その子との出会い
~10年前~
俺の名は広瀬としあき。29歳。独身。非正規契約の営業マンだ。
大学を卒業したはよかったが何のスキルも無く、取り得も無かった俺は新卒で入った会社を僅か半年で辞めた。その後も職を転々とし今に至る。
現在の仕事もマトモにノルマをこなせず、毎日、同僚の影口に上司の説教と嫌味に明け暮れる毎日だ。今日も俺は営業の合間を見計らってこうして公園のベンチで、コーヒー片手に、コンビニで買ったスポーツ芸能紙をブラっと眺めるのが貴重な日々の日課だ。
こんな所、上司や同僚に見られたら懲免一発だろう。フフッ、そんなの俺だって分かってる。でも所詮、そんな無駄な時間を営業に使ったって俺の様な無能じゃ大した結果も出せやしない。それにろくな昼休みの基準もなく、手当すら出るか分からない残業ばかりさせられるんだ。合間位、赦されて然るべきだろ・・・。
そんな自堕落な状況に明け暮れている時だった。いつも買う芸能紙の一面に大々的にこんな見出しが出てきあがった。
『女優 高原みやび 結婚。お相手は某サヴァイバー能力研究所所長にして大手企業役員で幼馴染みのY氏!!』
・・・・・。俺は言葉を失った。
高原みやび・・・本名向井エミコ。俺の幼なじみで初恋の相手。凄い美人で優しい女だった。その美貌から厳しい芸能界に望んで大成した時には既に彼女は遠い存在だった。だから正直、彼女が結婚してしまったのは多少ショックでも、仕方のない事だと思っていた。それより驚いたのは相手の方だ。幼なじみのY氏・・・イニシャルと顔こそモザイクが掛かっているが、忘れはしない・・・。横矢だ。
横矢てつひさ・・・。コイツも俺のかつての腐れ縁だ。だがコイツはいじめっ子で俺は仲が悪かった。エミコもコイツをかなり嫌っていた記憶がある。だが横矢は俺と違って何でもできた。俺と違って難関大学に合格し、留学して博士号取って特例で国内で院まで飛び級した末になんかの研究所に入ったのは風の噂で聞いていた・・・まさかこんなことになるとは思わなかったが。
「クソったれ・・・・」
力弱く、そして情けなく俺は脱力した。無力感・・・そして世の中の不条理感。ただそれだけが俺の心の中で渦巻いていた。なにが合間の息抜きだ・・・・最悪な気分だ。
・・・そんな時だった。
バンっ
俺の顔面にボールが当たった。かなり柔らかい素材のボールだったのと勢いも無かったから痛くは無かったが、気分が気分だけに思わず俺はそのボールを広い上げてしまった。すると目の前に幼い女の幼女が立っていた。
女の子では無い。女の幼女だ。俺はそう言っている。目の前の幼女は非常に可愛らしい姿をしていた。成長したら、高原みやび・・・いやエミコ並みの女に仕上がっていくに違いない。そして平然とあいつのように忌み嫌ってたハズの男となれ染めていずれ家庭を築き、クソガキを孕むのだ。これを女の子と呼びたくない。女の幼女だ!!
「ねぇ・・・おじさん」
ほらっ!!そうやって人をおじさん呼びする。俺はまだ29だ。今年30だがまだ29なんだ。
「なんだ・・・っ!!?」
気付くと彼女はかなり俺の顔の目前まで顔を近づけていた。正直色んな意味で焦った。しかしその一方で俺は彼女から只ならぬ雰囲気を感じた。何より、彼女は可愛いがどこかミステリアスで、エミコとはまた違うモノを感じたのだ。
「お、おう、悪かったな。これ。君のだろ」
俺はやや押され気味に彼女にボールを渡した。
「ありがとう。おじさん」
少女は答える。すると彼女はベンチの横に座ってきた。
「ど、どうしたんだい君。こんなとこに居るとパパとママが心配するよ。」
俺はやんわりと彼女に言ったが、彼女はそこから立ち去る気配が無い。まずい。こうしているとスーツ姿とは言え、俺は不審者に扱われる可能性が高い。幼女趣味がゼロではないがまずいと思っている俺にはこの状況はまずかった。そのため、俺はすぐその場を立ち去ろうと荷物と上着を持って立ち去ろうとした時だった。
「ねぇおじさん?」
「!?」
少女が俺に話しかけてきた。逃げたかったがなぜか逃げたくなかった。
「おじさんは・・・今、幸せ?」
「・・・・・幸せな訳ないだろ。こんな公園でしょぼくれてる人間のどこが幸せなものかよ・・・」
思わず俺はそう答えた。正直彼女がどこまで理解できているか分からない。こんな年端のいかない子が分かるわけないだろう。どうでもいい。捨て台詞感覚で立ち去るつもりだった。
「やっぱ、そうだよね。」
「・・・・は?」
「なんとなくね。そう思った。だからボールを当ててみたの。とてもつらそうな顔してたから」
「なっ・・・てめぇ」
怒りがこみ上げた。年齢以上にませてる上に、Sっ気をこの時から秘めてるとか・・・これは完全に女の幼女だ。エミコと同類の薄汚い狐の片鱗が垣間見えるな。苛立ちながらも、走り去ろうとしたとき、彼女は続けてこう問いかける。
「じゃあ・・・・幸せになりたい?」
「・・・・どういう事だよ」
「積み重ねた時間は巻き戻せなくても、これからの時間はいくらでもやり直せるよ。サヴァイバーの力さえあれば」
「サヴァイバー・・・・だと」
サヴァイバー、それは7年前に正式に存在が発表された人間に秘められたとされる特別な力。全ての人間がその素質を有するもその力を開花させられるのはごく一部であるとされ、加えて能力にも強い上下関係があるとされる理不尽な能力だ。確定してるのはサヴァイバーは18の時までにしか発現出来ず、その期間までに能力を開花出来なかった者は、たとえ素質があろうが、その力を開花させることは一生無いという。発表された時から俺には関係ない話だった。正直彼女の話は嫌味でしかない。
「そんなの・・・俺にはもう関係ない話だ。じゃあな」
「待って。おじさん」
「まだ何か言い足りないのかクソガ・・・!?」
気付けば彼女はベンチに上ってさらに背伸びして、俺の頬にキスをしていた。
「!!!???」
耐性の無い俺は思わず赤面する。しかし口づけを終え、頬から離れた彼女の顔は毒舌少女とは思えないほど可愛らしく、どこか慈悲に満ちていた。しかし誰か見ていたら通報モノだ。不安もあって祈りしかない。
「な・・・なにを!?」
「おじさんに強くなってほしいわたしからのおまじない。サヴァイバーの勉強を頑張ってね。そしたらいずれまたあえるから」
彼女は笑顔でそう言った。その笑顔はミステリアスながら非常に年相応に可愛らしかった。故に俺はただ茫然と見とれてしまった。
そして気付くとそこには誰もいなかった。まるで何事も無かったかの様だった。
沈み気味だった俺の気持ちはどこかに消えていた。残されたのは彼女が残した口づけの温もりと、明日以降、逮捕状が届くんじゃないかという不安な気持ちの二つだけだった・・・・。