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妖の箱庭  作者: 幽咲 ユノ
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第6話 酒呑童子という男

身体に強い電撃を受けた酒呑童子は抱えていた澪をその場に落とす。

いきなり落とされた澪は一つ目小僧を庇いながら尻もちをついた。


『うぉぉっ…やれやれ、野蛮な娘じゃ。

せっかく助けてやったというのに』


「どの口がそれを言うの」


やれやれといった様子で首を横に振る酒呑童子。

そんな鬼を澪は立ち上がって尻に着いた土を叩きながら睨みつける。


「アンタが助かりたかっただけでしょうが」


『当たり前じゃ。お主のような小娘と犬死するなど、儂はごめんじゃ』


「私だって嫌だ…」


「よ」と続けようとしたその時。

視界の端に写っていた筈の酒呑童子の姿が見えなくなる。代わりに、岩石のように大きな拳が澪の傍すれすれを通り抜けたのが見えた。


「酒呑童子っ!!!?」


『今日はついてるぜっ!

まさか、京の鬼の頭領がお出ましとは!

その首、牛鬼様に持っていけばさぞ喜ばれるだろうよ!』


京の鬼の頭領?牛鬼?

聞きなれない言葉が多く発せられたが、そんな事よりも酒呑童子の方が心配だった。

いくら強いとは言え、今のパンチをまともに食らったらひとたまりもない。



「酒呑童子っ!?どこっ!?」



澪は出来る限りの声で名を叫ぶが、返事が無い。


『なんだぁ?死んじまったのかぁ?

京の鬼ってのも大した事ねぇなぁ!!』



地面を揺らがすほどの手洗い鬼の高笑いの中、澪は辺りを見渡していた。


あの男は死なない。

出会ってまだ間も無いのに、何故だかそんな気持ちが彼女の心を離さなかった。


『煩い』


『えっ?』



刹那、手洗い鬼の首が真っ二つに切れた。


「っ!?」


大量の液体が辺りの木々と澪を紅く染める。

直後に頭を失った巨体が轟音と共に倒れてきた。

澪はただ茫然とその巨体の上に立った影に視界を合わせた。


酒呑童子だ。

袖の長い藍色の着物も、艶のあった黒い髪も、細長い琥珀色だった瞳も、全て真っ赤にした彼が、大きな太刀を片手してそこに立っている。


もう動かなくなった妖怪を見て、澪は戦慄した。

本当は一刻も早くここから逃げ出したかったけれど、足を動かす事どころか声すら出ない。


『やはりまだ身体が鈍っているようじゃ。

起きたばかりだからから、どうもしっくりこない…』


太刀を片手で弄びながら彼は言った。


「し、酒呑…童子…」


澪は振り絞るように名前を呼んだ。

酒呑童子の赤い視線がゆっくり澪に向くと、澪はビクリと肩を揺らす。



『…儂が怖いか』


「!!」


少し前に似たような質問をされたような気がする。が、先程とは打って変わって酒呑童子の声は淡々としたものだった。


「…怖いよ」


震える体を抱きしめながら、しかし澪ははっきりと答えた。酒呑童子の目を見て、この鬼に嘘は付けないと直感したから。


『そうか』


「…けど助けてくれて、ありがとう」


『だからそれは』


「わかってるよ。別に私を助けたわけじゃないんでしょ。…けど、それでも貴方が来てくれた時は凄く安心したし、嬉しかったの。

それだけ、言っとく」



言い終えた後、その場に崩れるように座った澪を唖然とした様子で酒呑童子は見つめた。


この小娘は何を言っている。

仮にも自分の命を狙う化け物にありがとうなどと血迷った事を。

これだから人間は嫌いだ。

そうだ、もうここで殺してしまおうか。

そうすればこの厄介な呪いから解放される。


巨体の上から軽々と飛び降り、座り込む彼女に近づくと手にした太刀を彼女の首元に当てた。

澪の肩がビクリと揺れたが、彼女は黙り込んだまま動かない。

その代わり、少しだけ顔を上げて酒呑童子の瞳を見返した。


視線が交わって暫く沈黙が続く。

最初にそれを破ったのは酒呑童子だった。



『…本当に訳のわからん小娘じゃ。

普通の娘なら今頃泡を吹いて気絶しておるぞ』



太刀を引っ込めながら、呆れたように笑った。

なんとなく、興が乗らない。

こんな娘を殺す事くらいいつでも出来る、また今度興が乗じた時に殺してやろう。

そう思っての行動だった。


「…怖かった…」


その一方で、内心殺されるかとしれないと思っていた澪はホッと安堵の息を吐く。


酒呑童子が本当に強いのは今回の事で身に染みて感じたし、助けてくれたとはいえやっぱり怖い。

けど、何故だか近くにいると不思議な安心感があって…彼女の中で酒呑童子と言う男はよくわからない存在になっていた。


だからこそ、今回は刃を首に突き立てられても微動だにしなかった。それは彼を信じたいという僅かな本心からの行動だったようだ。



「…けど、もうあんな怖い思いは勘弁して欲しいな」



首の刃を突きつけられた辺りがやけにヒンヤリと冷たいのを感じながら、酒呑童子に聞こえないように静かに一人呟いた。




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