第一章 第六節 『世界』の成れの果て
「ふう」
彼は今自分が住んでいる世界へと戻ってきていた。あれから、いつまでもサディケルと共に住むのは色々とまずいと考え、一つの世界を提供してもらっていた。小さな世界ではあったが、一人で落ち着くには充分だった。小さな家が一軒建ち、その周りには石畳が続く簡素な空間。サディケルだからこその技術と力に彼は感嘆する。
家の中に入り、彼は上着を脱ぎ捨てベッドの上に横になった。最近、毎日どこかの世界に入っては情報を求め、仕事をこなす日々。さすがに体力も限界が近づいていた。
「あらあら、お疲れ?」
声が響いた。慌てて起き上がると机にもたれる様にして彼女は立っていた。ただでさえこの家は狭く、キッチンとベッド、そして机を置けば、後はもう大したスペースは残っていない。その中で彼女は完璧に気配を消していた。
「サディケルさん、いたのなら気配位見せて下さい」
そう言うと彼女は悪戯が見つかった子供のように笑いながら言う。
「驚かそうと思ったのに、いきなり寝ちゃうから」
彼はそんないつもの会話を切り上げ本題に入る。
「何か御用ですか? ここに来るのってこの世界を作ったとき以来ですよね」
「あら、用が無くちゃ来ちゃ駄目?」
「そんなわけでも無いですけれど、時間が時間ですから」
本来ならとっくの昔に寝ている時間ではあった。
「貴方が驚く話を一つ仕入れてきたから、教えてあげようと思って」
「何ですか?」
次の言葉はまさに寝耳に水だった。
「エリックって知ってる?」
いきなり出てきた友人の名前に彼はただ肯定を返す。彼に何かあったのだろうか。とはいえ、彼と今の自分に接点などあるはずが無い、そう彼は思っていた。
「え、ええ。友人です」
「LIGHTSだったわ」
「まさか!」
彼女の言葉を聞いて彼は耳を疑った。エミルはまだ分かる。付き合いは高校からだし、あの容姿なら少なくともあの世界では不自然には思われない。けれど彼は小さい頃から共にいたのだ、いくらなんでも子供ができる任務は無いだろう。
「じゃあ、何故貴方と友人だったのかしらね」
「それは偶々小学校から一緒で席も近くて話しかけてきて・・・」
言っているうちに気付いた。元来友人付き合いが多い方ではないが、何故か彼は終始一緒にいた気がする。
「俺と友達だったことが不自然、か」
「別に貴方に魅力が無い、何て言う気は無いわよ。ただ気になって調べたらヒットした」
「彼も俺の監視を?」
「とはまだ断定しないし、したくない」
彼女の妙な言い回しに彼は疑問符を浮かべる。
「したくない?」
「嫌でしょ、唯一の昔からの友人がフェイクだなんて」
何だ、と彼は彼女の気遣いに感謝する一方で、微笑を浮かべて返答を返す。
「そんなことありませんよ」
いい加減慣れてはいた。あの世界が彼らによって作られた、あるいは用意されたものではないか、という考えを持った時点で覚悟はできていたのだ。ただ、この事実は予想外だったが。
「それで、彼は今どこに?」
その問いかけに彼女は首を振って、苛立ちそのままに言葉を発する。
「それがぷっつん。足取りも掴めやしない。ただ・・・」
一つ間を置いて彼女は自分の推定を話し始める。
「ただ?」
「妙な世界が彼らのテリトリーの中に一つある」
「妙?」
「どうにも世界が世界として成り立っているようには思えない。何かこう、世界になる一つ前の段階みたいな」
「一つ前? でも」
「ええ、表で世界は新しく作れない。できるのは既存の世界間の移動のみ。昔誰かが作った裏でなら貴方も知ってる通り、作り放題なんだけれど」
実際、可能とは言っても作り放題、と言えるのは彼女を含むトップグループのみである。
「可能性としては?」
この分野では桁違いの知識と技量を誇る彼女は一つの仮説を提示する。
「何か動いてる。何かが」
「関係、あると思いますか?」
「分からない。どの道LGHTSの誰かはいるでしょうし、場合によっては何か聞き出せるかも」
「よく場所を突き止めましたね」
LIGHTSのテリトリーはかなり巧妙に隠されている。普通の能力者にはまず気配を追えないし、大概がダミーだったりと、いくつも罠が用意されているのが常だった。
「ま、こんなもんよ」
自信たっぷりの彼女に、彼は残された問題を問う。誰が行くかだ。何せそこは言わば敵陣だった。行った瞬間八つ裂きにされても文句は言えない。
「でも、どうします?危険なら一人でも―」
「私もいくわ」
さも当然、といった口調での返事に彼は呆気にとられる。
「はい?」
「あら、いや?」
「い、いえ。でも何故?」
「気になったからよ、明日迎えに来るから」
「分かりました」
そう言い置いて彼女は姿を消す。詳しい理由は聞けなかったが、直に分かるだろう。そう思い、彼はゆっくりと眠りに落ちていった。
翌朝、彼は外で静かに精神を集中させる。徐々に展開される力を感じながら、サリッサが形を成す直前で力を抜き、その過程を繰り返す。以前サディケルに教えてもらった力の調整方法だった。戦闘時、常に全開だとすぐにバテが来る。力の最大値はそう簡単には増えないが、節約ならいくらでもできる。そう考えての訓練だった。もう、負けないために。
「準備はいい?」
何回目かの展開に入った時、彼女が姿を現した。いつものその漆黒の衣装は、今日は少し華やいで見える。
「服変えました?」
「毎日同じ服着てるわけ無いじゃない」
「すみません」
素直に謝る彼に、彼女は以前尋ねた疑問をもう一度口に出した。
「どうしてあそこから出て行こうと思ったの?」
彼はどうしてこんな時に、と思いながらも同じ返答を返す。
「あそこは、『グリゴリ』のいわば拠点。常に組織の中心人物が出入する部屋に常に新人がいるのはおかしいですよ。実際、色々言われましたし」
何故か自分の事を強者と勘違いして喧嘩を吹っかけて来る者や、奴隷、または愛人、果ては捕獲された魔物かと勘違いされ、彼は別の場所に住みたいと申し出たのだ。てっきり他の新人と同じように集団部屋に送り込まれると思っていた彼に用意されたのは、彼専用の世界だった。
「ここも、もったいない位なんですけれど」
当然聞こえてきたのはやっかみだった。最近はそんな声も止んできているが、ただでさえ自分は能力者の中でも特殊なのだ。あまり目立つ行為は避けたい、と言う彼にその時彼女はこう告げたのだ。
『これ位乗り越えられなければ、貴方はいずれつぶれてしまう』
これまで、彼は彼女にお世話になりっ放しだった。少しは恩返ししたいが、自分の力ではまだまだ力不足、ということも彼は自覚していたため、その結果ハードワークとなっていた。
「何言ってるの、自身持ちなさい。才能あるわよ、貴方」
少なくとも、今まで見てきた者達とは違う、何かを持っていた。それがいいのか悪いのかは分からなかったが、LIGHTS、ひいてはハムルスが彼の存在を隠してきた理由は何となく分かった。殺そうとした理由は全く分からないが。
「はい」
「よろしい」
そう言って彼女は眼を細める、最初あれだけ落ち込んで帰ってきたときはどうなることかと思ったが、今ではそれなりに風格が着いてきていた。あえて厳しい所ばかりに送り込んできたが、無駄では無かったらしい。
「では、行くわよ」
「はい」
まっすぐこちらに向かってくる視線を受け止め、彼女は呪文を唱えはじめる。目的地の特殊性から、彼女はいつもよりも慎重に術を重ねていき準備を整え、旅立った。
「ここが・・・」
「そうみたいね」
彼らが降り立ったのは古びた機械が乱雑に置かれた、いわゆる産業廃棄物処分場だった。
「どうします?」
「ここにいても仕方が無いわね」
彼女は自身に力を集中させ二人分の範囲に魔法陣の様なものを出現させる。
「ラスキューヴ」
ふわん、という音と共に彼らにその魔法陣が巻きつくようにして吸い込まれた。
「今のは?」
「こんな所で力盛大に使ったらすぐに感づかれる。だからその気配をなるべく外に漏らさない様に、完璧じゃないけどね」
そのまま歩き出すのに従って彼は機械でできた台地をひたすら歩く。どれ位の時間が経っただろうか、と彼が上を見上げた瞬間、空から何かが降ってきた。
「何か嫌な予感」
「同感」
憂鬱そうな彼の呟きを聞き取り、彼女も似たような口調で答えた。
「予想通りか・・・」
降ってきたのは、同じような機械だった。歯車か、それともチップか分からないが、とにかく数々の部品を撒き散らし派手に散ったそれを見て、彼はある事に気がついた。
「これ、確かライトが」
彼が摘み挙げたのは半分に折れたチップだった。ただその形状が彼女が見せてくれた受信機と酷使していた。
「もしかして」
彼は自身の推理を確かめるため、飛び散った部品をかき集めある程度の形を作る。
「これは」
「マネキン?」
彼女の声に彼は頷いた。あの時のライトの声が蘇る。
「確かに怖いよ、ライト」
その何も瞳に宿していない無機的な顔は、静かに空を見上げている。まさに、人造人間とでも呼べる代物だった。
「ここは」
「ゴミ捨て場、かしらね」
彼らはそう結論付けた。行けども行けどもあるのは部品の山ばかりで、生物が活きていける環境ではない。降ってきたということは、上空に何かいる、といことを意味しているが、特に何も無く、彼は途方に暮れた。
「やっぱりな―」
何も無い、と言おうとした彼は息を飲んだ。
「どちらさま?」
後ろから柔らかな声が響いた。慌てて振り向くと、そこには淡い黄色のワンピースを身に着けた茶髪の若い女性が一人、微笑みながら立っていた。
「いつのまに?」
サディケルは密かに力を体中に集め、戦闘態勢をつくる。それを見て取ったルシファは手で制しつつ、質問を開始する。
「すいません、ちょっと迷い込んでしまいまして。ここはどこだかご存知ですか?」
そう言うと、彼女は何故か彼を手招きする。警戒を解かない彼に、彼女はまるで子供と接するかのように彼を見つめお茶をすする動作をする。
「お誘いしてもよろしいですか?」
どの道存在はばれている。断ってもよかったが、そこは好奇心の方が勝った。
「ええ、ぜひ」
彼女に連れられて、彼らはあくまで警戒は解かないまま、小声で会話していた。
「あの子何者?」
「さあ、でも殺気は感じませんし、危険ではないかと」
「殺気見せずに殺しせる奴なんていくらでもいるわよ」
「でも、このまま帰るわけにもいきませんよ」
「まあ、ね。いざとなったら、直ぐに逃げれば言い話しだし」
「こちらです」
彼らは白い家の前に立っていた。2階建ての洋風の館は、場違いなほどに優雅だった。周りには花が咲き誇り、その館の裏側からは子供の声が響いている。
「ここは?」
そう聞くと、彼女は門を開きながら説明を始める。
「ここは私が住んでいる家の一つです。孤児院を兼ねていまして。ああ、聞こえてきますね。あの声がそうです」
「こんなところで?」
彼はそんな話は信じなかった。いくらなんでも場違いにも程がある。どうやっても生活していけそうには無い。
「そうですね。こんなところで、です」
ドアを開け、彼女は彼らを館の中へと迎え入れる。中の様子は外観を見た時創造した通りの内装。シャンデリラに、左右の階段はよくドラマで見る物と同じ左右から伸びてくるタイプの物。真ん中には大理石で蝶が現され、彼女は丁度その上に立って彼らにここまで来るよう手招きする。
「いい趣味ね」
サディケルがまずは一定の評価を下す。好みは違うが、使用されている材料は悪い物ではなかった。
「ありがとうございます。こちらへどうぞ」
彼女はそのまま奥の部屋への扉を開ける。現れたのは、これまた長い机を擁した部屋。
椅子に座るように薦められ、彼らは腰を落ち着ける。と同時に彼女は、部屋の右端にあるドアに入っていった。
「毒でも盛られているかもしれませんね」
「あら、だったら貴方に全部プレゼント」
冗談を言った事を彼は後悔した。何を言っても勝てない気がする。というより、何を言おうが相手は勝敗を気にする人ではない。
「・・・」
「・・・冗談よ」
不機嫌そうに言われたが、彼も何て言えばいいのかもう分からない。
「分かりませんよ。そんな自然に言われては」
そんなやり取りが続く中、彼女がカップに紅茶をついで戻ってきた。
「すみません」
「いいえ、ゆっくりしていて下さい」
立ち上がりかけた彼を制し、彼女は二人の前にカップを置いていく。
「それで、誘った本当の理由は?」
サディケルが単刀直入に切り出す。
「本当? さて、本当って何ですか?」
紅茶に口をつけ、彼女はサディケルの言葉に動じず落ち着いて答える。
「あの」
ルシファは彼女の方を見て、発言の許可を求める。
「はい?」
「周りのあれは、何か知っていますか?」
「はい」
「教えていただけませんか?」
「あれは」
「あれは?」
意気込む彼に対し、彼女は答えを簡潔に告げた。
「私です」
時が止まった。
「何か、おかしな事を言いました?」
固まった彼らに彼女は困ったような口調で彼らに問いかける。
「えっと、あの」
「もうなんなの・・・」
彼らは彼女の真意を測りかねていた。まず意味が分からない。あれは私。では、ここにいる彼女は何なのだ。
「ちなみに、外で遊んでいるのも私です」
「・・・」
「ああ、さっき降ってきたでしょう。あれも私なんですよ」
楽しそうに語る彼女を前にして、彼は考え込んだ。今まで見てきた機械の正体はライト達と同じと見ていいだろう。エミルは、同一固体は5体と言っていたが、そんなものは何の当てにもならない。5体作れるのならもっと作って当然だろう。機械とはいえあれだけの戦闘力。使えないはずは無い。この状況は確かに異常だが、言っている意味は何となく分かってきた。つまり、ここは生産から廃棄までを一括に行う工場だとしたら、辻褄は合う。どこにも工場は無いが、彼女達は恐らく生まれ、時にこの世界から出され働き、終われば捨てられる。使えるようになるまでここで教育を施せば、簡単に使い捨ての手駒はできあがる。
「分かりました。では、子供達を見せていただけませんか?」
「はい、ではどうぞ」
彼は彼女の後をついて外への扉を通り抜け、裏へと廻る。きっと何かある、何でもいい、それで少なくとも決心はつく。彼の期待は、『子供達』を見た瞬間、後悔へと変わる。
「ふーん。なるほどね」
彼の後ろからその光景を見たサディケルは一言感想を漏らす。だが、彼はそれ所ではなかった。
「どうしました?」
青ざめて立ちすくむ彼に彼女は心配そうに眼線をやる、がそれも彼の目には入ってこない。ただ、目の前の光景が、彼の全てを止めていた。
「おい! それ俺の!」
「ねえ、次はサッカーしよ」
「あ、お姉ちゃんその人達誰?」
「いぇーい、俺がいちばーん」
交わされる言葉は不自然ではない。おかしかったのは、その姿だった。ある者は頭が無い、ある者は腕が無い。ある者は胸に大きな穴が、またある者は、機械の部分が全て剥き出しに。それも、子供ではなく、姿は彼女と全く同じだった。
「こ、これ」
声が震えた。一体これは、もし、もし、そこで戦闘訓練でも何でもしていてくれたら彼は躊躇する事は無かった。またどこかであんな事が起こる位なら、全てを消しても構いはしなかった。ただ、体が動かない。
「無理も無いわね。中々シュールな光景だもの」
「サディケルさん」
彼女の声で彼は何とか冷静さを取り戻す。
「ここの正体分かった?」
「何となく」
彼らはもう、ここが何か分かっていた。ここは、処理場であることは間違い無い。ただ処分するのは使った後の物ではなく、不良品。使えないものは捨てて置く。たまにまだ意識の残っている稀な個体は、こうしてまだ稼動しているが、いずれ周りの機械と同じ運命を辿るのだろう。勿論、今隣にいる彼女も。
「ライトとは、違う」
「ええ。その一歩前の段階、かしら」
マネキンとはとく言ったものだ。確かに全てが同じ顔、同じ身長、同じ服。個性が一切無いそれは『マネキン』だった。
「そして、おそらく」
「消えるわね、この世界」
サディケルが感じた妙な、とはまさにこのことだった。この世界は確かに以前は世界としてあっただろう。ただ、今はもう、終わりを待つばかり。世界が消える事は滅多に無いが、時として、世界は呆気なく消滅する。原因は様々だが、おそらくここは文明の発展がまず文明そのものを崩壊させ、そして世界を食い潰した。世界が存在するには、その世界が存在できるだけのエネルギーが必要となる。そして、それが消えれば世界も消える。そういった法則が無視できる裏と違って表で世界が作れないのは、そのエネルギーを供給できるだけの力を持つ者が存在しないことが原因だった。
「あなたは、ここから出たいとは思いませんか?」
彼は答えが分かっていながらも彼女に問いかけた。少なくとも、ここから出さえすれば彼女は消えずにすむだろう。けれど―。
「いいえ、ここはとても心地のよい場所ですから」
彼女は笑って答えた。花のような、明るい顔をして。
「そう、ですか」
「はい」
ここが彼女の居場所なのだろう、彼はそう思い背を向けて歩き出した。けして譲れない何かは、誰にでもある。
「俺は優しい世界を作りたい。毎日、明日を笑って迎えられる様な」
花びらが宙を舞い、彼女達を取り囲んだ。楽しそうにする彼女達を見て、彼は最後に微笑んだ。
「美味しかった。ありがとう」
次の瞬間、彼らはこの世界に別れを告げ、それからほどなくして、この世界は世界としての役割を終えた。




