第2話 化け物達の晩餐会
『オイラは右腕がいいなぁ』
『オレ、ノウミソ、モラウ!』
誰かの声…?
薄らぼんやりと聴こえてくる声からはとても穏やかでは無い内容が話されている。
まだ、夢の中なのかな。
『それじゃあ、アタイは頬を頂くよ。この年頃の娘の頰肉は脂がのって旨いんだ』
ヒヤリと冷たい何かが頬に触れる。
外部からの刺激でぼんやりとしていた頭が覚醒し、いきなり現実に引き戻されるような感覚で思わず閉じていた目を開く。
裸の豆電球、藁のようなもので造られた屋根と順番に視界に入り、最終的に私の頬に触れて楽しそうに顔を覗き込む女性と目が…
合わなかった。
「目がっ…!?」
『ほぉら、アンタ達が煩くするからせっかく寝た子が起きちまったじゃないか』
怒り口調とは裏腹に、不気味な笑みを浮かべる着物姿の女性には目と言っていいものが見当たらない。咄嗟に距離を取ろうとしたが、体は縄で堅く縛られ床に転がされいて、身動きを取ることができなかった。
さっき薄い意識の中で聴いた声の主もよく見ると目が一つしかない子供だったり、真っ赤な舌と大きな目玉を上下に動かしている鏡だったり。
やっぱり夢なの!?どうか夢であってくださいお願いします!
『それにしても生きた人間を食えるのは何百年ぶりだったかねぇ。100…いや、300年ぶりくらいかい』
『これも雲外鏡が偶然、現世の鏡に入り込めたお陰だね』
『オレ、エライ?エライ?』
偉いよと頭を撫でられている鏡。どうやら私があの三面鏡で見たあの赤い目玉はこの鏡の化け物だったみたい。
妖怪なんて信じられないが、夢だろうがなかろうが喰われるなんてそんなの絶対に嫌だ。
どうにかして逃げなきゃ。
興奮冷めやらぬといった様子で三体は誰がどこの部位を食すか話し合いをしていた。
肝臓やら小腸やら色々物騒な言葉が飛び交うのを聞こえないフリをしながら、辺りを見渡してこの縄を切れそうな物を探してみる。
なんでもいい、何か…。
ふと、壁に立て掛けてある農具達に目が止まった。
沢山ある農具の中にはくわや鎌、すき…鋭利な刃物も混ざっている。
「あれなら、切れるかな…」
三体がこちらを見ていないのを見て音を立てないようにコロコロと体を回転させて農具の元へ転がっていく。
農具の下までくると手に巻かれた縄をその農具の刃へ力任せに引いて押してを繰り返した。
「お願いっ、切れて…っ!」
早く、早くしないとあいつらが。
焦る気持ちから手に余計な力が加わった。
_____カランっ!!
一本の農具が大きな音を立てて床に倒れた。
ヤバい、早まった。
『なんの音だいっ!?』
その音に気が付いた三体が一斉にこちらを振り返る。
『ニンゲンガニゲル!』
「ぐっ!」
鏡の化け物の長い舌が私の首を巻き取って、化け物達の方へと引きずられてしまった。
『ねぇ。また逃げられると厄介だから、もう食べちまおうよ』
『それもそうだねぇ』
そう言うと私の体の縄を解いて、それぞれが望む部位を押さえつけて口を大きく開いた。
どんなに暴れても足掻いてももう逃げることが出来ない。
もうダメだと思いながら、私は必死に泣き叫ぶ。
「嫌っ!!誰かっ!!」
ふと、体を束縛していた力が消えた。
一瞬の内に私を抑えていた化け物達が消えている。
「え…?なにが起きたの」
『____なんじゃ、騒がしいのぅ』
壁に大穴を開けて、更に化け物三体をまとめて吹き飛ばすという大技をやってのけたその男は楽しそうに目を細めてこちらを見据えていた。