第二章 第五節 とりあえずの終幕
「当たるかな? 大丈夫かな?」
「くっそおおおおおおお!」
恭介は自身のバスタードソードを相手の首めがけて振り払うが、相手はひょいと頭を後ろに逸らせて余裕の表情。
「鋭いねえ、キレがあるよ」
「だったら当たれ!」
「無理だねえ、不可能だねえ」
頭を薙ぐと見せかけて足を切り払うが、ぴょんと飛んだ彼は剣の上に立ってみせる。
「な・・・」
「残念でした、惜しかったよ」
「食らえ!」
横手からマルクのロングソードによる突進が来るが、胸を逸らして紙一重で避け、彼の頭に数発の蹴りを入れる。
「がっ!」
そのまま吹っ飛ぶマルクを見て恭介は距離を取り、
「ギュールスキレッグ!」
剣から紅い闘気が立ち昇り、彼の体が力で漲る。
「凛! 援護しろ!」
先ほどから距離を保っていた彼女は呪文の詠唱を完了させる。
「フレア!」
上空から巨大な岩石が炎を纏って飛来する。
「へえ」
彼は笑みを無くし、それらから距離を取る。最後の炎弾をかわし、息を付いた刹那、
「はああああっ!」
先ほどとは比べ物にならないほどのスピードで恭介が迫る。
「アデネ」
彼がこの戦いで始めて呪文を唱えた。すると、いきなり周りから大木が何本も伸び、彼の行く手を塞ぐ。
「邪魔だ!」
次々と生まれる木を切り倒していくが、とうとう捕まり、そのまま彼は上空へと放り出される。
「ハイルロム」
立ち直ったマルクが今度は高く飛び上がり上から下突きを見舞う。
「上手いねえ、巧みだよ」
彼はそれを手で受け止めた。
「え?」
信じられないものを見たかのような顔をする彼にエデフィは笑顔で詠唱を開始した。
「ギアジュローム」
幾千もの蔓が彼の四肢を縛り上げられ、その後足だけを縛られたまま、四方に叩きつけられ、彼は気絶した。
「む・・・り・・・、勝てない」
凛が膝をわなわな振るわせその場に座りこむ。
「ああ、無理も無い。楽にしますから、一瞬で済ませます」
彼は一歩ずつ彼女の方へ歩み寄る。
「止めおおおおお!」
恭介が落下する勢いで彼に向かうが途中で蔓に弾き飛ばされる。
「がっ!」
「あ、ああ」
そこにあるのは圧倒的な恐怖、それだけだった。
「終わりですね。GAME OVER」
彼が彼女に手を向けた刹那―
「しつこい!」
「逃さん」
いきなり世界への乱入者が出現した。
「え?」
「何!?」
「あれは」
凛と恭介は驚き、エデフィは何か納得した様子でいきなり現れた二人の行方を見る。一人はフードを被り、顔がよく見えない。もう一人は黒尽くめの服を纏い彼を追う。
「リューヒャス」
一方の男から数々の獣が出現し、もう一方の男に向かう。
「七十三式」
すると彼の周りを旋回していた八本の大槍が黒い光りを纏い、それぞれが獣と線で結ばれ、一瞬にして全てを貫く。
「エヴァルレイド!」
つづいて出てきたのは巨大な鳥。その鳥は生きているかのように一度鳴いた後、彼に炎を吐く。
「危ない!」
「いや、大丈夫」
恭介の叫びに、エデフィは冷静に返す。巨大な鳥の吐いた炎は莫大な熱量を持って彼に襲い掛かる。
「十九式」
彼の周りのサリッサが旋回を止め、彼を包むように停止する。
「勝てるとでも?」
その男はもう一方の男を挑発する様に言い、不敵に笑った。
「何が、この状況でそんな口が叩けるか!」
そこで初めて彼の顔が明らかになる。
「あれは!」
恭介の顔が驚愕に変わる。レルグラ、第一級の犯罪者で、今まで自分の欲望のままに数々の世界を破壊して来たならず者。ただ、持っている力は伊達では無く、LIGHTSでさえも逮捕に手を焼き、何度も見つけては殲滅されると言うことを繰り返していた。
「勝てるわけが無い」
恭介はそう判断した。いくらあの男が強かろうと、そんな事は関係無いほどの力をレルグラは持っている、そう思った。
「そうだね、正解だ」
エデフィが褒める様に彼を見つめる。
「だったら何で援護しないんだよ!」
恭介の怒りに彼は何で?という顔をする。
「犯罪者の味方をする趣味は無いなあ」
「は? だって」
「見てみなよ」
今にも炎は彼を包み、彼はその熱によって溶けるかそのまま燃やしつくされるか、のはずだった。
「ははははは! 俺に勝とうなんざ百年早ええんだよ!」
レルグラが勝利を確信した瞬間だった。いきなり球状に炎が圧縮され、そのまま弾けるように炎が吹き飛んだ。そのまま彼は巨大な鳥へと向かい、
「三十二式」
上から矢印状に展開したサリッサが二つ落とされ、その鳥を裂く。
「六式」
その直後六本のサリッサが彼の周りの地面に突き刺さり六芒星を浮かび上がらせる。
「観念するんだな」
レルグラはいきなり膝を付き、そのまま体ごと叩きつけられる。
「がああああああああ!」
「このままお前を引き渡す」
彼はゆっくりと歩いて行き、最後の技を告げた。
「九十九式」
サリッサが糸状に変化し、レルグラを縛りつけ、身動き取れないようにする。
「ちくしょー覚えてろよお前は―」
「転送」
彼は短く告げ、その瞬間、レルグラの姿は消える。
「ふう」
彼は短く息を吐き、力の展開を解く。
「久しぶりだねえ、2週間ぶりだねえ」
「ああ、エデフィか、久しぶり」
親密そうに会話を交わす彼らを見て、恭介は密かに力を込めた。
「フェルクー」
そう静かに呟き、彼は一瞬で彼の後ろに移動した。短距離とはいえ高難度であるはずの同一世界内での瞬間移動。これが彼の最大の切り札だった。
「チャンス」
そう告げ、切り払った。
「ふう」
ギリギリで避けてあげたエデフィは、彼に手刀を突き付けた。
「凄いじゃないか、流石じゃないか」
「ぐっ!」
首を締められ持ち上げられる。必死に抵抗するが、体は蔓でロックされ動けない。
「それくらいにしとけ、もう終わりだろ?」
その時、後ろで成り行きを見守っていた男がエデフィの肩を掴んだ。彼は微笑み、ゆっくりと恭介を地面に降ろした。
「大丈夫かな?」
「な、何とか」
ごほごほと咳をしながらも、彼は何とか立ち上がる。
「どうして降ろした? 勝負はまだ」
「終わったよ、君達の勝ちだ。クリアだよ。奇襲、見事だった」
エデフィはそう言って、自身の服を彼に見せる。白い布を纏っている彼の服はよく見ると、ほんの少しだけ切れていた。
「こ、こんな勝ちが欲しかったんじゃない!」
彼のプライドがその勝利を受け入れなかった。
「ワザと切られたな!」
彼は非難の口調でエデフィに剣を突き付ける。
「ああ、だから強くなれ」
「彼の言う通り、強くなれるよ、精進するといい」
目の前の二人は穏やかにそう言った。
彼は歯を食いしばってその言葉を受け入れた。この二人、自分とは力の桁が違う。そんな彼らがくれた仮初めの勝利。
「分かった」
「え?」
エデフィが思わず聞き返す。
「俺が、俺はいつか必ず強くなって、絶対強くなって、『セイバー』になる!その時、もう一度勝負しろ!」
何故かエデフィが意味ありげにもう一人の男を見た。彼は肩を竦め、恭介に言った。
「ああ、今はそれでいい」
恭介は彼からの視線を真っ向から受け止めた。
「待っていろ」
「熱いねえ、情熱的だ」
エデフィが茶化し、彼はやっと闘いの緊張感から開放され倒れる。
「恭介!」
見守っていた少女が彼の下に駆け寄り、様子を見た後で安堵する。
「ねえ、もしかしてこの世界に来たの―」
「言うな、期待料だ」
エデフィが小声で彼に耳打ちするのを彼は制した。そのまま振り向き、彼はエデフィに別れを告げる。
「それじゃ、また」
「そうだねえ、会えるといいねえ」
彼は姿を消し、卒業試験は幕を閉じた。




