頼できる家臣とかいないのか?」
「そう質問を並べるな。今説明する」
彼はそう言って、一枚の紙をこちらによこす。
「後取りはこの子だけか。八歳? まだ子供か。なるほど、内戦中なのか」
「そう、王位継承問題だな。よくある話だ」
「王位継承? だって王の子供は彼だけだろ?」
「甘いなルシファ。よく読め」
「・・・・・・ああ、王の弟に息子がいるのか」
「そっちの方は十五歳。まあ、兄弟げんかに子供達が巻き込まれたわけだ」
「それでここに依頼か」
どうやら現王は病気を患い、もう長くは無いらしい。そこで起こるのが王位継承問題だが、まだ幼い王子のつなぎとして弟は、自ら即位する事を申し出た。しかし王にあっさり却下されたため、怒りに狂った弟は息子を強引に擁立し、権力をフルに活用し兵達を買収。これに王も対抗したため、現在この国は真二つに割れる形となっていた。
「戦争、か」
彼は自分の世界を思い出して顔を伏せる。
「まあ、お前は王子を守りさえすればいい。ミスるなよ。上客だ」
「ああ、分かってる」
余計な感情など不要だった。彼は気持ちを切り替え、世界へと旅立つべくドアを開ける。と、サディケルが湖のほとりで立ち尽くしていた。
「話は聞いた。今から行ってくる」
「そう」
どこかそっけない彼女の反応に戸惑いながらも、彼は示されてある世界へと旅立った。
「・・・ごめんなさい」
静かに彼女は一人、もう旅立っていった彼に向かって呟いた。
「ここか」
彼は雪降る地に降り立った。周りは一面銀世界で、まるで自分がこの世界の中で異質な何かに思えてくる。
「実際、異質なんだけどな」
彼は一人ごちて、指定された場所までの地図を頼りに歩き始めた。彼の仕事は王子の護衛。それも対暗殺専用の護衛だった。
「そりゃ、ぞろぞろ人数引き連れていくわけにはいかないよな」
どんな相手かも分からないため、力の展開は控え、彼は長い道のりをひたすら歩き、やがて粗末な一軒の小屋の前に辿り着く。
ドアを叩こうとした瞬間扉が開かれ、彼は思わず前につんのめる。
「わあ、本当に来た!」
「わ!」
いきなり現れた子供を前に彼は思わず後ろへ飛ぶ。
「お兄ちゃん、僕のごえいなんだよね」
「ごえい? ああ、ん? 護衛って」
「僕がそれ!」
元気良く宣言する彼をとりあえず小屋の中へ押し込んで、ルシファは改めて聞いた。
「クラウス皇太子?」
「はい」
「ここは?」
「別荘って、お母さんが言ってた」
「お母さん? ああ、フィリア皇后」
「お母さんの事知ってるの?」
「・・・そりゃ、この世界じゃ有名も何もあったもんじゃないと思うが」
彼は無意識にぞんざいな口調になっていた事に気付き、慌てて改める。駄目だ、この空気に飲まれてはいけない。
「それで、王はどちらに?」
聞かれたクラウスは首を傾げる。
「知らない」
「ご存じないのですか?」
「ごぞんじ?」
「え? ああ、知らないの?」
「うん」
「ふむ・・・」
「ふむ・・・」
考え込む彼を前にクラウスもそのポーズを真似する。ここは王の領地の奥深く。王が住む王宮は地図どおりなら、そう遠くは無いはずだった。
「行ってみるか」
そう呟いた彼にクラウスは手を上げて叫んだ。
「僕も行く!」
「え? ですが・・・」
「連れてって!」
「他に人は?」
「いないよ」
「いつから?」
「うーん、さっき」
彼は室内を見渡す。あるのは暖炉に机に長椅子。とても大人数が住める空間ではなかったし、暗殺される可能性のある人物を一人にするなど無防備にも程があったが、事実この家には彼一人。
「分かりました。離れないでください」
「わーい。お出かけ!」
「おいおい、王室はどんな教育してるんだよ・・・」
少なくとも、彼の知っている王室はもっと厳格なものであるはずだった。
「雪降ってるから―」
「必要ありませんよ」
彼は静かに力を展開し、外と内を遮断。室内の温度そのままに彼らは静かに王宮へと移動して行く。
「凄い! もしかして超能力者?」
「まあ、似たような物です」
彼はそう返しながら周囲に注意を向け続ける。やがて地図どおりの位置に、大きな建造物が現れ、目の前に立った時には、それは凄まじい威容を誇っていた。
「城だな」
ルシファは自分の知識にある物から一番形状が近い物を思い浮かべて呟いた。
「そう! 僕の家だよ」
彼はそう言って簡単に門を開け、中に入っていく。自分の領域から出してしまうと風邪を引きかねないため、彼は慌てて後を追った。




