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社員編、第三話

「……これは、氷が基盤まで入っちゃってますね。でもどうしたらこんなところまで水が入るんだろう。そもそも凍ってるってなんでだろうな」

「済みません済みません、済みません」

「どうして雪嶋さんが謝るんですか?」

「済みません」

 ひたすら頭を下げる雪人に、手代木が苦笑する。

 先ほど連絡を入れて直ぐに来てくれた手代木は早速動かなくなった電化製品の裏蓋を開けて言ったのが今のことになる。

 実は近江と遠藤のキスシーンを見てしまい、恥ずかしくなって魔力を暴走させて電化製品を氷結させたとは、言えない。

 しかもキスシーンと言ってもただ頬に唇をくっつける外国で言えば単なる挨拶程度のものだった。自身も外国での生活経験がある癖に長く日本にいるからか、すっかり日本ナイズされてしまいそういう光景だけでも雪人にとっては恥ずかしく見えてしまう。

「あの、クーラーも壊れてしまっていて。暑いですよね。冷たい飲み物持ってきます」

「済みません。有難う御座います」

 手代木は修理できるものと買い替えが必要なものをリストに書き上げて簡単な書類を作っている。

「今日は皆さんいないんですね」

「あ、そうなんですよ。みんな仕事で」

 智は大学、他の社員は取り立て。社長の神坂は本業で魔物の世界まで行っているし、蘭林に至っては昨日引っ掻けた男といるから今日は出社しないと言う。

「失礼かも知れませんけど、金融会社さんで独りきりの留守番って怖くないですか」

 手代木が心配そうに言うので、雪人は優しい人だなあと感心してしまった。

「怖くないって言ったら嘘になりますけど、僕でも処理できますから大丈夫ですよ」

 この会社は何度となく殴り込みや強盗などの犯罪者が入ってきたことがある。しかし一度も命はおろか金品、備品すら盗られたことはない。もちろん怪我人もいない。

 何せ、やってくる犯罪者がどんなに凶悪だろうと人間に過ぎないからだ。魔物が本性である社員がかかれば赤子の手をひねるよりも簡単に危機は去る。

 しかし智を雇った当初、彼がいる時に強盗が入った時にはえらい惨事が起きた。と言っても社員側ではなく、本来は加害者になるだろう人間側に。智の貞操の危機だと勘違いしてブチ切れした神坂がとんでもないことをしたのだ。

 そのことを思い出してふと唇に笑みを載せた雪人を見て、「雪嶋さんって案外強い人なんですか?」

 手代木が好奇心を覗かせてくる。

「いえ、僕はご覧の通り非力ですよ」

 長袖でも解るくらいの細い腕を少し恥ずかしそうに雪人が示すと、手代木がどれどれを優しく掴んだ。

「おー、細いですね。女の人って程ではないけど」

「でしょ。手代木さんはしっかりしていて羨ましいくらいです。何かスポーツをやっていたんですか?」

「大学でテニスをしていたんです。サークル程度だったんですけど、割としっかり扱かれました」

「僕は運動は全然出来なくて。夏は外に出るのも嫌なんですよ」

 外見通りだろうと雪人は苦笑する。

 手代木みたいな恵まれた体躯の男性はさほどいないと思うが、それにしても普通の成人男性にしては雪人は痩身で色も白い。しかしそれが変に気持ち悪く見えたりしないのは、雪人の容姿が日本人と言うよりは欧州人のようにやや彫りが深い顔立ちをしているのと、雰囲気が清廉だからだった。

「日本の夏は暑いから仕方がないですよ。雪嶋さんは外国の方なんですよね」

 さらっとそう訊かれるのも初めてではないので雪人は頷いた。元より雪人は灰色に近い銀髪と寒い日の空のような蒼い瞳をしているのでどんなに頑張ろうとも日本人には見えない。

「名前は日本人なんですけど寒い国の出身なんです。この国より、ずっと寒い」

 雪人の国には日本のような四季はない。天気はあるのだが、大抵雪が降っている。国の天気は雪人の心と直結していて、雪が降っている時が通常営業なのだ。

「寒い国ですか。俺は北海道出身なんで寒さには強いんですよ」

 書類に目を通して社長席に置いた雪人は手代木の労にお茶で持て成した。

「雪嶋さんは雪人さんって言うんですよね。なんか正に雪って感じですね」

「ですね。社長は狙ってますから」

「神坂社長がどうかしたんですか」

「え、あ……いや、社長と同じことを言っているなって」

 社員たちの名前とあだ名は神坂が決めている。苗字名前ともに改名できるわけではあるまいし、雪人は誤魔化しを打った。

「初めてここの社員の方を見た時は本当にビックリしました。みんな美男美女で」

 手代木も深くは追及せずに話を切り返す。

「でも、これだけ美形が揃ってると色んな意味で有名な店になりそうですけど、人だかりとか出来ないものなんですね」

「金融会社ってみんなこんな感じですよ」

「そうですか。うちのお得意先にも美形揃えましたって言う感じのちょっとアレな職業のお店があるんですけど、そこは迷惑って言うくらい人だかりが出来てますよ」

 幸寿地区は、いわゆる歓楽街になっている。スチャラカは中心地からは離れているがやや特殊な職業の店も近くにはある。顔で売る店も確かに存在しているのだろう。

「でも、俺が見た中では雪嶋さんが一番だな」

「なにがですか?」

「雪嶋さんが一番美人だと思います」

「・・・・・・」

「あ、別に女っぽいとかそういう意味じゃなくて、純粋に美しい人だなって。美しいって一言で言っちゃうとそれまでなんですけど、なんか幻想的な感じがして。色が白いせいか、人形みたいにさめざめするような、美貌?って言うか。上手く言えないけど、雪嶋さんを見ていると、素直に美しいってこういうことだなっていつまでも見ていたいなって思えてきて」

 焦っている手代木を見て、雪人は何だか変だなあと思った。

 何処の国にいても、自分の国にいてさえ雪人は外見で賞賛を受ける。人間から見ても、魔物から見ても彼の容姿は超一級と言えるからだ。

 自分のしていることにあまり自信がなく、褒められることに慣れていない控え目な王様である雪人でも外見に関しては程々に慣れてはいた。

 しかし、「……ゆ、雪嶋さん……?」

 手代木に言われると頬がじわじわと熱くなってくるのを感じてどうしようもない。指先がじんわり痺れるような、こそばゆい感覚に囚われてしまう。恥ずかしさがあるのにいつものように顔を隠すことも出来ない。

「あ、あれ?なんか寒い……」

 急激に室温が下がってきたのに気付いて手代木が半袖から覗いている自身の腕を摩る。

 雪人はそれに気付かず、呆けっとしたまま室温を下げ続けた。見る見るうちに床に霜が降りる。

 手代木はまさか雪人が温度を下げているとは思わず、ひたすら不思議そうにしている。くしゃみをしかけた時、「お・ゆ・き!」

「あだっ!」

 後頭部を俄かに衝撃が襲って雪人は我に返った。部屋の氷結は免れる。

「お前、大丈夫か?ここのところ不調じゃないか。熱でもあるんじゃないだろうな」

「熱はないですよ」

 むしろ雪人に熱があったら溶けて消滅する。

 自分でも訳の分からないことだったと雪人が不思議がっていると、神坂が彼の額に手をあてた。

「うん、俺の方が熱い」

「当たり前じゃないですか」

 帰ってくるなりチョップして更に病気を疑うなどと、あんまりだと雪人が呆れていると「……神坂社長と仲がいいですね」

 手代木が少し低く小さい声で言うので、話の途中だったなと思い出した。

「社長はイジメるのが好きなだけなんです」

 ジンジンする後頭部を押さえて神坂を見ている雪人に「好きな子ほどイジメたくなるのって男のサガですよ」

 手代木は苦笑する。

「人間って面白いですね。手代木さんもですか?」

「いえ、俺はうんと優しくしたり甘やかしたい方なんです」

「そうなんですか」

「二人なら、もう大丈夫ですよね。じゃあそろそろ行きます。お茶、美味しかったです」

 行儀よく去っていく手代木を見送っていた雪人の背後で「確かに好きな子には優しくしてるよな」

 不器用だし、ちょっと嫉妬深いけどな、と神坂は密かに笑いを堪えていた。

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