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プロローグ10 『日常』はきっとまた、その手に

「久しぶり、かな。こうして二人で歩くの」

「大体、家族揃ってたからな」

 二人は公園に来ていた、といってもそんな大層な公園でもなく、遊ぶためのスペースしか無い、草原といっても差し支えない所だった。クリスマスは皆、街中へ出かけていくし、ただでさえ冷えるこの季節、人気は全く無かった。

「寒くないか?」

「もう、だから」

「もう少し寄って来いって事だ」

「・・・ん」

彼らの振る舞いはもはや演技ではなかった。完全に登場人物と同一化していた彼らは、目的の物を目指して進んでいた。

「ふっ」

「どうしたの?」

 急に笑い出した彼に彼女はこちらを訝しがるように見てくる。まさか、その顔があまりにも綺麗に見えて、そんな自分がおかしくって、等と正直に言えるほど、彼は素直でもなかった。

「いや、思い出し笑い」

「もう、雰囲気ぶち壊しにしないでくれる?」

 ライトが怒ったかのように、拗ねた口調でこちらを責めるが、顔は笑っていた。

「悪い悪い」

 だから彼も笑顔で返す。自分が笑うと、いつも彼女も笑顔になっていた。その顔が好きだったから、彼は自分も笑顔であろうと、そう思った。

「本気じゃない」

「ばれたか」

「恋人ですから」

「そうだな」

「そうだよ」

 ただ二人は歩き続けた。長い長い道の果てに、ようやく彼らはお目当ての物を見つけた。

「やっぱりいつ見ても凄いな」

 彼の独白は目の前に滝に吸い込まれていく。行楽シーズンともなればここも賑わうのだが、今は人もおらず、静かな空間が広がっていた。幼い頃、初めてここに連れて来られたときの感動を、彼はまだ覚えていた。あまりにも大きかったそれは、自分が大きくなった今は幾分かスケールダウンしたように見えるものの、今もなお充分な威容を誇っていた。

「あのね」

 見つめ続けてどれくらい経っただろうか。彼女は心に決めた。心など本当は無いかもしれないが、それでも今は『恋の少女』になろうと、そう決めた。

「何だ?」

「えっと・・・」

「いつになく今日は緊張してるな、どうした?」

「嫌、えと、その・・・」

「? どうした、言ってみろよ」

「私は!」

 彼女は思いのたけをぶつける覚悟で思いを言葉に出した。

「あなたに死んで欲しいの」

「は?」

「ち、ちが、え・・・何で? わtasiha・・・iyaiyaiyaiyaiyaiyaiyaiyaiyasinitakunaikonomamahaiyakonmamajyaiyananoni,nanndeomoigadetekonaino?」

「ライト、どうしたんだ?」

 この時、彼女は全てを悟った。あの時から既に、自分の崩壊は始まっていたことを。

「onegai,nigete」

 その言葉は、彼の耳には言語としては響かなかった。何がしかの記号を並べ続ける彼女に問いかけ続けるが、返ってくるのは同じような記号ばかり。

「daisuki,daisukinanoni,mamoruttekimetanoni,oniichannnannteienakatta,datteninngennjyakattakara,demoatatakakute,ookikute,daisukidatta,gomennne」

 不思議と後悔は無かった。大丈夫、思いは残る。彼がそう言ったのだ。どんな事があっても、私は彼を好きでいられたから。恋の魔法はここにもある。

「ライト?」

「sayonara,honntounidasuki,sinnjirarenaikurai」

彼女は彼を突き飛ばした。その力は大きく、飛んだ彼の眼には、彼女の泣きながら、笑っている顔が映った。そして、次の瞬間、彼女の全てが吹き飛んだ。


「やったか?」

「駄目ですね、最後に抵抗されました」

 指令室内、遠隔操作を行っていた技術員から、結果を聞いてセイバーは小さく溜息をついた。まとめて二人片付けられるならそれでよかったが、思わぬ抵抗が入った事で、彼女はまた頭の中で軌道修正を行う。

「エミルは?」

「もう少しです」

 その連絡を聞いたランスロットが眉をひそめる。

「本当にあいつにやらせんのか? 酷な事するな、隊長さん」

「志願したのだ。断る理由は無い」

 彼女が言ったのだ。自分がやると。それもまた、慈悲だろうとセイバーは思い、命じた。

「いつだって、運命はこんなものだ」

 彼女が見つめるのは目の前の彼等か、それとも、もっと遠くの何かか、それは誰も知る事は無い。


「もうすぐだ」

「分かってる」

 カイルの言葉にエミルは頷いた。彼等が公園に言った事は、ライトに撃ちこんだ爆弾つきの発信機によって既に確認ずみだった。

「本当にお前やるのか? 何なら俺でも」

「大丈夫、できる」

ハンドルを握りながら、こちらに気遣うような視線を送ってくる彼に感謝しながら、彼女は既に覚悟を決めていた。友人として接し、必要な人間なら仲間に、危険だと判断すれば殺す。いつもやってきたことだった。それがいつもより、ほんの少し、辛いだけ。それだけのことだった。

「着いたぞ」

 彼の言葉で彼女は全てを振り払った。もう目の前には彼がいる。驚いたような、泣いているような、そして、憎悪。

「ありゃ、気付いてるぜ。お前が何撃ちこんだか」

「だろうね」

 恨まれるだけの事はした。後悔は無かった。結局、こんな道しか自分は歩けないのだから。車を降り、彼女は彼と向き合った。

「エミル!!」

「ばいばい、ルシファ。好きだったよ」

 お互い滝の音で何を言っているか聞こえなかった。

「俺は、お前を許さない!」

「だから」

 いつのまにか、彼女の手には拳銃が握られていた。組織で採用されているAMA9021スピオン 彼女が最も得意とする銃だった。

「さよならだよ」

 銃口が、火を噴いた。

「駄目よ、そんなもったいない事したら」

 銃弾が、彼の目の前で止まっていた。いや、それは正確には目の前ではなかった。少しだけ、ほんの少しだけそれた銃弾は、彼の右耳に触れるか触れないかの位置で、停止していた。

「サディケル・・・」

 エミルは信じられないものを見るかのように、目の前に突如現れた漆黒の女を目の前にして、その名を呼んだ。

「あら、私の事知ってた? 光栄ね」

何でも無い事のように平然と言葉を並べる彼女に、まず最初に対応したのは彼だった。

「誰だ?」

「あの子も言ってたでしょ、サディケル。まあ、魔女の方が名前は売れてるけど」

「魔女?」

 どこかで聞いた名前だった。たしか・・・。

「ほらほら、ぼやぼやしてないで、行くわよ」

「行くってどこに?」

「裏側」

 彼女が彼の腕を取り、何やら呪文を唱え始める。

「! まずい!」

 その呪文の意味するものに気付いた彼女が銃口をそちらに向ける。

「こっちの方が速い!」

 カイルが言うやいなや黒い何かがサディケルのもとへ飛ぶ。もう少しで当たる、というところで、またもそれは直前で何かに食い止められる。

「へえ」

 サディケルの感心した声が響く。その黒い何かを止めたのは八本の、交差状に組まれたサリッサ。ただ普通のサリッサと違うのは、刃が本来柄であるはずの部分にも付いている事、そして、そのどれもが宙に浮いていることだった。

「まさか!」

「マジかよ!」

 彼らが驚くのも無理は無かった。いくら何でも覚醒が早すぎる。いや、それ以上にその制御には無駄が無かった。まるで、すでに能力を使いこなしているかのような雰囲気を、ルシファは既に持っていた。

「お願いします」

 彼はエミル達に注意を向けたまま、サディケルへ言った。

「そうね、ばいばい、あの金髪がくると面倒だから」

 そう捨て台詞を置いて、彼女は彼と共に、この世界から姿を消した。


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