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社員編、第四話

 目が眩むくらいの陽射しも小休止なのだろうか、久し振りに涼しいので雪人はお昼ご飯を外で食べることにした。

 スチャラカの日本支部で働き出した時から世話になっている弁当屋は、雪人が知る限り何代か代替わりしているが味は昔も今も変わらない。流石に戦時中は店がやっていなくて淋しい思いもしていたが。

「いただきます」

 手を合わせて誰に言わずとも挨拶をして、マイ箸を構える。

 この幕の内弁当は、いかに効率よく全てをまんべんなく食べることが重要ではないかと雪人は常々思っている。

 今日は季節ではないのに鮭が乗っかっていてバランスが悪いなあと思わず眉を寄せる。

 自分の国では食事を必要としない魔物は、人間の世界で人間らしく生きるために食事が必要な身体になる。大抵のものは面倒くさがるが雪人は楽しんでいた。もっとも、自分で料理をするとかの楽しみまでは百年経ってはいても見い出せてはいない。

「あれ、雪嶋さん」

「手代木さん」

 ここでお昼を摂るつもりだったのだろう、手代木が弁当が入っていると見られる巾着を片手にして近付いてきた。雪人はそっと席を詰める。

「雪嶋さん、幸寿幕の内なんて豪華な昼食ですね。俺なんて手作りですよ」

 弁当を広げる手代木の手元のものは、豪華な幕の内も色褪せるくらい色鮮やかなおかずがいっぱい詰まっていた。

 手代木は独り暮らしだと言っていたので自分で作ったということになるだろうが、一般男子というよりかなり女子力の高い弁当だったのできっと彼女が作ったのだろうと思った。

 最初の時とは違い、彼女が出来たのだろう。蘭林にも靡かなかった手代木の彼女だからきっと美女に違いない。そう思った雪人は、何故か胸がちくんと淋しい痛みを訴えたのでふと摩ってみた。

「どうしたんだろう?」

「食べないんですか?」

「あ、食べます」

 二人でもそもそと食事を採っていると、沈黙が落ちてきて何だか落ち着かない。普段のんびりしている雪人が思うのだから手代木はもっと落ち着かなかったのだろう、急にがっついて食べたと思うと持参していたお茶を一気飲みして、その様子を驚いて見ている雪人を真っ直ぐ見据えた。

 初めて会った時と同じ、真黒な目は今日は何処か熱を孕んでいるように雪人には見えた。

「あの、雪嶋さん。……率直に訊くんですけど好きな人って、いますか」

「好きな人、ですか」

 真剣に訊かれて、雪人も真剣に考えた。

 これまでの経験で好きになった人間はおろか同族もいない。それに、雪人は恋愛という形がなく何処か不安定で、持ち主を狂わせてしまうある意味で魔物より怖い存在をあまり好んではいなかった。それは、自分の母親である先代の王、女王のことが一因しているがそれを手代木に言うわけにはいかなかった。

 言葉を探している雪人に痺れを切らしたのか、手代木は視線を落として手元を見詰め口を開いた。

「好きな人がいるんです」

 その言葉に、雪人は何故か心が揺れた。

「笑われるかも知れないんですけど、一目惚れって言うやつなんです。道で、見かけて」

 どうやら恋の相談らしい。一体いつの間に手代木はここまで自分に心を開いてくれていたのかと雪人は不思議に思ったが、信頼してくれているのだと思って傾聴することにした。

 でも、これまた原因は不明だが胸がざわめき出した。

「見かけた時に何か接点を作らなきゃって思って慌てちゃって、思わず声をかけたんです。自分でも白々しい感じだったんで不審に思われてたらって、今思うと怖いんですけど」

 手代木に声をかけられたら、大抵の女性はにこやかに応じてくれるだろう。何も思うところがなかった雪人ですら、その魅惑的な瞳に魅せられそうな心境に陥った。

「その人、とっても美しい人で、でもそれだけじゃなくて喋ってみるとのんびりしているところや可愛らしいなって思うところもあるんです。謝ってる時とか、なんかにやけちゃうくらい可愛く見えてどうしようもないんです」

 本気ではなかったとはいえ、あの百戦錬磨の蘭林を前にしても動じなかった手代木がにやけるくらいの女性の想像が出来ない。芸能人を想像してみても彼が好みそうなタイプを想像するには雪人にはデータが不足していた。

「その人、好きな人はいないみたいなんです」

「じゃあ告白してみるんですか?」

「……え、あの……、まあ……」

 雪人の当然のような問いに手代木は呆然としているようだった。

「でも、その人、凄く仲がいい人がいるみたいなんですよ……」

「ライバルと言うわけですか」

「……まあ、そうですね……」

「これは昔読んだ小説の受け売りになりますが、そういう時はひたすら自分の存在をアピールして押すべしとありました。ライバルに差をつけるんです」

「結構アピールしてるつもりなんですけど……」

「でも、その人は気付いていないんでしょ?手代木さんは見かけによらず奥手なんですね」

「そうですか……」

 溜息をついた手代木はちびちびお茶を飲み出した。

「あの、雪嶋さん」

「なんでしょう」

「雪嶋さんは恋人がいる人間を好きになったりしますか」

「なりませんね。浮気と言うことでしょ。子供っぽいと言われると思いますが僕はそういう不純なものが大嫌いです」

 雪人が断言すると、手代木は少し元気になったように笑って見せた。

「なんか、未だ頑張れそうです」

「お互い、午後の仕事はきついですよね」

「……雪嶋さんって物凄い天然なんですね」

「天然?」

「いや、新たな一面を見れて嬉しいです」

「そうですか」

 何のことだろうと小首を傾げていると、「雪嶋さん!」

「智くん」

 通りかかって声をかけてきたらしい智と視線がぶつかる。

「もう直ぐお昼終わりますよ?一緒に行きません?」

「え、もうそんな時間なの。……手代木さん、済みません」

「気にしないでください。一緒にお昼が出来て嬉しかったです」

 笑いかける手代木に笑みを返して雪人は弁当をしまった。

「あら~、僕ってお邪魔でした?」

「え?全然。手代木さんのお話も終わっていたところだったよ」

「いやいや、あの人は未だ雪嶋さんと一緒にいたかった感じですよ、あれは」

「そうかな。彼女からの手作り弁当をあんなに一気に食べちゃったから暇だったのかもね」

 雪人が納得していると「雪嶋さんって可愛いですよね」

 智が苦笑するので何のことかさっぱり解らない。

「雪嶋さん、その様子だと未だ告白されてないみたいですね」

「だれに?」

「手代木さんに」

 雪人はますます訳が分からなくなった。

「手代木さんには彼女がいるよ?今日ね、凄い豪華なお弁当だったんだから。あれは手作りだった」

「……マジですか?」

 確信を持って伝えると智は信じられないと言いたげな表情になった。それこそが雪人には信じられない。手代木ほどカッコいい男なら当然モテるだろうに。

 しかし、とまたもや解らないことが起きた。

「彼女がいるのに、好きな人がいるってどういうことだろう……」

 恋の相談の時は胸がざわついて深く考えなかったが、思えば手代木の考えが解らない。

 彼女はイコール好きな人ではないのだろうか。

「智くん、社長のこと好きだよね?好きだから恋人なんだよね?普通そうだよね」

「い、いきなりなんですか。……そうですよ」

「だよねえ……」

 手代木は今の彼女から心が移っているのだろうか。一目惚れした彼女に盲目になって、今の彼女を捨てるのだろうか。

「・・・・・・」

 雪人は心が寒くなるのを感じた。

 手代木の相談に体調が変化したような、くすぐったいものではない。深く深く、胸の中にしまい込んだドス黒い感情で掻き乱されそうになる。

「人間ってみんなそんな感じなのかな……」

 一番最初に会った人間のことを思い出した。忘れもしない、簡単に心変りをしたあの男。

 手代木とは似ても似つかないが、彼がそうだったらと思うと心が荒みそうになった。

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