第二章 第三節 前夜
「中々有望そうじゃないか」
「まあな、まだまだ鍛える必要はありそうだが」
「おお、手厳しい」
校舎内、呼ばない限り誰も来ない理事長室にセイバーはいた。そこに一緒にいるのは黒い髪に端正な顔立ちをした男。着ている服は黒を基調とした例の制服。
「これが・・・次のリストだ」
「ありがとう、どうした?」
彼は手渡されたリストに目を通しながら、何故か言い淀んだセイバーに問い掛ける。
「私は、こんな事を―」
「いざとなれば俺の単独行動って事にして切り捨てろ。変わりはいくらでもいる」
「違う! そんな事を言っているのではない!」
必死になる彼女を見て彼はおかしそうに笑う。
「分かってるよ。大丈夫、俺は」
そのリストに書いてあるのは最近崩壊、あるいはその危機にまで陥っている世界を示したものだった。彼はそこに示された世界へ赴き犯人を特定し、LIGHTSに引き渡す。
引き渡された者は極秘裏に彼女の元へと召喚され、『ハムレス』と関係が無いか徹底的に尋問し、時には特殊な術を使用してでも吐かせる。かなり強引な手法で、なおかつ違法だった。しかし、彼らは既に微々たる物ではあったが、成果を挙げていた。
「まだもしかしたら、の段階だからな」
「ああ、証拠が無くては」
彼らに必要なのは証拠だった。彼らが犯罪者を裏で指揮している、という。
「わかった。色々こっちも調べてみるよ、それじゃ」
立ち去りかけた彼をセイバーが呼びとめた。
「ルシファ」
彼は立ち止まり振り向く、とそこで彼女と目線が合った。
「何だ?」
「・・・気をつけて」
気恥ずかしそうに告げる彼女に、彼は照れながら軽くLIGHTSの敬礼のポーズを取った。
「行ってくるよ、セイバー」
笑顔でそう言って彼は、姿を消した。
―その日の夜―
「で、どこに誰を付ける?」
「エリックには私が付く様上から言われている」
「そりゃ、また」
「仕方が無い」
「そうだが・・・」
ランスロットは思わず天井を見上げる。理事長室でセイバーとランスロット、ボルクは卒業試験について協議していた。議題はどこのグループに誰をつけるか。現在の生徒数は七十八名、つまり二十三グループ。エリックにはセイバーが、そしてルーカスにはランスロットがつく事は決定している。
「ルーカスねえ」
ランスロットは溜息をついた。優秀ではあったが、どうにも融通が効かないのだ。あの男は。もっと柔軟性を持って欲しいのだが、なまじ優秀なだけに扱いが難しい。だからこそ彼がついたのだが、正直頭が痛かった。
「で、恭介は?」
彼は最大の問題を議案に挙げた。復讐に取り付かれたあの男は、少し再教育しなければならないかもしれない。が、
「彼らには誰もつけない」
返ってきたのは素っ気無い返事。
「は?おいおい」
ランスロットは耳を疑う。一人は絶対隊員をつけるのが鉄則なはず。そんな彼の心を見透かすように、セイバーは言った。
「優秀な人物が見守ってくれる」
彼は全てを察した。
「はいはい、相変わらず頑張るねえ、あの男は」
結局味方なのか敵なのかよく分からないポジションにいる男を、ひとまず彼は信頼していた。一度実力を見るため戦ったが、中々筋がいい。あの調子で強くなられたらいつか抜かれるな、と思いつつ彼の成長を楽しみにしていた。が、
「違う、あいつではない」
あっさり彼女に否定される。
「っておい」
「その、まさかだ」
彼女は意地の悪い笑みを彼に見せる。こんな笑みを見せるようになったのはつい最近の事だ。
「あいつかよ・・・」
ランスロットは頭に浮かんだ彼の姿に心が沈む。確かに悪い奴ではないが、あの男の趣味は彼にはさっぱり理解できなかった。
「苦労するな」
「その方がいい」
「わっかりました。そうしておく」
ランスロットはそう言ってこの協議を打ち切った。後は適当にランダムで配置すればいい。どうせ受かる奴は受かるし落ちる奴は落ちる。そして、死ぬ奴はいつか死ぬのだから。
「おやおや、僕にこんな事を頼むなんてね」
彼は、届けられた手紙を見るなりそれをそっと胸のポケットに入れた。長い耳、緑の髪に細長い目、いわゆるエルフの特徴を持つ彼は目の前の人物に語りかける。
「仕方なかろう、彼女も優秀な人材の獲得に必死なのだ」
髭を豊富に蓄えた老人はゆっくりと腰を上げ、窓から星を見上げる。
ここはどこからも遠い世界、誰も知らない世界に彼らはひっそりと存在していた。
「どうしてあげようかな」
「あまり、いじめても―」
「分かっていますよ。ええ、理解していますとも」
彼はそう言いながらも楽しげに目を細めた。その名をエデフィ。強大な力を持つ能力者でありながら、彼は表の世界に興味を持っていなかった。
誰に味方するでもなく、敵になるでも無い。興味があればいらないことまでやり、興味が無ければ何も手を出さない。そんな変人に老人―シュトラウス―はその険しい目を彼に向ける。
「力の使い方を間違えるではないぞ」
それは師としての忠告だった。
「はい、お師匠様」
が、そう答えながらも、彼の頭の中はもう、それ所ではなかった。
卒業試験まで、もう日は残っていなかった。




