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社員編、第一話

 人間はいつだってお金に困っている。

 と、言うのは「金融会社スチャラカぱらだいす」にて、人事を行っている雪嶋雪人ユキシマユキトの率直な感想だった。

 働いていてもう百年になるが、何処の国の何処の支店にいても、お金を借りに来る人間と言うのは後を絶たない。

 お金と言うものはそんなに魅力的なのか。

 彼はふと考えて、物々交換が盛んではなくなって久しくなった人間社会ではやはり、必要なものなのだろうと納得していた。

 さて、お気付きかも知れないが、雪人は「百年も」、勤労しているので、人間としての寿命は現時点で既に終わっていてもおかしくはない。

 しかし、彼の見た目は二十代後半の青年期のもの。決して若作りしているわけではなく、彼の成長はそこで止まっているのだ。

 結論から言うと、人間に時々白い目を向けてしまう雪人は人間ではない。

 一言で言うと、魔物。更に付け加えると、雪などの冬に因んだ「雪男」なのである。厳密に言えば、彼は「冬の王」というかなり畏まった地位にいるのだが、「お雪!お前、この件におうめを行かせるなって言っておいただろうがっ!」

「ご、御免なさいっ!ひ、ひひ人手が足りなかったんです!」

 他の社員に己の領分である人事について文句を言われて、怯えながら両手を合わせ、椅子に正座してペコペコと謝ってしまうくらい気が弱い性分だった。

「おうめが無事に帰ってこなかったら、お前、溶かすからな」

「ひぃぃぃいいいい!そ、それだけはご勘弁を!」

 おうめ、こと近江近衛オウミコノエを心底心配し、雪人を脅しているのは遠藤円エンドウマドカという社員なのだが、彼もまた、人間ではなく魔物だった。彼は太古の人間と魔力を持った狼の異種カップルから生まれた人狼の末裔である。

 因みに近江は吸血鬼だったりする。

「まあまあ、エンちゃん。お雪が溶けたら今年は雪が降らないかも知れないから。智が雪を見たそうにしてたからそれ、困るから」

 社員の命より恋人の期待を裏切らせないために遠藤を制するのは、社長の神坂築カミサカキズク。彼は死神で、一応「神」がついているが、死に対して触れ過ぎている一族だからか、神々には嫌われているので魔物と言う分類にされている。

 遠藤が雪人を睨みつけながら客用の椅子に腰を下ろすと、受付にいた蘭林香ランバヤシカオリがそつなくお茶を出した。

 社員用の徳用を煎れるあたりは出来た受付だが、隙を見ては遠藤や他の男性社員を誘惑しようと流し目を送るあたりは、流石に性に奔放な蝶の魔物というところだろうか。

「遅くなりました!」

「いらっしゃい、智」

 雪人が未だにビクビクしていると、勢いよく自動ドアが開いて、ラフな格好をした少年が入ってきた。

 顔が史上最強に童顔で、そのうえ背も平均以下なのでともすれば中学生に見られるくらいだが、慌てて席につく鷺沼智サギヌマサトルは現在立派に有名大学に通っている大学生。

「可愛い智は焦っていても可愛いね。また惚れ直すよ」

「……あほが」

 神坂がうっとり呟いたのに反応して頬を染めた智の担当は経理。彼は高校生の時に「黒い名刺」を拾ってしまったのが縁でこの会社のアルバイトになり、紆余曲折を経て神坂の恋人になってしまった、かなり可哀想な、この会社では唯一の人間だった。

 神坂と智の馴れ初めは後々語るとして、今回の主人公である雪人は未だ震えている指でパソコンを操作して、一週間先の人事を組んでいた。

「社長、御厨さんが未だ九州から帰ってきてないので明日は無理ですよね」

 最年長の御厨剣ミクリヤツルギが、「俺に任せておけ」

 大見得を切って不良債務者に独りで立ち向かっていって既に三日。連絡がつかないのはいつものことと思ってあきらめているが、今後の予定のことを考えると頭が痛い問題だった。

 雪人が問いかけると、神坂はん~っと背の筋肉を解しているようにしながら「みくりんなら当分帰ってこないんじゃないかな。俺がついでにあっちの方も頼んじゃったから長引いてるみたい」

「………何体分ですか」

「確か十体かな」

 多分、それだけではない気がする。雪人は溜息をついて御厨を取り立てのローテーションから外した。

 金融会社を営んではいるが、本業は金貸しではない。魔物に大変重宝されていて、人間には出来ない仕事を本業としている。

 だからと言って桃色系の「そっち系」ではなく、むしろ赤信号的な「そっち系」。命にかかわるものだ。

 魔物の世界にいる間は、魔物の命にはほぼ限りがない。しかし、人間の世界では勝手が違う。不用意に死ぬことがあるし、パーツを失うこともある。

 スチャラカでは、魔物が失った「人間としての命やパーツ」を生前に積まれた金と言う「保険」に似合った分だけ復元させることを本業としている。

 保険会社の凄い版ですね、と智は凄まじく適応能力のある括り方をしていた。雪人が思うに、こういう智だからこそ、神坂は彼を男性にも拘らず半ば強制的に恋人にしたのだ。見た目こそ侮ってしまうくらい童顔で可愛らしい智だが、普通の人間にはないものがたくさんあった。

「みくりんが駄目だからっておうめと俺に回すなよ。明日は絶対に有給だからな」

「……う。他の人も帰ってこられるかどうか。だ、駄目ですかっ?」

「駄目に決まってるだろ!何か月前から申請してたと思ってるんだ!明日は向こうに帰って付き合って五十年目の記念デートをするつもりなんだからな!」

「解りました……」

 近江と遠藤は生まれた時から御家の都合とやらで一緒にいる間柄で、それが縁で付き合っている。

 魔物でも気位が高い吸血鬼の一族で近江は特別な立場で、魔物の中ではあまり歓迎されていない獣の血が入っている遠藤とは付き合うにあたってはいろいろあったらしい。

「最近さ、あいつ、自分にも子供が出来たらきっと俺に似た可愛い子供を産めるのにってベッドの中で可愛いこと言って困らせてくるんだ。困ること言うのに可愛いっつうのは最強だよな」

「・・・・・・」

「智、男同士で子供が産めるならどんな子供がいいかな」

「あんたは実体化させそうで怖い」

「社長、そういう案は言わなくていいですよ。あいつがやってくれって言ったら、俺はノーとは言えないし。かと言って、あいつが俺に似た子供を構って俺のこと構ってくれないとすっげえムカつくし!」

「・・・・・・」

 白昼の社内でする会話ではない。

 雪人は更に溜息をついてお茶を飲んだ。人間にとっては十分なくらい冷めているが、彼には少し熱い。

「あ、そうだ。お雪」

「はい?」

 智の安全のためにと勉強し出して、遂に趣味になってしまったらしいBLのドラマCDを聴きながら神坂は、「明日はここにお客さんが来るから、お前は自腹でお茶とお茶請けを買っておけ」

 平然と経費では落ちない宣言をした。

「どうして自腹なんですか」

「お前が一番被害を出しているからだ。これについては全社員で見解が一致している。無駄金を出すと智が文句を言って相手をしてくれなくなるから、俺としてはお前を容赦なく切り捨てることにした」

「被害?」

 社の無駄を智が嫌うのは解るし、神坂が恋人至上主義で社員を切り捨てるのはいつものことだ。

 雪人も気にしていないが、自分が一番被害を出すとは一体何なのだろうか。

 小首を傾げても思い当る節がない。

「社長、僕はあれは雪嶋さんのせいじゃないと思うんですけど」

「智。時には現実を見ろと厳しく言わないといけない。魔物でも人間社会に生きる社会人として、無自覚でいいことと悪いことがある」

 もっともらしいことを言った神坂はヘッドホンのコンセントを外して音量を上げた。

【あんっ、いいっ!もっと、もっと奥を突いて!あなたのその立派な×××で!】

「キャアああああ!」

 智がペンを神坂の顔面に投げつけ、雪人はおよそ男性らしからぬ女子力のある悲鳴をあげた。

 その瞬間、雪人の周りに突如氷の膜が現れ、更に室内を氷で覆っていった。あっという間に電化製品がぶっ壊れる。

「明日来るのは修理業者だ。このあたりの担当者が代わるらしい。つまり、そういうことだ」

 この会社の電化製品はほぼ防水だが、凍ってしまっては意味がない。毎回買い替えるのでお茶やお茶請けくらいは省きたいと。

 智がくしゃみをしたのを見て、神坂は苦い顔をして彼にコートを着せる。因みに真夏だ。

 雪人は恥ずかしそうに氷の中で縮こまった。

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