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プロローグ3 『日常の』中で

朝、目覚めるとそこには見慣れない天井。すぐに状況を理解し、起き上がろうとすると、自分を掴んでいる手に気づいた。それに微笑んで、彼はその腕を掴んだ。

「ありがとう、一人だったら、泣いてたかもな」

そのままベッドから降り、フェイトの方へ向かうと、やはり存在しない耳栓と、涙の跡が一筋。

「何であんなに無理したのやら・・・」

そう思って彼はそのままフェイトを抱き締めながら、予想外の心地よさに、意図せぬ眠りに付く事になった。

「何してるの?」

「え?」

「何してるの?」

「さあ」

「夜這い?」

修羅がいた。いや、夜叉かじゃおおしふぁhp@あcj@:あ。

「さて、と今何時?」

「6時」

すっかり目を覚ましたライトがこちらに問いかけて来る。正直、目がまだ怖い。

「うーん、よく寝た」

「さて、これからどうするか、だな」

「あの袋は?」

彼女の視線の先にあるのは昨晩彼女から渡された袋が一つ。

「あれ・・・か」

「気が進まないの?」

「何となく」

「お母さん、もう」

「会うことは、ないだろうな」

それが、彼等の共通認識だった。あそこまでの覚悟と決意、そしてこの状況。何が何だか分からないが恐らくはそういうことだろう。

「家には・・・」

「どうだろう、開けてみよう。全てはそこからだ」

 彼は袋の紐を解き、中身を床に出した。

「何、これ・・・?」

「聞くな」

開けてみるとそこには家のありったけのお金と、パスポートに保険証、携帯電話、軍のIDカード、1着の軍服。はっきりいって、何が何だかさっぱりだった。

「何で、え?これ何?」

「ひとつ分かったな」

彼は振り返り告げた。

「もう家には帰れそうも無い」


しばしの沈黙の後、口を開いたのはライトの方だった。

「ばれたのかな、私たちがイリア人だって」

「どうかな、だったら何でばれた事を母さんは俺たちに告げない? お前も俺も知ってるんだから。」

「けど」

「ばれただけじゃ強制送還か、強制労働かだろうけど、入ってるものは持ってるだけで死ねるものばかりだ。この国の国民が持ってたって死刑もの」

大体、入っている金額も問題だった。これだけあれば三人が普通に生活しても、3年はもつ。と、ライトが目線を転じてあるものを指差した。

「その携帯で誰かと連絡付かない? お母さんが何かメモを残しているかもしれないし」

「いい考えだ」

早速、彼は携帯のアドレス帳を開く、登録されていた電話番号は一件、誰だ? とその名前を見た途端彼は固まっていた。

「誰の番号?」

と、彼から携帯を取った彼女もまた固まった。

「何で?」

「だから聞くな」

そこにはこう表示されていた。エミル・ミア・フルシュ、と。

「エミルかよ・・・」

以外にも彼の驚きはライト程ではなかった。何故なら彼女の正体については以前聞かされていた為、驚く心の中でどこかで納得し、安心している自分がいることもまた事実だったからだ。

「何でエミルさんが? だってあの人・・・」

「まあ、世間一般に知られているイメージはお前を若干大人しくした感じではあるが」

成績優秀、運動もまあ人並み以上、ざっくばらんな性格も相まって、ライトが入学する前は『様』がつく人間と言えば、エミルだった。

「ただな」

「何?」

自分が過去、彼女からそれを告げられたときの事を思い出しながら彼は言った。

「あいつもイリア人だ」

「えっ?」

「同じだな、お前と」

「ちょっと待って。あの人も、私と?」

その驚きぶりは自分が聞いた時とあまり変わらないものだったが、今ではもう彼はある種の答えを得ていた。

「自分がイリア人だと自覚してる人間はどういう行動に出る?」

「あ・・・」

そう、怪しまれれば終わり、敵を作ったら終わり、もし噂が立っても、それを皆が笑い話で済ませてくれる様に、と考えは発展する。早い話が、自分がその社会の中で一つの柱になろうとするのだ。だから、彼が知っているイリア人は皆そう振る舞っていたし、ライトもエミルもその中の例に違わず入っていた。実は他にもまだいるのだが、何故それを自分に告げるのか彼には全く分からなかった。同じ人種だから、と言う理由なら自分よりも寧ろライトの方が適任だし、彼女の校内における力は既にトップクラスだった。

「だから彼女は少なくとも敵じゃない。それだけは信じていい」

「・・・うん」

彼女の番号から察するに恐らく携帯電話、それも軍事用の。かければ何が起こるかは分からなかったが、不思議と恐怖は無かった。

「掛けるぞ」

「・・・うん」

彼等は意を決してそのボタンを、押した。

「ふう、ここまでこれば大丈夫」

「おいおいおいおい」

「どうしたのルシファ? 怖気づいちゃった?」

「いや・・・」

電話すると直ぐに、『居場所特定したから直ぐに切って』との声。慌ててそれに従うとその3分後には車が迎えに来て、その中から出てきた人達に促されるままそれに乗った。そして、その中にいたのは・・・エミルだった。

「しゅごーい、初めて乗ったー」

「車初めて? 珍しいね」

起きたばかりのフェイトは未知の領域に興味津々、片やライトはどこか落ち着かない。

「どこに向かっているんだ?」

「秘密」

そして肝心のエミルはずっとこの調子で、彼は未だにこの状況が飲み込めていなかった。そもそも、こちらを待っていたとしか思えないタイミング、しかももう始業時間は目前に迫っているにもかかわらず、車は彼らが見たことも無い道を走っていた。

「お待たせ」

その後一時間ほど走っただろうか、無言の時間を走りぬけた車はとあるビルの前に停まった。

「ここ?」

エミルに尋ねようと振り向いたとき、異変に気付いた。フェイトとライトの姿が消えている。どこ行ったんだ?という彼の疑問を遮るかのように袋が差し出された。

「まずはこの中にある服に着替えて」

「なっ・・・・」

「終わったら私の所に来て。部屋は2階の三号室」

有無を言わさずとはこの事だろうか、案内されるがままに更衣室へ通され、着替えてからそのまま連行されるかのように、彼は三号室の前に立っていた。

「とりあえず、これ読んで」

入って一声、彼女に投げつけられたのは、封筒。

「これは?」

「さあ、読んでみたら?」

帰ってくるのは素っ気無い返事。ここに連れてきた人達に何を言っても無駄なのは先ほどまでの時間で分かっていたため、彼は黙って封筒を開ける。

「手紙か・・・」

差出人は父親、その中身はこのようにして書いてあった。

『この手紙を読んでいると言う事は、お前は歩き出したと言うことだ。

 ろくに面倒も見てやれず、可哀想な思いもさせてきたが、親孝行と思って

 最後まで読んでくれ。

 連絡するのはこれで終わりだ。お前は軍に入って、立派に働いてくれ。

 留守にしていて済まなかったが、誕生日はまた、二人できちんと祝おう。

 人間、生きていれば、時として迷う事もあるし、お前のようにいきなり

 現実が立ちふさがる人もいる。どうか挫けず彼女の元で頑張って欲しい。

 ろくにわがままも聞いてもらえず、こんな手紙しか渡せないが、頑張って  欲しい。 息子へ、父より』

「どう? 驚いた? 実は君には」

「すまないが、トイレはどこだ?」

「え?」

「実は長時間慣れない乗り物に乗り続けた挙句、こんな所にいきなり放り込まれて軍に入れと来ては、緊張してしまってね、すまない」

「ああ、部屋を出て右の突き当たりだ」

「ありがとう」

彼は全身の汗が噴出しそうになるのを必死でこらえ、何気ない風を装って、トイレに入った。

「な・・・にが・・・いっ・・・たい・・・」

胸の動悸を抑え切れない。瞬きが早くなり、喉がからからに乾く。全ては昨日の母との別れ際の視線の意味と、今の手紙のせいだった。逃げて、確かに昨日彼女は眼にはっきりとその意を込めて、彼に送ってきた。最初は、それはイリア人ということがばれたから、軍から逃げろ、という意味だと思った。だが、今手元にある手紙、昔スパイごっこと称して父と遊んだ経験が生きた。不自然な改行、不自然な文章、軍が気付かなかったのはチェックしていないからか、相当の馬鹿か、遊び心を知らないか、彼にとってはどれでもよかったが、問題は込められているメッセージだった。こ、ろ、最、連、留、人、現、ろ。各行の最初の文を抽出し、変換。出てくる言葉は『殺される、逃げろ』つまり昨日の母からの視線と何ら意味的には変わらない。

「けれど、何から逃げれば」

言いかけた瞬間後ろから視線を感じた。

「気付いちゃった?」

「だ・・・れ・・・?」

聞かずとも分かった、何故ならそれは毎日当たり前のように聞いていた声、ただ、嘘みたいにその声は冷たかった。

「お兄ちゃん、ごめんね」

「フェイト!」

後ろからいきなり現れてきた妹をとっさにかわし、トイレから出る。

「おい、お前!」

聞こえてくる声は全て無視し、一階への階段を駆け下りる。

「ああ、もう段取りがめちゃくちゃだ」

「エミル!?」

「ああ、警戒し無くてもいいから」

いつの間にか隣を併走しているエミル。一体どういうことなのか、と尋ねようとする

彼の前に現れたのは、ライト。

「言ったよね、味方だって。どんなことがあっても味方だって」

「ライト・・・」

泣きながらこちらに歩み寄ろうとする彼の目の前で、エミルは信じられない言葉と共に、銃を突き付けた。

「黙れプログラム、それ以上近づいたら、撃つ」

「は? エミル何言って・・・」

「止まれと言っている。命令だ」

その言葉を聞いてライトはようやくその歩みを止める。

「ねえ、味方なんだよね。私の、私だけの・・・」

彼女は壊れた人形のように同じ言葉を繰り返すだけ。と、ふとその表情が変化する。

「そうだよ・・・味方なんだよ。一緒なんだもん、家族なんだもん。だって、だって家族―」

言葉は唐突に途切れ、彼が次に彼女を見たとき、頭に穴が開いていた。そう文字通り

血も出ず、見えるのはコードや、ICチップ。そこから見える内部は、明らかに通常の人間とは一線を画していた。

「行こう」

「ちょっと・・・」

「死にたい?」

妹をここに置いて行く事に躊躇する彼に彼女は冷たく言い放ち、そのまま彼の腕を取り走り出す。

「撃ったのか?」

「死にはしないさ、生きても無いし」

「だから、一体―」

「後で話す、実はそんなに時間があるわけでもない」

「いや、だからどこに走って―」

「あそこ」

彼女が指差したのは先ほどまで乗っていた車、いつのまにか運転席には先ほどまで部屋の見張りをしていた男が座っている。

「早く!!」

彼女の声と共に、勢いよく走り出す車。これで大丈夫だろう、と思い外を見たエミルの眼に飛び込んできたのは、気味の悪い笑みを浮かべながら併走するフェイトの姿だった。

「フェイト!」

ルシファが驚きの声を挙げるが、正直他二名にとっては悲鳴でもあげたい気分だった。

「くそ!」

彼女は勢いよくドアを開き、躊躇無く引き金を引く。だが数瞬前までそこにいたはずの存在はいとも簡単に銃弾をかわす。

「化け物が!」

隣の男が悪態を付きながら車を彼女の方に寄せるが、今度は車の上に飛び移られ逆にピンチに陥っていた。

「あはははははははははははははははは」

高らかに笑い声を挙げながら、天井部に素手で穴を開けるフェイト。後部座席に座っていたルシファと目があったその瞬間、ニターと微笑む妹だった物を見た。

「伏せろ!」

どこから取り出したのか彼女の方を見るとそこにあるのはグレネード。慌てて頭を下げる彼に対し不思議そうにそれを見つめるフェイト。

「新型だ。まだこの兵器は認識できないだろう?」

次の瞬間、彼の耳に響いたのは何かが炸裂、命中、そして弾ける音、あまりの衝撃に意識が遠のく中、最後に見たのは、フェイトの頭部だった。


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