社員編、第八話
魔王陛下によって破壊された電化製品を見せると、手代木は流石に頬を引きつらせた。
「御免ね、手代木さん。ちょっと乱闘があったんだよ」
「……怖いですね、世の中って」
「そうなんだよ。怖い怖い。で、ちょっと相談があるんだけど」
廃棄物になってしまった電化製品を車に積み込んでいる手代木を、神坂が呼び止める。
「うちの可愛い経理ちゃんがお金を捻出してくれてね、電化製品をまた一通り揃えようと思うんだ。うちの人間はそっちの方面は詳しくないから、今までは業者に任せっぱなしで金額も確かめてなかった。でも今回は安く買えるならそっちの方がいいから、電化製品のプロである手代木くんの意見が訊きたいんだ」
「え、俺の意見ですか……」
「だって、うちの担当は君だし、これから壊れた時にも君が見やすい機械の方が修理も楽だろう」
戸惑う手代木に神坂が無言の圧力をかけているように雪人には見えた。
「悪いけど、週末にでも電化製品の買い付けに行ってくれないかな。雪嶋と」
「は?」
「・・・・・・」
思わず声をあげた雪人。手代木は無言だ。
「電化製品を一番壊す雪嶋が担当するのは当たり前じゃないか。……まさか、嫌だとは言わないよな、お雪?」
ちらっと雪人に向けられた視線は物凄く怖かった。雪人は無闇に頷いて見せた。
手代木は少し気まずそうにしていたが「解りました。予定もないので、土曜日なんてどうですか」
振り返ってスケジュールを確認するように雪人に問う。
「だ、大丈夫です」
かくして、二人きりで出かけることになってしまい、雪人の混乱は極まった。
「……どうしよう」
手代木のことは好きだ、と思う。しかし未だ自分の正体を打ち明ける勇気がない。
右往左往している間に週末が来て、雪人は待ち合わせた時計台の下で溜息をついていた。
買い付けと言っても正式な仕事ではないからと、神坂に私服を厳命されたので今日の雪人の服装はスーツではなくカジュアルなものになっている。
周囲は小麦色の肌なので貧弱な白い肌を出したくなくて薄い水色の七分丈こそ着ているが素材は麻で、合わせたパンツは半端丈のベージュのチノパンだった。靴はスニーカー。
普段は後ろになでつけている銀髪はさらりと流れ、額を覆っているので少し幼さが出る。陽射しが強いので濃い色のサングラスをかけた。
「済みません、遅くなりま……」
後ろから声をかけられて振り向くと、手代木が目を見開いて固まっている。
「どうしたんですか?」
雪人が上目づかいに見ると、手代木は口元を押さえてごにょごにょと「ふ、普段とイメージが違っていい感じですね」
ギャップ萌え、と不明な単語を口走って赤くなっていた。
「今日は御世話になります」
「いいえ、俺の意見が参考になればいいんですけど」
隣を歩くと手代木もいつもと違う格好をしていて、何だかそわそわしてしまう。
白い半袖のシャツにストライプの入ったベスト、ダメージジーンズで靴はカジュアルな革靴。
カッコいい人は服のセンスもカッコいいのかと感心してしまう。
「雪嶋さん?どうかしました?」
「カッコいいなって思って」
「・・・・・・」
言われ慣れているだろうに手代木は瞬きを繰り返して、それからふわっと笑った。
「雪嶋さんに気付いてもらえるとは思いませんでした」
「手代木さんは普段からカッコいいです。言わないだけです」
つい拗ねてしまうと手代木はまた笑った。
目的の大型ディスカウント電気製品量販店につくと、「この季節のクーラーは覚悟しないと駄目ですよ。例年より暑いから、クーラーの需要が高くて安いものは売ってません」
手代木はフロアを確認しながら雪人をエスコートする。
「智くん、頑張ってくれたなあ……」
スチャラカの金庫番である智が気付かないところで節約をしてくれて捻出してくれた有難いお金をぎゅっと握りしめる。本業の方で十分過ぎるくらいの利益がある会社だが、それは当然の如く税務署に申告できるわけがないお金なので自由に使うことは出来ない。今持っているお金は純粋に金融業だけで儲けた利益なので有難さもひとしおだった。
一番のネックだったクーラーは手代木の意見に従ってやや高級なものを買った。しかし性能は値段以上のもので、しかも簡単な氷結だったら自分で何とかするという、雪人にとっては画期的過ぎる能力があった。
「有難う御座います、有難う御座います。これで社長に叩かれないで済みます」
日増しに威力が強くなっている感じのする神坂の愛のムチに密かな脅威を抱いていた雪人はペコペコ頭を下げた。
「神坂社長、雪嶋さんのこと直ぐチョップしますよね。あれは癖なんですか?痛がってる雪嶋さんは可愛いけど可哀想だし、ちょっとムッとするんですよね」
「あれは~、僕が悪いわけで、社長は悪くないんです。ただやり方が乱暴なだけで」
お恥ずかしいと頬を染める雪人の小さな頭を手代木がやんわり撫でる。
「こんな美人にあんなことするなんて、いくら恋人に盲目的でも俺は解らないな」
「そんなこと言うの、手代木さんくらいですよ」
雪人がはにかんで笑うと手代木もつられたのか笑ってくれた。
電化製品を一通り揃えたら昼になっていて、雪人は手代木を昼食に誘った。わざわざ休日を割いてもらっているのだからそれくらいのサービスはするものだと解っているし、神坂がポケットマネーから幾ばくか支援金を出してくれたのもある。
「雪嶋さんって結構美食家ですね」
お腹がいっぱいになって、外の景色を見ていると手代木が感心したように言うので「だって、折角食べるんだったら美味しいものがいいでしょ?」
雪人は応えた。手代木も頷く。
「でも俺は結構な偏食なので今でもお昼は手作りですよ」
「ああ、この間のお弁当」
そこで雪人は色とりどりの弁当を思い出し、それを作っただろう女性の影を思い出した。
あの時に相談してきた手代木の好きな人、というのは自分のことだったみたいだが、彼には弁当を作ってくれる間柄の女性がいるのに、どうして雪人にも視線を送るのか。
混乱が顔に出ていたのか、手代木は小さく笑った。
「最初に言いましたよね、彼女が出来ないって。原因はあの弁当なんです」
手代木の女子力が高い弁当は、当人の手作りだった。偏食がたたって仕出しが食べられなかった学生時代から手作りしていた料理にはまってしまい、今では周りから引かれるくらいファンシーな弁当をこしらえるようになってしまっている、とのこと。
「みんな俺の弁当を見ると、負けたわって言って近寄らなくなるんです。弁当男子っていう言葉が昔流行ったんですけど、俺のは乙女系みたいでカッコいいものではないし」
「そうですか?でもこの間の兎の形をした林檎は可愛かったですよ。飾り切りしてあったきゅうりも美味しそうでした」
「もしよかったら今度、雪嶋さんの分も作らせてください」
ニッコリと笑う手代木に、雪人も笑い返した。
彼女疑惑が晴れて心が清々しい。そして、独り身であることがしっかり解り、想い人は自分なのだと雪人は俄かに緊張してきた。
自分も手代木のことが好きだ。だからこの間の答えを言わなければならない。
すっと立ち上がった雪人は誰もいない座敷なのを良いことに密かに告白してしまおうと手代木の傍らに行こうとした。
しかし、「うわっ!」
掃除の行き届いた畳の上で滑ってしまい、それを受け止めようと手代木が腕を伸ばした。
「いたたた……」
柔らかいものの上に着地できたがしたたかに胸を打って身体を起こすと、至近距離に手代木の顔があった。
「雪嶋さん……」
手代木の表情が甘い。頬に触れられて、その体温が心地いい。薄い彼の唇が言葉を紡ごうとして開きかけ、舌が覗く。
この唇と舌が自分を苛んだんだと雪人は自覚して、突如最大級の恥ずかしさに襲われた。
「えっ?うわ、寒いっ!」
思わず叫んだ手代木の目の前から、雪人は大量の氷を残して姿を消した。