第二章 第二節 彼の理由
後日、詳しい試験の内容が発表され、生徒達は歓喜の声を挙げた。
「やっと行ける。異世界に!」
恭介は震える拳をぎゅっと握り締め、一人静かに呟いた。少数の例外を除いて、LIGHTSに入ろうとする者の志望理由は二つに分かれる。一つは、本来住んでいた世界を何物かに破壊され、偶々生き残ったところをLIGHTSに保護され、破壊した者への復讐の為に入る者。そしてもう一つは、自身の使命感や正義感からLIGHTS入隊を志望する者。ちなみに恭介も凛もマルクも、志望理由は前者である。LIGHTSのテリトリー内深くにあるここは、そういった子供達を集めて保護する役割も担っていた。
「まさか卒業試験は異世界での任務なんて」
「気合が入る」
凛とマルクも気勢を上げる。が、そんな中、一人余裕の表情を作る者がいた。
「ま、俺は既に行ってるけどね」
その場が静まり返り皆が彼の方に注目する。
「エリック、それマジか? 生まれた所以外だぞ」
「ああ、なんなら証拠を見せてもいい」
恭介はそう質問はしたが、この男が自分達とは違う事は重々承知していた。まず、本来この養成学校は四年間の厳しいプログラムによって選抜され、毎年約一割の生徒が選考によって振り落とされていく。入学できるのは毎年約百名。つまり卒業できるのは六十名ほど。
それ故にここを卒業した、というのは抜群のステータスになり、LIGHTSに入れば勿論の事、例えここから一般の企業に就職してもエリートとして扱われる事が約束されている。それ故に就職目当てでここに入学する者も存在する。
そしてエリックは一年前から転入してきてにも関わらず、今は恭介達と同学年、つまり三年分の授業は免除されていた。いつもギリギリで選考をパスして来た恭介に言えた義理ではないが、どう考えてもそれは異例だった。
「生まれたときから僕はLIGHTS入りを任されてたんでね。その位当たり前だよ」
「じゃあどんな任務に着いてたんだよ」
「言えると思うかい?」
「いいや!聞きたくも無い」
恐らく事実なのだろう、と恭介は思う。ここは学校そのものが一つの世界を構成している。つまりここの学校の生徒で無かったのなら、そう言う事なのだろう。
「何を偉そうに、どうせ大した任務でもないでしょ」
凛が顔をしかめてあっかんベーのポーズを取る。嫌われてはいたが、エリックはそれを何とも思っていない表情で、教室に戻っていく。恭介たちもそれに倣う一方で、密かに決意を固める。
「絶対にやってやる」
例え試験が何であろうと。
「で、あるからここは―」
彼は数学の授業を聞きながら、手もとではある人物の写真を見つめる。十年前、彼がまだ八歳だった頃、彼の世界を破壊した人物。その名を通称ケルベロス。数々の世界を破壊しつくす事で有名な彼によって、住みかを奪われた者はこの学校にも数多く存在した。
「殺してやる・・・」
彼は普通の一般家庭で育ち、よくある反抗期を迎える前に、両親が亡くなった。一人泣きながらさ迷っているのを保護されなければ、今頃飢えて死んでいただろう。
「絶対に・・・」
その目は密かに殺意に満ちていた。
「今日どうする?」
放課後彼に話しかけてきたのはマルクとフラグラス・ジュニーコ。同じクラスメイトで、彼とよくつるんでいる生徒の一人だ。
「どうすっかなー」
卒業試験までは一ヵ月を切っていたが、彼には自信があった。学力を問わず実力だけが選考の対象となるこの試験は、まず死者が出る事は無かったし、任務そのものも隊員がバックアップに当たる。そして実際の戦闘では、彼はトップクラスの実力の持ち主だった。
「でも、まさかパンチで吹っ飛ぶなんて、寝てたの?」
「ちげーよ、こんな所で本気出したって無駄だ」
「またまた」
寮への道を戻りながら、彼らが話題にするのはやはり試験について。この世界は学校と生徒達が暮らすための寮、そして少しばかりの娯楽施設で構成されている為、大概の者はそこへ行くか、寮で雑談に興じるか、学校で勉強に励むかしていた。
「どんな任務なんだろうなあ、試験」
フラグラスの言葉にマルクはある一人の教師の顔を思い浮かべる。
「さあ、エミル先生にでも聞いたら、案外」
「教えてくれるか?あのチビ」
「誰がチビ?」
恭介はそう切り返した事を心中で激しく後悔した。
「あ、ああ。エミル先生。こんにちは」
「はいこんにちは。それで?」
にっこりと微笑むその笑みに恐怖を感じ、恭介は逆に顔を引きつらせる。二年半ほどどこかで任務に当たっていたらしく、久々にここに復帰した、若い容貌を持つ彼女はその実今年で年齢が三桁に―
「何か失礼な事が頭から見えるんだけどなあ」
「ま、まさか。なあ?」
「はい、試験について考えてただけです」
マルクが助け舟を出し、結果彼はこの話題から逸らす事に成功する。
「試験? ああ、もうそんな時期だっけ」
彼女は頬に手を当て考え込む。
「何か?」
「ああ、いや何でも無いから。大丈夫。ここまできたら後は頑張るだけだよ」
「また気楽に」
と、ここで彼女を呼び出すアナウンスが入る。彼女は一瞬顔を曇らせながらも、すぐさま踵を返し走り出す。
「それじゃ」
「あ、あの」
廊下は走ったら駄目だろ、という彼の言葉は空気を震わすことなく消え、後に残るのはどこか沈んだ空気。
「あの先生さあ」
「何だよ?」
フラグラスが何か言いたげに顎に手を当てる。
「何であんな空元気なんだろ?」
「知るか」
どうにも彼女が持つ空気はどう見ても重かった。一体どんな過去を持っているのかは知らないが、半端ではない。まるで闇を背負っているかのような、そんなどす黒いものが宿っているのではないか、とこちらが心配したくなる。
「ふう」
恭介は自分の部屋に辿り着き、一旦私服に着替えてから部屋を出て、そのままマルクの部屋へと向かう。
「よう」
「お、恭介来たか」
「何だよ、いきなり」
「これ、新しく出た小説」
マルクが差し出してきた本を手に取り、彼は軽くページをめくる。どうやら異世界の本のようで、かれは自動的に頭の中をその世界の言語に合わせる。
「『恋の魔法』、ねえ。お前こんなの趣味だったのか?」
彼はそれをマルクに放り投げながらちゃかす。
「ち、違うエミル先生が貸してくれたんだよ。面白いからって。それにタイトルどおりでもないぞ」
「どうだか」
「本当だって!」
そんな掛け合いをしている中、凛が入ってきた。
「やっほー、どしたの? 何これ?」
「あ、えっと」
マルクが罰の悪そうな顔をする。ここぞとばかりに恭介は攻勢に出た。
「なあ凛コいつってあほshfhphjp:」
「は?」
マルクは恭介の口を塞ぎつつ、器用に足で本をベッドの下に押し込む。
「何すんだよ?」
ようやく開放された恭介がマルクに抗議するが、軽くいなされ話題は未来について。
「どこに配属されるのかな?」
「さあな、俺は任務にでれるのならどこへでも」
「本当、実戦好きだよねえ」
「まだ負け無しだっけ?」
凛とマルクがある意味彼に感嘆する。学力は必要最低限で、能力は強力。確かに即戦力とは言われているし、まず問題ないと学校からも見られている。勿論他の二人も。
「ここで負けてるようじゃ終わりだ」
何の興味も無しに恭介が言うのを凛が不思議に思う。
「ねえ、何で強くなろうと思ったの? その、やっぱり悔しいから?」
「殺したいから」
「・・・」
「ケルベロス?」
凛の変わりにマルクが返す。
「ああ、何としても」
「無意味だと分かっていても?」
「それだけの為に生きて来たんだ。少なくともそれまでは自分の人生を変える気は無い」
凛とマルクの世界を滅ぼした者達はつい先日、何者かによって捕らえられ、処刑されていた。ぼやぼやしていたら誰かに先を越されかねない。だから急ぐ必要があった。彼は改めて宣言する。
「俺は次あいつに会ったら間違い無くこの手で、殺す」




