第一章 第一節 明かされる『世界』
「なあ、ライト」
「んー?」
ある日の午後、二人で机に向かいながら、ルシファはライトに声をかける。15歳になったばかりの彼女は昨日の夜、両親から呼び出されていた。
「昨日、父さんに何か言われなかったか?」
「言われたよ、イリア人だって」
あまりにも平然と告げる彼女に彼は面食らった。
「じゃあ、何で落ち着いてるんだよ」
「どうしてでしょうね」
自分が聞かされた時は一週間は悩み抜いたものだが、彼女に悩んでいる様子は全く見受けられなかった。
「もしかして、俺より相当度胸あるとか?」
「当然、見てきたものが違いますから」
「何を見てんだよ・・・」
「色々」
「凄いな、やっぱり」
感心したように告げる彼を彼女はまじまじと見つめる。
「どうした?」
「べっつに」
「何だよ」
「自分で考えなさい」
「いつもそれだな」
「悪い?」
「いや、ただ何かあれば俺に言えよ」
「何それ、学校でいじめられたら助けに来てくれる?」
「いじめられたら、な」
「学校でルシファに会いにいってもいい?」
「それは駄目だ」
「何で」
「さあな」
拗ねる彼女を受け流すかのように彼はさらりと流す。
「頼りになるんだかならないんだか」
「結局は自分で決めることだ」
「やっぱり、頼りない」
「そ、俺は頼りないの」
思えば、彼女とはこんな他愛も無い会話を繰り返していた気がする。何かを言っては言い返す。その繰り返し。そんな何とも思っていなかった日常が崩れて、そう崩れて・・・。
「やっと起きた?」
目覚めると、小さな部屋の中に彼はいた。木調で統一された部屋は、彼に一定の落ち着きを取り戻させることに寄与する事となっていた。彼は冷静に目の前に足を組んで座っている女性に話しかける。
「ここは?」
「言ったでしょ、裏側」
「裏側、今までの世界の?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」
「説明を、お願いしてもよろしいですか」
「あら、冷静なのね」
「ライトが、助けてくれた命ですから。無駄にはしたくありません」
「どこまで分かってる?」
「あの世界は」
彼はここで言葉を一旦切った。これを言うという事は、今までの自分を否定することにもなりかねない。けれど、その覚悟こそがこれから必要になる。無意識の内に彼は必要なその覚悟を心に持っていた。
「全て嘘だ」
彼の言葉を聞いてサディケルは押し黙った。なるほど、この坊やは頭がいい。評判どおりの逸材を目の前にして、彼女はさらに質問を重ねる。
「自分が人間じゃないってどうして思った?」
「至近距離でグレネードが爆発して無傷、どう考えてもおかしいと思いました。それに、エミルが車を前回で飛ばしたにも関わらず、こちらの方が早く家に着いたり。家は街の外れにありますから、車の方が有利なはず。それに、フェイトを突き飛ばしたり、相手の攻撃をかわしたり。どう考えても普通の人間にできる動きじゃない、それに最後のあれも」
「へえ、じゃあ世界が嘘っていうのはどんな意味?」
「色々と疑問に思いましたが、最大の疑問点は戦争です」
「戦争?ああ、あれね」
「テストですよね」
「よくわかってるじゃない」
「彼は言いました。軍需産業の圧力によって戦争を強制されているのだ、と。けれどそれはおかしい。何故なら、軍にとって必要なのは権力とお金、そして世論の後押し。そもそも何故戦争が人から支持されるのか。それはその後自国に更に大きな利益が得られると期待するから」
「けれど実際は」
「ええ、戦争は長期化の様相を示しています。誰がどうみても国力は互角の状況の中、すぐに終わる事は到底考えられない。けれど戦争は実際に続いています」
「何故だと思う?」
「だからテストなんですよ。大体、クリスマスとはいえ、あんなに国中が活気付いているのはおかしい。実際に戦闘、というものを目の当たりにして初めて思いました。辺境が軒並み壊滅しているにも関わらず、あの状況。どう考えたって、作為的なものを感じます」
「続けて」
「LIGHTSの施設とやらに行くための車の中、僕らは見たことも無い道を進みました。でも、それはおかしい。『僕ら』が見たことも無い道なんてあるはず無いのに。何故ならあそこには」
「ライトがいた」
「そうです。あのとき何も言い出さなかったのは分かる。まだフェイトに比べて自由があったとはいえ、彼女は組織の管理下に置かれていますから、下手に行動はできない。けれどエミルの銃弾、結果的にあれが問題でしたが、あの後彼女は、自分は彼女の銃弾で受信機を外された。少なくとも彼女はそう思い込んだ。彼女たちの間に何があったのかは知りませんが、少なくともそう信用する事のできるファクターが何かしらあったんでしょう。
それから家では二人、自分に真実を知らせる時間はいくらでもあったはずなのに、彼女が知っていた情報はそう多くは無かった。精々私の両親の情報と、自分が何がしかの理由でここに送り込まれたということだけ。任務も何も知らない中、彼女は知らない道を通る車の中で考えたはずです。おかしい、と」
「どうして? 知らないのなら何も言い出さなくてもおかしくは無いでしょ?」
「いいえ、おかしいんです。知らないのなら、彼女はエミルに言わなくてはならなかった。『ねえ、ここはどこ?』とね」
「別に言わなくても問題はなさそうだけど?」
「ところが彼女はその後の私の行動を知っていたんです。誰と会っていたかも。知らない道を通ってきた所からどこかへ行くのは相当ハードなはずなのに」
「だって彼女は―」
「ええ、人じゃない。だからレーダーでも何でも駆使すればいい。これで最初の疑問に戻るんです。じゃあ、何故あそこが何か自分に言わなかったのか? 調べる事は可能でしょう、別に一人や二人捕らえなくても、少し誰かの会話を盗み聞きするだけで事は足りたはずですから」
「・・・」
「答えが何かは分かりません。この推測もでたらめかもしれませんし。けれど一つの可能性があります。彼女は私に隠したんです、何かを」
「何故?」
「それを、私には知られたく無かったから」
そして、改めて彼は彼女を見た。決意と共に。
「それを、知りたい。絶対に」
「いいでしょう、合格」
ここで初めて彼女は笑みを見せた。
「合格?」
「ええ、ただの馬鹿ならこのまま殺しちゃってもよかったけれど、それなりには考えているみたいだから」
「必死ですから」
彼女は座っていた椅子から立ち上がり、棚からある本を取り出した。
「これは?」
受け渡されたものを見ながら彼は尋ねる。自分が住んでいた世界には無かったものだ。
「本よ」
「これが・・・」
それは紙ではなく、携帯を一回り大きくしたような銀色の箱だった。周りにボタンが付いており、液晶にはこうタイトルが表示されていた。
『LIHTS能力者養成マニュアル』
「これ・・・」
「LIGHTSの能力者はそんなに多いわけじゃない。どんな集団も力は喉から手が出るほど欲しいから、彼らは能力を覚醒しそうな人物を発見次第、自分たちが管理する世界に随時、強制的に送り込む。そこで貴方は育てられた。彼らの話しに本当の事なんて一つも無いわよ。勝手に敵をでっち上げて、信じれば儲け物。見破られれば、監視付きで放っておくか、殺すか」
「一体、私は何なんですか? 確かに能力者、と言える存在なんでしょうけど」
「さあ、貴方って結構謎が多いのよ。私が興味持ったのも、彼らがあまりにも貴方の存在をひた隠しにしてたからだし。お陰で苦労したわ、潜り込むの」
「隠す? でもそれはどんな能力者も―」
「同じじゃない。私や、ロクニとかエデフィとか、結構な力を持つ者はその位の情報を得るのは楽なの。だけど、大概がつまらない人ばっかりだった」
「・・・今回は面白そうだった」
「ええ、だって全力で対抗してきたのよ。あのセイバーが」
面白そうに言う彼女の口から出てきた名前を彼は反芻する。あの金色の女剣士。
「セイバー」
「ええ、彼女は有数の実力者の一人で、無駄が嫌いなの。少しでも手間を省こうとするから、強者には強者をきっちりぶつけてくる。それはいつもの事だったけれど、少しちょっかいをかけたら何と三幹部が揃いも揃って動いた。驚いたわよ、ここ100年は無かったことだから。だから、何かあるとその三幹部を追った、そして貴方を見つけた」
「よく来れましたね」
「私がこんなに早く潜り込めるとは思って無かったんでしょ。甘く見られたものね」
大きく溜息をつく彼女に彼は冷静に応える。いくらなんでもこの位の嘘は見破れる。
「潜り込まされたんでしょうけど」
すると彼女は別の意味で溜息をついた。全く、賢すぎるというのもつまらない。
「ふう・・・ここは笑うところなの」
「すいません、でも利用されてると分かってて来たんですよね」
「ええ、どうせハムルスの爺さん連中に圧力かけられたんでしょ。だけど殺したくないから私でも情報が分かるように世界の気配を見せた。一部の実力者にしか分からないレベルで。考えてる事はすぐに分かったから、直ぐに来たわよ」
「ハムルス?」
聞いた事ある名前だった。確か軍需産業で手広く展開していた企業のはず、という彼の考えは彼女によって半ば肯定される。
「LIGHTSのスポンサー、かしら。詳しい事は興味ないから知らないけど、何やら色々やってるみたいね」
「あまり、いい噂は聞いた事はありませんけれど」
「あら、知ってた? 人、武器、殺し、株価操作、思いつく悪事は全部やってるんじゃない」
「ええ、そうか・・・なるほど」
「何?」
「いえ、どうも彼らのやってることが矛盾だらけに感じていたので、その影響なのかな、と」
「ま、どこもそんなもんよ、組織なんて。来なさい」




