3.オレは走る
復習:傭兵団に強制入隊
傭兵団「赤い牙」は現在ガルア帝国とメギラ国の国境線へ向けて進んでいた。
あと一週間も移動すれば、到着する見通しらしい。ほとんどの移動は馬である。ラエルの馬だけはどう見ても馬でなかった。
モンチに聞いてみると、
「あれは、グスタフっていう魔物の一種だ。自分の認めた者しか背中には乗せないらしいがそもそも魔物に乗るって時点で姉さんが規格外な存在だぜ・・・。馬の倍は体力あるし、戦闘になったら矢や魔法を数発食らっても問題なく走る、はっきり言っておかしいぜ。あれも、あれを手懐ける方も」
との便だ。
スバルはというと兎に角荷物を担いで、走っていた。
足の怪我は魔術師であるミューセミューセに治癒魔術を掛けてもらえたことでかなり良くなった。元々然程深い傷ではなかったようだ。しかし、目の前でみるみる傷がふさがっていく光景は若干気持ち悪かった。
移動は馬だといっても数には限りがある。スバルを加えて12人となった傭兵団に馬は9頭。ラエルの駆るグスタフを含めても10頭だ。勿論スバルの乗る場所なんてものは存在しない。簡易な荷馬車は1つあるが、テントや荷物を載せているため人の乗れるスペースは無い。
従って、スバルは必然的に荷物を担いで走ることになる。
荷物を運んでいる馬車一台と併走して走るので、速度的にはまだなんとかなるが問題は距離である。日の出と共に出発し、昼まで休憩は無い、午後は早めに野営の準備に入るので約6時間ほど走り続ける。
正直、キツイきつすぎる。
しかしこの傭兵団に成り行きとは言え入れてもらえたことで、飯がもらえないということは無い。荷物持ちでもなんでもやって、まずはこの世界で生きるすべを身につけなくてはいけない。
身寄りも、知り合いも、誰もいない世界で生きていくことは非常に厳しい。
物語の主人公のようにチート能力があるわけでもなく、ただ剣を振るっていただけのスバルには生きるすべが今はない。
それに馬に乗らずに走っているのはスバルだけではない。
スバルの前に赤い牙に入団?した獣人の少年もまだ馬を所持していらず、荷物を抱えて走っている。あとは体が大きすぎて馬に乗れない人族のゲンだった。
獣人の少年は、ギンというらしい。銀色の髪というかやや灰がかった髪の色をしていて、耳が狼のように尖っている。おそらくは狼が元になっている種族の出なのだろう。走るのは得意なようで、スバルよりも余裕な表情で走っている。
年齢もさほど変わらないように見え、スバルとしてもささやかなライバル心が生まれる。
日本にいた時は同世代に同等の体力を持っていた人はおらず、張り合いがなかったがこの世界では皆日本に比べ圧倒的に身体能力が高いみたいだ。
さりげなくペースをあげるギンに対し、対抗するようにスバルもペースをあげる。
するとギンも負けじとペースをあげる。
スバルも対抗してペースを上げていく。
「「ぐぬぬぬぬぬぬ・・・・」」
「主ら、そんなに飛ばしたら昼まで持たぬぞ・・・」
ゲンに心配されたとおりスバルは途中で大幅にペースを落とすハメになり、ギンに馬鹿にされた。
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「人族にしては頑張るじゃねーか。ズルもしねーしな」
「そっちもすごい体力してるな…。」
「なぁ、スバルはなんで赤い牙に入ったんだ?」
昼食の休憩時に隣で飯を食っていたギンが聞いてきた。
「なんで…って言われても。俺には選択肢が他になかったとしか言えないです…。」
「なんでぇ、つまんない奴だな!あとそのコトバ使いやめろ。うちでそんなかしこまった言い方する奴なんていねーからな」
「わかったよ。じゃぁ、ギンはどうして赤い牙に入ったんだ?」
「オレか!?俺は赤い牙に憧れて入ったんよ!元々村を冒険者になるって言って飛び出してきたんよ。腕っ節も強かったし、なんとかなると思ってたんだけどよあんまり稼げなくてな…」
ギンはどうやら冒険者の依頼の中であった傭兵のような仕事の時に赤い牙に出会ったらしい。その時に赤い牙のメンバーの一人に助けられたことから入団することになったらしい。
「その憧れた相手って?」
「そりゃ、勿論ネーさんに決まってんじゃねーか!!!」
ギンもどうやらラエル信者の一人のようだ。
こうやってラエルに惹かれていった者たちが集まった集団が「赤い牙」なのだろう。ギンは入団してそろそろ一年になるらしい。
「なぁ、あのラエルって女はどんな人なんだ?」
「ネェさんか…。簡単にいうのは難しいな。すごく強くて、カッケーんだ。スバルもネエさんが戦うところ見れば惚れるんじゃねーか!」
そもそもこの世界での戦い方というものを未だに見たことがない。移動していればいずれ魔物と出会うこともあるだろうが、今は街道を走っているだけなので滅多に遭遇しないらしい。少しでも森に踏み込めば魔物の住む場所へと変貌するらしい。
「まっ、あとちょっとしたら嫌でも見ることになるんじゃねーか?スバルも戦場じゃ役に立てないだろうけど、初陣は死なないことが大事って俺は教わったぜ!」
初陣―――それはつまり、今向かっている先は戦場。勿論戦争になれば戦うことになるのだろう。
最強を求めたスバルは心の底で――――心が踊った。
自分の求めていた最強を証明するにはやはり戦いが必要なのではないか?この世界ならばそれが実現できるのではないか?さらに自分よりも強い者たちがいるとわかっている以上、まだまだ強くなる余地はあるはずだ。己の歪んだ欲望が少しずつ明確な形になっていくのをスバルは感じた。
ギンと話した後は昼食を食べ、少しゆったりとした時間を過ごした。
とは言っても野営の準備を行い、各自の装備の点検や訓練の時間であるらしい。スバルはモンチに誘われて少し休むことにした。
暇つぶしにとモンチの持ってきた物はトランプだった。絵柄は日本のものとは異なったが基本的な数字やマークは同様だった。この世界にも似たようなものが存在したようだ。
「オレはこういったゲームがうちで一番強いんだ!スバルにもそれを教えといてやろうと思ってな。負けても恨むんじゃないぜ!」
七並べ、ババ抜き、ポーカー様々なゲームを試したがモンチはどれも弱かった。
スバルが強すぎただけなのか、この傭兵団に脳筋ばかりが揃っていたのかわからないが、兎に角モンチに対する勝率は100%だった。
「べ、別に本気出したら可哀想とか思っただけだぜ!ホントだぜ!嘘だと思うならもうひと勝負だぜ!!次は晩飯をかけてもいい」
勿論次のゲームもモンチは負けた。晩飯はいつもの倍の量が食べられた。