第一章 第四節 ぶつかり合う『世界
「くそ!」
直ぐに展開し、上昇。が、見渡してもどこにも相手が見当たらない。
「どこだ?」
その瞬間何かがこちらに飛来する。
「!」
気付いたときにはそれはもう目の前にまで迫っていた。
「っつ!八十式!」
何とか受け止めたが、跳ね返すことなくそのまま勢いで押し切られる。地面に着地し前を向いた彼の目前に剣先が突き付けられる。
「ここにいたか」
「セイバー・・・」
彼は目の前にいる彼女の眼を真っ向から受け止め、その名前を呼んだ。当の本人はその言葉も視線も気付いていないかのように、その剣を振りかぶる。
「悪いが、死んでもらう」
が、彼の目にはまだ余裕があった。
「嫌だね。六式」
「なっ!」
その瞬間残りの六本が彼女の周囲に展開し重力を発生させる。
「ぐううっ」
その隙に彼は距離を取り次の攻撃に移る。
「四十五式」
残りの二本が縦方向に並び、彼女に襲い掛かる。が、既に彼女は重力に抗い自身を転回させ、周りの六本を叩き切っていた。
「ライトニング」
剣を振った瞬間その剣筋から光の竜が飛び出してくる。先ほど飛来して来たのもこれだった。その竜は飛来する二本を飲み込み、彼へと向かう。
「まずい」
彼は上昇するも今度は追尾され、中々振り切る事ができない。
「八十九式!」
そう言い放つと、四本のサリッサが縦に二本、二列になって並ぶ。
「これなら!」
「甘い」
彼女はその隙に背後に跳躍し、最後の攻撃態勢に移る。
「終わりだ」
「そっちがな」
そう言った瞬間光の竜はそのサリッサの間に入った瞬間、ルシファの頭上を飛び越え、セイバーの下へと向かう。展開されたサリッサはいつのまにか、竜とセイバーの橋渡しをするかのような形を取っていた。
「効くとでも思ったか」
セイバーは竜を切り捨て、なおも彼の方へ向かう。
「思わないさ」
彼はすぐに残りの四本を彼の前に横に展開し、剣を受け止める。サリッサの間から漏れてくる圧力に一瞬顔を顰めるが、それに負けじと彼は問う。
「何の用だ!?」
「知る必要は無い!」
さらに彼女は力を込め、彼を叩き落とす。
「ぐはっ!」
「さらばだ」
そのまま下突きの要領で飛び込んでくる彼女にサリッサを飛ばすも、全て弾き飛ばされる。対抗する術は、もう彼には残っていなかった。
「くっそーーーーー」
雄たけびと共に、彼らの目前に現れたのは、ドラゴンだった。
「何!?」
「嘘!?」
そんな彼らの声を無視し、そのドラゴンは正真正銘のブレスを空中で身動きの取れない彼女へと吐き出す。
「抵抗するな!」
彼は再び彼女にサリッサを飛ばす。彼女を最小限の力で地面へと着地させ、自身も体勢を立て直す。
「まさかお前が呼んだのではなかろうな?」
「できるなら始めからやってる」
彼女の問いかけに彼は真顔で返す。ドラゴンはこちらに向き直り、不適な笑みを浮かべた。
「いるじゃん・・・ドラゴン」
「ほう、珍しい。ヘンダーだな」
「ヘンダー?」
すると彼女はそんなことも知らないのか、という目でこちらを見、解説を始める。
「時々出てくるドラゴンだ。自分で世界移動できるのが特徴で、稀にこうして鉢合わせる。中々歯ごたえのある面白いやつだ」
「・・・」
「何だ?」
黙って彼女を見つめる彼に彼女は不審そうに彼に声をかける。
「以外に饒舌だな」
「黙れ」
「すみません冗談です」
剣先を向けられ彼は降参の意を示す。と、そこにまたブレスが飛んでくる。両者ともそれを左右にかわし、挟み撃ちの格好を取る。
「はあ!」
咆哮と共に俊足を飛ばし、一刀両断しようとするセイバーと、八本のサリッサをドラゴンの腹へ飛ばすルシファ。それで勝負は付いたかに見えた。
「グアア!」
その雄たけびと共に大きな図体がそれへ飛ぶ、その下を潜り抜けるような形となったセイバーとサリッサは向きを変え、攻撃を繰り出すが。風圧に跳ね返され届かない。
「あれはどん位強いんだ?」
「ここまでではないはずだが・・・」
セイバーは自分と彼の実力を正確に推し量った結果、一撃で方が付くと考えていた。
「おかしい」
そう言って彼女はライトニングを放つが、当たる直前に光の竜は掻き消えた。
「おいおいおいおい」
ルシファは驚愕する。自分があんなに苦労した技を一瞬で。正直、勝てる気がしなくなっていた。
「おもしろい」
「へ?」
そう言うと、彼女の周囲には光の紋様がいくつも浮かび上がり、それは剣へと集積されていく。
「タケミカヅチ」
そう唱えた瞬間剣が幾倍にも肥大化し、光を纏う。
「はあっ!」
そして上空へと舞い上がり、目の前のドラゴンを一刀両断した。
「・・・」
大きな音と共に落ちてきた死体を見て、彼は考えていた。先ほどいないと言われたはずのドラゴンは何故か絶妙なタイミングで現れた。世界移動ができるという事は、依頼者がいう魔物とは違うということだ。つまり
「・・・」
それは、まだ待たなければならないことを意味していた。
「って、おい!」
気付くとセイバーはカリジュの下へ向かっていた。慌てて間にはいり、彼女の進路を塞ぐ。
「何をする?」
「それはこっちの台詞だ」
「どけ、このままでは忍びなかろう」
「えっ」
彼女は彼の脇を通り抜け、彼の前に立ち、祈りを捧げる。そして次の瞬間剣を天に掲げ、太陽から照らされる光を徐々に集めた後、彼に照射した。
「!」
一瞬で灰となり、舞い上がる灰を見て、彼は驚愕する。
「供養した。私なりの方法ですまないが、死んでいては元の世界にも戻れまい」
「いや・・・ありがとう」
世界移動には力だけでは無く、意思が必要だった。それも、必ずこの世界に行く、という明確な意思が。死んでいては連れて行こうとしても、どこかでまた別の世界に紛れ込むのが目に見えていた。
彼は彼女の後ろ姿から注意を逸らさず、見つめ続ける。あれを倒した時の彼女を見てすぐに分かった。自分と相手にはとんでもないほどの力の差がある。本来なら瞬殺できるレベルの自分と何故あんなお遊びをしたのかは分からないが、まともにやり合えば勝ち目が無いということは分かっていた。
「警戒するな。今日はもうやる気が失せた。見逃してやる」
「は?」
ぽかんとする彼を見て、彼女は慌てて、言葉を付け足した。
「勘違いするな。先ほどの礼だ」
少しだけ、ほんの少しだけ微笑んだ後、彼女はその世界から去った。それを見届けた後、彼もまた、その数時間後世界から姿を消した。
結局、魔物は現れず、あったはずの集落は姿を消していた。




