勇者がこない
「どうなっている! なぜ勇者が来ない!」
俺は苛立ち露わにちゃぶ台をたたく。
「それより魔王様。さらってきた子供達が授業はまだかとせがんでおりまして。いかがいたしましょうか?」
側近であり、親友であるアルフレッド(デュラハン♂)が申し訳なさそうに進言してくる。
彼に子供たちの世話を任せているのだが、如何せんアルフレッドは戦士である。魔術を完全無効化させる漆黒の鎧で身を包み、大剣の一薙で一騎当千できる彼は優秀だ。しかし、剣の稽古はできても勉学はダメだ。彼は読み書きすらできない。
「はぁ? 今日はお休みだって言っただろう。子供達に伝えてなかったのか?」
「いえ、伝えはしたのですが。リア少年が『いつまでここにいられるか分からないから一日もむだにしたくない』と言い始めて、他の子どもたちもそれに便乗する形で」
「確かに昨日、リアに質問されて、勇者が救出にくれば今日にでも開放するとは言ったけど、なんか違くね!?」
「いえ、リア少年は賢い子です。故に当然の反応かと思います」
「俺ら魔王軍だよ。リアたちは幽閉されているんだよ!」
「ええ、幽閉(笑)されていますね」
アルフレッドが半笑いで答えるように、子供たちは幽閉という名の好待遇を受けている。
というのも、村からさらってきた時点で、子供たちの栄養状態が芳しくなかった。寧ろ病気で死にかけていた。
聞く話によると冷害で収穫が激減したらしく、リアたちのような労働力にならない病気の子供はご飯が与えられなかったそうだ。村としても苦渋の選択だったのだろう。親としては子供を殺したくはないが、食べ物がないのだ。狩りや畑を耕せる大人が生き延びなければ、村は全滅する。本来なら山なり谷なりに捨てて口減らしをすればいいのだが、中途半端な温情で彼らは村の倉庫で軟禁されていた。
親としてはどこかでありもしない奇跡を信じていたのかもしれない。
「くっそ、おかしいと思ったんだよ。人里離れた小屋に子供たちが集められていた時点で気づくべきだった!」
「ええ、魔王様は『うは、ついてるぞアルフレッド。家を巡って女子供をさらう手間が省けるぞ』と大喜びでしたからね」
「……」
こいつ、たまに毒を吐くよな。アルフレッドだって一緒に喜んでたじゃないか。むしろ、村襲撃メンバー総勢50人で喜んでいた。このことに追求すればまぬけが露見するだけであり、だれも幸せならない。
「しかし、大変でしたね。はやり病とは。魔王様の治療がなければ危なかったですね」
「貧困で抵抗力が低下していたんだろうな。加えて栄養失調ときたもんだ。今でこそみんな元気だが、初日は別の意味で大変だった」
「ええ、病を癒したばかりか、食事まで与えてくれる魔王様を、神でも崇めるように感謝していましたからね。私は新しく魔王教が誕生するではと思いましたよ」
「恐ろしい事言うなよ。そこの所はきちんと俺達魔王軍が悪い奴らだって言い聞かせたから大丈夫だろう。しかし、みんな物わかりのいい子で助かった。俺とアルフレッドの説得もあったが、リアの理解が早いのが助かったよ」
「ええ、リア少年が皆を説得しなければ神様みたいな扱いだったでしょうね。我々は悪の軍政であり、人間の敵だというのに」
「全くだ。変に好感をもたれるとリアたちのためにならないしな」
俺とアルフレッドが雑談に興じていると、控えめに扉がノックされた。「はいれ」と許可を出すと10歳前後の少年が入室してきた。褐色の肌に枯草色の髪をした少年だ。体の線は細く華奢で、顔が中性的なこともあり、初めは男か女か分からなかったほどだ。
「おお、リア少年ではありませんか」
「てか、人質が城内しかも魔王の部屋に普通に来れるってどうよ」
「7畳一間の部屋が魔王の部屋というのもどうかと思いますがね」
この城は今回の作戦のために緊急で建てれたものだ。ほとんど張りぼてであり、そんなに大きくはない。てか、一軒家を頑張ってお城みたいに見せましたという感じだ。それに、この狭苦しくも畳の香るこの空間は、前世のこともあり、自然と落ち着く。
魔王軍に元畳職人がいてくらたことに感謝だ。
「魔王先生、皆が青空教室で待っています」
リアが抑揚のない声で報告してくる。
リアは基本無表情なので、あまり何を考えているか分からない。
「いや、だって今日は日曜日だし」
「『にちようび』がなにかは分かりませんが、僕達は勉強がしたいです。どうせ、魔王様もやることないでしょう」
確かに暦は俺が勝手に設定したし、勇者が来るまでやることないけどさ。その言い方は酷くないか。事実故に言い返せないのが辛い。
俺はため息一つをついて重い腰を上げる。
「はぁ、分かったよ」
■■■■
森の奥深くに佇む我が城は、広大な庭が広がっている。そこには家庭菜園やら遊具やら点在し、泉というプールまである。泉ははじめからあったものだが、遊具などは勇者が来るまで暇だったので、魔王軍で作ったものだ。
家庭菜園に没頭するほど、みんな時間を持て余しているんだよな。勇者、早く来ないかな。
「魔王先生、こちらの単語はなんと読むのでしょうか?」
そんな平和な中庭に子供の声が上がる。この中庭に建てられた簡易テントこそ、青空教室と子供たちに呼ばれる場所だった。黒板と人数分の机と椅子しかない教室だが、読み書きを教えるだけなら事足りる。子供達には、簡単な計算と読み書きを教えている。
あの村の惨状を見るに、よしんば勇者が救出に成功したとしても、子供たちは路頭に迷う可能性が高い。故に、自らで生きていく知恵を教えることにした。読み書きができればそれだけで視野は広がる。剣の修行はアルフレッドが教えているし、勉強が苦手な子はそちらで頑張って生きてもらいたい。まあ、これらのことは暇つぶしにやっていることだからな。どこまで彼らのためになるのか分からない。
「皆さん。ご飯ですよ~」
などと授業を進めていると、ほんわかボイスが飛んでくる。
魔王軍の料理を担当しているアララさん(サキュバス♀)だ。さすがサキュバスとうか豊満なボディをお持ちであるが、その恰好は保母さんのように露出の少ないエプロン姿だ。男を魅了する魔性の女というより、母性溢れる女性である。アルフレッド曰く、それがエロいんでしょうがど力説する。俺には分からない世界だった。
「よし、今日の授業はここまでだ。みんな手を洗って給食の準備をすること。リア」
「はい、起立、礼」
「ありがとうございました」
きちんと号令をかけてから、子供たちは食堂へと向かう。号令になれていない頃は、アララさんが来ると「ご飯だ」とばらばらに行動していたからな。何をもってしても規律は大切である。
食事の準備を終えた子供たちが「いただきます」を合図に食べ始める。今や勝手に食べる子はいなくなていた。子供の順応能力はすさまじいものがる。
「アララさん、この料理はなんていうの?」
「これはシチューといって……」
料理の作り方を熱心に聞いているのは女の子たちだ。やはり女の子は料理とか興味あるのかね。こんどアララさんを講師に招いてお料理教室でも開くかね。……今度って考えはおかしいよな。俺もこの状況に毒されてきたようだ。
俺が目頭を揉んでいると向かいに座るアララさんと目があった。やわらかく微笑み俺を見つめる彼女はやっぱり母性に満ち溢れていた。
「ふふふ。魔王様、無駄に難しい顔をしていますね」
「無駄にとはなんだ。俺だって色々と考えているんだよ。それより悪いな。子供の世話までさせちゃって」
「いえいえ、これでも保母をしていましたから、なんだか懐かしくて個人的に楽しんでいますよ」
彼女は魔族になる前は保母さんをしてたらしい。それに調理師免許も取っている中々にハイスペックな女性である。現に子供たちはアララさんを母親のように慕っている。僅か三か月でアララさんはみんなのお母さんポディションを獲得していた。この中のやく半数が孤児であり、アララさんを本当の母親のように思っている子も少なくないのだろう。男の子はとくに「アララさーん」と甘えて抱き着く子もいる。みんな母性に飢えているのだ。
三か月。子供たちにとってこの時間は早いのだろうか。俺には分からない。ただ、俺達魔王軍を見る目が変わるのには十分な時間だ。そろそろ、見切りをつけないと子供たちの常識が危ない。魔王軍は本来人類の敵なのだから。勇者、どうしたんだよ。常に正義に燃えるお前なら、すぐさまかけつけにくるだろ。きちんとこの場所の地図も落としたし、勇者の耳に入るように情報も流した。何故来ない!