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咎切り勇者は咎切れない   作者: モルモン
2/3

魔王ができない

■■■■■■



「もう限界だ! 勇者のところに行くぞ!」


 俺はちゃぶ台を叩いてアルフレッドに告げた。

 あれからさらに10か月。情報を流し、地図をビラのように配りながら勇者の来訪を待ち受けていた。だが、来ない! これはもう、勇者は子供たちを助ける気がないとしか思えない。


「おそらくだが勇者の奴、子供たちはすでに死んでいると勘違いしている」


「それ、あり得ますね」


 そうとしか思えない。約一年も幽閉しているのだ。しかも子供の数は34名と大所帯だ。魔王の手に落ちて無事だと考える方がどうかしている。その前提で考えると俺たちが必死に流した情報や地図は露骨な罠にしか見えない。完全な失策である。


「アルフレッド、戦闘準備だ。全員に通告し、軍を中庭に集めろ」


「了解しました!」




 


 招集をかけて十分後。


 中庭には総勢84名の完全武装した我が軍が整列して……おかしい。我が軍は50名なのに増えている。


「おい、アルフレッド」


「何でしょう」


「なぜ子供たちも隊列している。しかも、様になってるのが怖いんだが」


「気づかれましたか。これも私の、いえ、彼らの訓練の賜物です。リアをはじめとして才能にあふれる子供達です。すぐに私の教えを吸収し、軍行が可能なまでに仕上がりました。いかがですか?」


「いかがですか?じゃねぇだろ! どうすんだよこれ! なんでこうなった! やべぇよ十歳そこらの餓鬼が死地に赴く戦士の目をしてるじゃん! しかも、女の子まで歴戦の猛者みたいな雰囲気だよ!」


「魔王様、女子と侮ってはなりません。奇跡的なことにさらってきた子供は全員魔力適性が高く、下手は宮廷魔術師にも引けを取らない潜在能力を有しており……」


「そういうことじゃねぇよ! 俺達魔王軍は最悪死んでもいいけど、この子たちはなんの咎もないんだぞ。むざむざ殺させるなんてできるかよ!」


 俺が全力で叫んでいると、リアが俺の隣に来て魔王式の敬礼をする。

 誰だよ。その敬礼教えたの。


「魔王先せ……いえ、魔王様。僕たちは恩義ある魔王様のお命を全力でお守りします。そして、ここにいる誰も死なせはしません!」


 表情は相変わらずの無表情だった。しかし、純真な目だった。淀みのない声だった。だから、


「リア、そして皆にも話がある」


 だから、魔王先生として最後になるかもしれない授業をすることにした。

 俺達魔族の成り立ちを、なぜ勇者に固執するのかを、俺達がどのれほどの咎人かを。


 すべてを聞き終えたリアは初めて感情を露わにした。目じりを下げて、嗚咽を殺して泣いていた。

 残念だな。初めて見る表情は笑顔でありたいと思っていたのに。


「……そん、な。他に方法は……みんなで探せばきっと……」


「そんな都合のいいものはない。俺達を救えるのは勇者だけなんだ」


 リアはその場に崩れ落ち、ぽろぽろと涙を落とす。


「アルフレッド……お前、何がしたかったんだ。なにか理由があるんだろう」


 俺はアルフレッドに尋ねる。アルフレッドのことだ。きっと考えがあっての事だったのだろう。

 アルフレッドは静かに空を見上げ、拳を震わせて静かに呟く。 


「いえ、単純に我々の設定を忘れていました」


「うぉい!!」


 前言撤回。こいつはただのアホだ。よく周りを見てみるとアララさん含めた50人の魔族が「そう言えばそうだった」と驚愕の表情で震えていた。魔王軍は基本アホだった。いや、俺もここ数か月魔族の設定忘れて過ごしてたけどさ。


 出撃する前から非常に疲れてしまった。俺はリアの肩に手を置く。


「リア、もし俺達が戻らなかったらこの城は自由に使ってくれ」


 ここでなら家庭菜園も家畜もいる。34名が自給自足ぐらいは可能だろう。


「で、でも」


「リアは賢い子だ。皆を頼めるか?」


 少し卑怯な問いに、リアは瞳を潤ませながらも頷いて見せた。

 本当に賢くて強い子だ。リアがいれば子供たちが路頭に迷うことはないだろう。自然とそう確信できた。


「全軍、出撃する。狙うは王都だ! いくぞおおおおお!」


「おおおおおおおおおおおお!」「みんな幸せに暮らすんだぞ!」「アレク草はもう拾い食いするんじゃねぇぞ!」「ごめん、明日遊ぶ約束守れそうにない!」「リックお前なら立派な薬師になれる。頑張れよ!」「お前らみんな大好きだあああ!」


 俺たち魔王軍は、思いつく限りのカッコいい台詞を叫び子供たちに背を向ける。俺を含め、みんなノリノリだった。


「やっぱり、嫌だ! 待って、魔王せ……」


 アララがテレポートを発動させると同時に、背中から悲痛な叫びが聞こえた気がした。 


■■■■




 テレポートで余韻に浸る暇なく王都にたどり着いた俺達は、人間の姿に化けて街道を歩いていた。50人で固まると目立つので、俺、アルフレッド、アララの三名で侵入し、残りは城壁のそとで待機している。


「今日は人通りが少ないからでしょうか。ザル警備ですね。こんなに簡単に侵入できるなんて」


 アララが言う通り、王都の技術は魔王軍より劣っている。こうして簡単に隠ぺい魔法で侵入できるのがその証拠だ。


「好都合だし、問題なだろ」


「でも、私たちがいなくなった後、あの子たちは人里で暮らすかもしれないでしょう? 心配よ。こんなお粗末な警備じゃ、上級の魔獣なら侵入しちゃうわよ。それに龍とか来たらどうするの? 防衛は? 結界は機能するの? アルや二コラ、それにリリとかは本当に臆病なんだから、怖い思いはさせたくないのよ。ジヘッドやジャックは油断しやすいから、王都に突然現れた魔物に対処できるかしら。それに……」


「やめろ、俺まで不安になってきただろうが」


 リアに丸投げしてきたけど、大丈夫だよな。くそ、こんなことなら指南書でも書いておくべきだったか。

 俺が悶々としていると、目の前から目的の人物が現れた。

 そう、勇者である。遠目からでも特徴的な黒髪が確認できる。


「情報通り、勇者は王都で活動しているようだな。よし、手はず通りに頼むぞ」


 俺はアララとアルフレッドに指示を出し散開。素早く勇者の前に躍り出ると、偽装魔法で縫い合わせたフードを脱ぎ去り姿を現す。


「ふははははは、久しぶりだな勇者クロエよ。そろそろ俺が恋しくなってくるころだろうと思い来てやったぞ。喜ぶがいい! やれ、アルフレッド!!」


 カッコいいポーズとセリフ決めて、アルフレッドに合図を送る。同時に街道に聳え立つ国王の銅像がアルフレッドの大剣に薙ぎ払われ、砕け散る。


 よしよし、演出と威嚇は十分だろう。けが人もいないし、もしものために待機させてあるアララの回復魔法の出番はなさそうだな。


「さぁ、勇者よ。魔王軍第一の剣豪アルフレッドと魔王である俺二人を相手にどこまで頑張れるかな?」


「お言葉ですが魔王様。ここは四天王が一人アルフレッドにしたほうが雰囲気がでるのでは?」


「馬鹿野郎。最初四天王作ってみたけど、ふわふわしたまま自然消滅したの忘れたのかよ」


 魔王軍が万の数であったころ、四天王を作ってみたのが最後まで決まることはなかった。武道会みたいのを開いて順位を決めてみたのだが、最後には武道会そのものに熱が入り、四天王のことは忘れ去られていた。ちなみにアルフレッドは準優勝だった。優勝はもちろん俺である。


「そうでありましたっけ?」


「なんだ覚えていないのか。たしか猫又のヨシタとお前が準々決勝で禁術を使用してたろ」


「ああ、思い出しました。懐かしいですな」


「で、ヨシタが失禁して」


「あれは傑作でしたね!」


「ふははははははは」「くははははははは」


 俺とアルフレッドが昔話に花を咲かせていると、前方からどす黒いオーラが立ち込めてきた。


「貴方達……楽しそうね」


 勇者が呪詛を吐き出すようにつぶやいた。ここで俺は初めて勇者を直視する。衣服はボロボロで、胸当てにも錆や綻びが見られる。一年前に見た綺麗な艶のあった黒髪はボサボサで、陶器のような白い肌も泥に塗れている。何より、瞳は荒んだ色を孕み、ハイライトが消え失せていた。

 当時のきらびやかに正義で輝いていた美少女勇者の面影はどこにもなかった。


「ゆ、勇者?」


 もはや疑問形である。この一年見ないうちになにがあったのだろう。


「ふふふふふ、ねぇ魔王。私も街とか壊していいかな? そしたら貴方みたいに楽しくなれるかな? こんな世界でも笑えるかな? いいよね? きっと許されるよね?」


「はぁ? お前何言って……」


 言い切る前に勇者は聖剣を抜刀し、俺達ではなく街のモニュメントである噴水に光の衝撃をぶち当てた。大破した噴水がそこら中に水をまき上げる。


「うひ、うひひひ、あははっはははははは! ひははははっはは!」


 雨のように水が降り注ぐ中、勇者はずぶぬれで笑っていた。ケタケタケタと壊れた笑いを上げていた。正直ドン引きだった。


「あははははははは、全部壊れちゃえ! 私が壊してやる。街も、人も、このくそったれな王国全部壊しつくしてやる! あぁ、すっきりする、最高の気分だわ! 魔王。一緒に世界を壊しましょう! 壊して壊して壊して尽くして、すべて壊し終えたら世界の半分を貴方にあげるわ! ふふふ、ふははは、あはははははっはは!」


 あかん。完全に壊れとる。


 魔王みたいなセリフを口走る勇者はどう見てもまともじゃなかった。勇者は聖剣に魔力を溜めて、住宅街目がけて腕を振り上げる。勇者の右手が太陽の如く輝き、世界を壊せと轟叫んでいる。アレはやばい。練り上げている魔力量がやばい。4秒後に都市が壊滅する未来が見える。


「おい、勇者やめろ! そんなもん放ったらここら一帯が消し飛ぶ! 死人が出るぞ!」


 咄嗟に錫杖を召喚し、聖剣につばぜり合うようにして攻撃を食い止める。聖剣の衝撃で腰が砕けそうになるが、気合で持ちこたえる。


「 死ねばいいんだ! いや、私が皆殺してやる! あははっはははははは!」


 聖剣に魔力が追加投入され地面が陥没し、俺は片膝をつく。全身に激痛が走り内臓器官がやられたのか、血の塊が食いしばる口からあふれ出す。痛みで意識が遠のいていく。しかし、倒れるわけにはいかない。俺の背中には住宅街が、戦いを知らない無垢な子供から大人まで沢山の命がかかっている。


 なにこれ。なにこの状況。立場が逆転してるぞ。


「ぐあああ、アララ、勇者に睡魔の魔法を!」


「は、はい! 『スリープ』!」


 硬直していたアララははじかれたように杖を振り、睡魔の魔法を発動する。アララから放たれた桃色の光が勇者を包み込み、深い眠りへといざなう。勇者の全身から力が抜け、俺にもたれかかる形になる。勇者の寝顔は先ほどまで悪鬼と化していた少女とは思えない美しい寝顔で、


「……コロス……コロス……コロス……」


 やっぱり悪鬼そのものだった。


「あの、魔王様。どうしましょうか?」


「とりあえず、勇者は魔王城へと連れ帰るぞ。このまま放置しても王都が危険だ」


 おかしいな。俺達王都を襲撃しに来たはずなのに。




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