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第一章 第七節 それは未知の『世界』

「なあ、アリア」

「何、カイル?」

 ある世界のLIGHTS支部、彼らは食堂で向かい合って座っていた。カイルの手にはコーヒーが、アリアはそんな彼を頬杖をついて見ている。食堂は昼時ともなれば賑わうが、今は数人の退院がまばらに座っているばかりで、静かな空間だった。

「また一つ処理場が消えたらしいな」

「・・・うん」

 彼女は顔を伏せ、彼女達の事を思い浮かべる。

「少しプログラムがずれていただけなのに」

「仕方ないさ、上が使えないと判断すればそうなる。ライトだってそうなったんだから」

「現場に、いたんだって?」

 カイルは自分のコーヒーを掻き混ぜなら、あの時の事を思い出す。

「大変だったさ。魔女が現れたのも勿論だし、何よりエミルがな」

「まだ、部屋に?」

「いや、俺も忙しくてな、聞いて無い」

 カイルはあの後、他への支部へ異動を命じられていた。仕事上本部への配属が当たり前となっている彼女と違って、カイルは色々な所へ飛ばされている。実際、アリアと会うのも数年ぶりの事だった。

「大変ね・・・」

 友人の一人として彼女は溜息をついた。

「全くな」

 そう言うとカイルはコーヒーを飲み干し、立ち上がる。

「任務?」

「ああ、俺も少しは休みが欲しいな」

「もし、休みが取れたら」

「分かってる。その時は連絡するよ」

 そう言って、カイルは彼女の頬に口付けをして、出て行った。その後ろ姿を見送りながらも、彼女の頭の中はエミルの事で一杯だった。たった一つの事件で全てを無くした、不幸の子。

「できることなら、してあげたいんだけど・・・」

 そう言って、彼女もまた立ち上がり任務のため食堂を出る。得たデータを下に、彼女は新たな翼の研究を命じられていた。

「もし、これが成功したら」

 きっと変わる、と彼女は確信する。作られたもの達は、それ自身の意思で行動し、世界を変えることができる。そのために、彼女は今も彼女達を作り続けている。


 ある研究所に、彼はいた。白衣に身を包んだその男は、持っていた書類を見て喝采をあげた。

「やったあああああああ!」

 ざまあ見ろ! 俺を散々馬鹿にしやがって! これで俺も、俺も!

「あっははははははは!」

 他に誰もいない研究室内で、彼は笑い続けた。


「お疲れ」

「ああ、偶にはこっちにも顔見せろよ。それいしてもまったくお前って奴はほんと」

「それを言うな。困ってるんだよ」

 ルシファはにやにやしているケルーゾに別れを告げ、自分の住む世界へと戻る。あれから色々と世界を巡ったが、未だ必要な情報を得られず、彼は焦っていた。

「このままじゃ、いつまでたっても埒が明かない」

 いや、と彼は自分を戒める。この程度の力ではいざという時何も出来ないまま終わりかねない。それに、厄介な問題も抱える事になってしまったし。彼はあの時の事を思い出し、若干憂鬱になりながらも、眠りについた。

「サディケルさん」

「はい? ああルシファ何か用?」

「用が無かったら来ちゃいけないんですか?」

「へえ、言うようになったじゃない」

「もまれてますから」

 後日、彼は拠点でもあるサディケルの家を訪れていた。彼は、相変わらずソファで横になってワインを飲んでいる彼女の向かいの椅子に座る。

「実は、お願い事があるんです」

「いきなり前言撤回?」

 サディケルに彼は頭を下げる。

「すみません、実は」

「実は?」

 サディケルは考える。彼がこんな風に頼みごとをしてくるのは初めてだった。好奇心本位で、彼女は彼の答えを待った。

「わた、いや、俺の彼女になって欲しいんです」

 彼女は口に含んでいたワインを全て吹き出した。

「どういうこと?」

 ようやく落ち着いた彼女は彼に尋ねる。愛の告白なら散々受けてきたが、彼の雰囲気はそれらとは少々違った。

「はい、あの・・・」

 彼は話し始めた。それは、彼がケルーゾと共に生態調査にでかけた時から始まる。

「56、57・・・」

「343・・・904・・・」

 彼らはある世界の自然公園で、絶滅を危惧されている生物の生態調査を行っていた。何故彼らにそんな仕事が舞い込んできたかというと、生物の生息地息が、猛獣が数多く出る危険地域だからだった。今、ルシファはフールという馬によく似ている動物の数を数え、その位置を記録していく。一方ケルーゾは、ハトルリという昆虫の数を調査していた。

「よし、これでこの地域は終了」

「こっちもだ。いいなあお前は。上空から見れば一発だ」

「はは、そっちも飛べればよかったのにねえ」

「このやろう」

 彼らは無駄口を叩きながら、次の地域へと向かう。移動手段はケルーゾに合わせて徒歩。鬱蒼としたジャングルやどこまで広がる草原が広がる公園内は、多種多様の生物が共存していた。

「とりあえず、今日はこんなところかな」

「おし、報告にいこうぜ」

 日も暮れかけた頃、彼らは一旦調査を打ち切って小屋へと戻る。国の調査機関から提供されたそれは決して広くは無いものの、外の動物が壊すことが無いようにとしっかりとした作りとなっている。部屋の中は部屋が二つに、ダイニングが一つ。それから風呂とトイレが一個ずつあり、ルシファをほっとさせた。

「トイレの無い世界があったんだって?」

 戻ってから彼らは思い思いに寛いでいた。ケルーゾは床に寝転がり、ルシファは椅子に座り、もう一方の椅子に足を乗せる。

「ああ、まったく参ったよ。あんな世界があるとは思ってもなかった」

 彼はその時の事を思い出し、軽くブルーになる。本当に、どうしようかと思ったが、この世界の住民には排泄、という習慣が無いのだから、どうあがいても一旦世界を離れるしか選択肢はなかった。

「ただ一旦世界を離れると」

「そこはもう賭けだった」

 彼はケルーゾの言葉を先読みして答える。当然ながら、各世界では時間の進み方が全く違う。一旦世界を離れれば、その世界がどの位時間が進んでいるのか分からなくなるのだ。その世界では大して時差が無かったから良かったものの、もしかなりの開きがあれば、離れることも出来ず彼は毎回どこか外でする羽目になっていたことだろう。

「ま、そんなこともあるって」

「もう嫌だな」

 ケルーゾはそう彼を慰めて、夕飯の準備に取り掛かった。自分がやる、とルシファは申し出たのだが、彼は、

「いいって、お前、働きすぎだし」

 そう言って、さっさとご飯の準備にとりかかったのだから、彼はどうすることも出来ず、落ち着かないまま料理が出来るまでを過ごす事になった。

「これ、何だ?」

「夕飯だが」

「ほう」

「おう」

 その二十分後、彼の目の前には、見たことも無い料理が並んでいた。

「ここの世界の物で作ったのか?」

 彼は確認不安そうに匂いを嗅いだり、色合いを見る。まずそうではないが、苦い経験をした事があるため、どうしても慎重になる。

「失礼な奴だな、いいから食ってみろ。さっき捕まえた魚を適当にさばいて蒸してみただけだ」

彼は器用にナイフとフォークを扱い口に入れていく。

「よ、よし」

 ルシファは覚悟を決めて口に放り込んだ。

「どうだ?」

 ケルーゾがまだ口に物を入れた状態で彼の感想を待つ。

「おいしい・・・」

 悪くは無い、というより絶品だった。このあっさりとした食感は好きだし、添えられているソースも穏やかな香りがする。上手く溶けあい、それは一つの料理として見事に成り立っていた。

「で、明日はどうする?」

 ケルーゾが食後の一服をしながら、ゆっくりと煙を吐き出す。煙草、というらしいが、彼にはその良さがさっぱり分からない。彼は一旦皿を洗う手を止め、考えていた予定を告げる。

「午前中で全て終わるだろうから、後は依頼者に報告して終わり。予想してたより早く終わってよかった」

「報酬も弾むかな」

「それは分かんないけど」

 お金のマークが頭からちらほらと出てくる彼を無視して、彼は作業を再開する。明日で終われば少しは休みも取れる。その間どうしようか、という彼の考えは、明日起こる出来事によって全てが崩壊する事になる。

「よし、行こう」

 翌日彼らは予定通り依頼内容を終えた。後は依頼者であるこの国の保護施設へ報告するだけだった。

「やっと帰れる」

「三日も自然の中だったからな、帰ったら久しぶりに一杯やろうぜ」

「俺、未成年」

「何だよ、そんな法律は破るためにあるんだ。遠慮するな」

「やれやれ」

 彼らは道を歩きながら会話を続けていた。と、前から車がやってくる。彼らは運転できなかったし、そもそも走れば車よりも早く走れる為借りはしなかったが、この世界でもそれは普通の人間にとって重要な交通機関となっていた。

「お疲れ様。はい、これ」

 ここの調査員であるクリアがケルーゾに報酬を手渡す。

「よく終わった事が分かりましたね」

 ルシファは彼女から報酬を受け取りながら尋ねた。本来の予定は明日までだった。たまたま今日で終わったから戻ってきたのであって、何故帰り道偶然彼女と会えたのかが分からない。

「それは、その。様子を見に行こうかなあって」

「はあ・・・」

 ケルーゾが彼の横で溜息をついた。会ったときから分かっていたことだが、中々積極的なお嬢さんじゃねえか、しかもかわいい、ああかわいいちくしょー! などと心の中で叫んでいることなど露とも、知らずルシファはきょとんとした顔をする。

「それはそれは、ありがとうございます」

 彼は素直に頭を下げて、帰ろうとする。さすがに一般人の前で力は使えないので、そのまま森にでも入ってから戻るつもりだった。

「え、えっとあの」

 クリアは赤い肩まで伸びた髪を手でいじりながら、彼を上目遣いで見る。

「何か?」

 彼は自分を見続ける彼女に何故か悪寒を感じて、その行動の理由を求める。

「あ、あのルシファさんて」

 彼女は意を決したように彼の前に立つ。

「はい」

「彼女いる?」

 時が止まった。

「え、いや、あの、その」

「いるの?」

「え、えっと」

 勢い込んでこちらに迫る彼女に対し彼はケルーゾに助けを求めた。彼は一度肩を竦め何故か天を見上げた後、彼へのフォローを開始した。

「あーあのだな、お嬢さんにとっては残念だが」

 彼はほっとした。さすがだ。さすが今まで長いこと戦ってきた歴戦の勇者だけの事はある。だが、そんな彼の期待はもろくも崩れ去る。

「そいつはホモだ」

「・・・は?」

 彼は言われた言葉を頭の中で十回は反芻した。ホモ、つまり同性愛者。

「ちょっと待て・・・」

 肩を落とす彼と驚く彼女。

「そうなの?」

 すぐさま繰り出される質問を彼は片っ端から否定していく。

「そんなわけあるか!」

「男のどこがいいの?」

「だから好きじゃない!」

「彼女いないの?」

「違うって!」

「え?」

「は?」

 クリアとケルーゾはそれぞれ驚いて彼を見やる。

「・・・あ」

 言ってから彼も気がついた。

「やっぱりいるんだー」

「いや、えと、今のは勢いで」

「へーえ、俺は知らなかったけどなあ」

 ケルーゾに非難めいた目を送られて彼は途方に暮れた。彼女、彼の人生において最も縁遠い言葉。親しい女性はエミルしかいなかったし、ライトとはデートまがいの事もして、何かいい雰囲気にはなっていたが、所詮兄と妹。いくら何でも突然の事態に彼は頭が回転しない。

「誰?どこの人?」

 彼らを彼女はただの何でも屋だと思っている。国のトップから依頼された仕事ではあるが、それが末端にまで正確な情報がいくことはない。

「あー、まあ綺麗な人だよ」

 彼は適当にごまかしてこの場を切り抜けるつもりだった。どうせもうこの世界に来る事も無いのだ。適当に言って後はとんずらすればいい、そう彼は頭の中で結論付けていた。

「じゃあ、一回見せて!」

「ま、まあ機会があったら」

「おい」

 ここでケルーゾが彼に忠告めいたものを送ろうとした瞬間、ルシファは返事を返してしまっていた。

「何?」

 不思議に思ってルシファが彼を見るが、彼はご愁傷様、とポーズを取る。

「それなら大丈夫」

「え?」

「来週もまた調査をお願いしてるでしょ? その時連れてきて。勿論、報酬も出すから」

「あ」

 忘れていた。本来、来週は彼はこの世界に来る必要は無かった。ここの調査はローテーションで回されており、空いている人員が調査に当たる。彼はこれで当分回ってこないはずであったが、今ので彼の予定にひびが入る。

「あ、でも」

「指名は出来るんでしょ?」

「・・・まあ」

 断りかけた彼に先んじて彼女はケルーゾに詰め寄る。さすがに怖くなって彼は正直に話した。

「ケルーゾ・・・」

「知らん。恨むなら自分を恨め。このフラグ一級建築士」

 正直に答えた彼にルシファはがっくりと肩を落とした。確かに、常にうちに仕事を供給してくれている彼らは上客であり、無下に断るわけにもいかなかった。

「約束だからね。分かった?」

「はい・・・」

 押し切られる形で彼は同意を示す。去っていく彼女を見送りながら彼は隣の同僚へ視線を向ける。

「なあ、俺は来週風邪に―」

「駄目だ。何とかするんだな」

 一羽の鳥が、あほー、と間抜けな声で鳴いた。



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