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第一章 第二節 『世界』への扉

部屋から出て、初めて彼はこの建物の構造を知った。リビングとダイニングが中央にあり、そこから五つの部屋が壁一面に並んでいた。

「そこ座って」

 言われた通りリビングにあるソファに座ると、一人の男が自分がいた部屋の右の扉から出てきた。

「へえ、裏側で最初に会った能力者がサディケル様だなんて、ついてるな、お前」

「サディケル様?」

 長い黒髪をたなびかせながら、揚々とした男は盛大に型を落とした。顔の各パーツも、その体も豪快、という言葉が見事に似合う人物だった。

「何だよ、知らないのか? 仕方ないな」

 彼はそこからいかにサディケルという人物が素晴らしいかを説明しだしたが、10秒もしない内に別の男の澄んだ声によって中断される。

「アヌレイク、客人が困惑してるぜ」

「うるさいケルーゾ、お前に言われる筋合いは無い」

 いつのまにかルシファの隣に座っていた彼は、ルシファに握手を求めながら自己紹介を始めた。

「よろしく、名前は? へえ、ルシファか。俺はケルーゾ。ここでサディケル様の、まあ、手伝い?雑用? まあ、そんな事をしている。ああ、あいつはうるさいから放っとけ」

 そう言って彼は目の前の男を指差す。

「放っとけとは何だ? お前誰を相手に―」

そんな言葉は鶴の一声で簡単に片付けられる。

「はいはい、分かってる? 何も遊びで―」

「分かっております」

 ケルーゾがそう言って恭しく跪き、ルシファに向き直る。

「こちらへ」

 彼らに連れられ外への扉を開くと、そこには一面の草原と湖、そして大きな一本立っているだけの、そんな空間が広がっていた。

「ここは・・・」

 彼の疑問を先読みしたかの様にサディケルは答える。

「私の空間。狭いけれど、誰も入って来れないから、安心していいわよ」

 アヌレイクがそれに同調するかの様に声を張り上げる。

「おう、ここなら思う存分力も使えるしな」

「力?いったいどういうこと―」

「こういうことさ」

ケルーゾの声と共に、彼の手に現れたのは、槍。そして、同じようにアヌレイクの手には大鉞が、握られていた。

「何を?」

「力試しよ、あなた、さっきの自分の力の感覚覚えてる?」

 サディケルの声に彼はどこか曖昧な口調で答える。

「いや、それはまあ、何となく」

 半ば夢中だった為、あまり実感は無かったが、それでも彼の体にはあの時の感覚がまだ残っていた。

「大丈夫よ、さっきみたいに力を出したショックで気絶、なんてことはもう無いでしょうから、やりなさい」

「おうっしゃ!」

 アヌレイクの一声で、突如として戦闘は始まった。


「おいおい」

「おいケルーゾ! ぼけっとしないで援護しろ!」

 彼らは予想外の苦戦を強いられていた。ひよっこと聞いていて最初は油断もあったが、そんなものは直ぐに消し飛んでいた。

「ちい!」

 繰り出した槍がいとも簡単にかわされ、ケルーゾは舌打ちする。お返しとばかりすぐさま直線状に飛んでくるサリッサを、やっとの思いで8本とも交わすが、どうにも手加減されているようで面白くない。

「はあっ!」 

背後からアヌレイクが雄たけびと共に繰り出した攻撃は、2本のサリッサで受け止められ、逆に残りの六本が彼の周りを取り囲み、彼本体は彼の頭上へと飛び上がる。そう、珍しく彼は飛行能力まで兼ね備えていた。それを滅多にこの戦闘内で使用しないことが、彼らのプライドに傷をつけていた。

「六式」

「来るぞ!」

「分かってる!」

 戦闘を開始してから十分もしない内に、彼は何かしら口にするようになっていた。注意深く聞き取ると、『〜式』、と彼が口にする度、八本の陣形が変化していた。今ので、アヌレイクの周りを取り囲んでいた六本は、六角形の陣を取り、その中に六芒星を浮かび上がらせる。

「ぐうう!」

「おい!」

 次の瞬間、その範囲内に重力の負荷がかかる。身動きが取れなくなり、彼は手にしていた大鉞を地面に落とす。

「これでも!」

 ケルーゾは槍を両手で持ち、短く呪文を唱える。

「グライスルト!」

 その瞬間槍が肥大化し、彼の下へ投擲される、がルシファはすぐさま残りの二本を十字状にさせ、唱えた。

「八十式」

 投擲された槍は十字のサリッサの中心部に吸い込まれる様にして受け止められ、その向きを彼に変える。

「って、ちょっと待て!」

 彼の願いも虚しく、彼の放った技は、彼の下へと飛んで来る事になる。

「すみません」

 申し訳なさそうに上空で頭を下げる彼は、もう悪魔にしか見えなかった。

「だったらすん―」

 目の前に落ちた槍の衝撃で、彼は数回回った挙句、湖の中へ落ちていった。


「すいません」

 ケルーゾの部屋で、ベッドに横になっている彼に対し、ルシファは先ほどから謝罪し続けていた。最初は慎重に戦いを進めていたが、途中から自分の中にある力をどれだけ使えるか、ということに重点を置いてしまっていたため、相手の状況に目がいっていなかった。

「いいって、お前強いな。本当は能力覚醒してからどの位経つんだ?」

 ケルーゾは先ほどから平謝りする彼に何でもなさそうな声で答える。実際水の中に落ちたお陰で衝撃は随分と緩和されていたし、あれをモロに食らったところで、自分の技くらいは自分で防げていた。ただ、目の前に落ちたお陰で、何の対応もできないままクルクルと回る羽目になったのだが。

「昨日です」

「は?」

こちらの声はアヌレイクだった。信じられないといった目で、何でも無い風に答えた彼を見る。

「お二人とも手加減していただいて、有難うございました。おかげで、少しは自分の戦い方が見えてきた気がします」

「・・・・・・」

嘘をついているようには見えなかった。負けたのか、自分が。この昨日能力を得たばかりの少年に。彼は自分の思い上りを恥じた。いくらか名を売っていたところで、強者は突然現れる。それを彼らは痛いほど知っていた。

「時代は流れるんだな」

「え?」

「いや、何でも。強くなれるぜ、お前」

サディケルと初めて会ったときに感じた程、屈辱的でも無かったが、それでも彼は充分強者の枠組みに入る人物だった。

「ようこそ、『グリゴリ』へ」


「俺達は、まあ言うなれば調停者、かな」

「調停者、ですか?」

 戦闘後、ルシファは彼らから説明を受けていた。

「ああ、例えばLIGHTSは、実際に世界を周り、必要とあれば世界を制圧もするし、表に自分たちの世界を持っている。それに対して俺達は表には世界を持っていない。あるのは裏側にあるこんな小さな世界が後数十個ってところかな」

「はあ」

「ああ、それに俺達はLIGHTSほど世界に干渉はしない。揉め事が起きても、あくまで解決すればその世界からは出て行くし、干渉しない」

「何のために?」

「裏側の安定のため、というのは建前で、実際はその褒賞が目当て。俺たちの存在を知ってるような連中が末端に接触して、俺たちがその対価を決める。まあ、大概の依頼は受けてるんだけどな」

「食っていけないからな」

「・・・それを言うな、アヌレイク」

「あなた方は、普段から?」

「ああ、だからサディケル様の雑用、って言ったんだ。あの人は自分では動かないから、基本俺たち任せ。まあ、何の能力も持ってない人間同士のいざこざ何て、俺達で充分」

 そこでドアを開く音がして、サディケルが室内に入ってくる。

「好都合でしょ? 分かるかもしれないわよ? 貴方の知りたい事」

 彼は一瞬考え、すぐに結論を出した。どの道、やる事は変わらないのだ。ライトが何を知ったか知りたい、今の彼の生きる理由はそこにあった。

「はい、やらせて下さい」


「ここ、ですか?」

「そう、まずはこの世界に行きなさい。世界移動の呪文は覚えたわね?」

「はい」

 彼はその後、『グリゴリ』制服に着替えていた。黒を基調としたその服は、今の自分にあっている様な気がした。これから、何が待っているのか、分からなかったが、彼は世界への扉を、自分で開いた。

「行きます」


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