2.赤い牙
前回の復習:猪をやっつけた。朱い髪の女に助けられた。
凶暴な猪をなんとか撃退した後に、朱色の髪をした女にスバルは助けられた。
足を怪我したこと、猪との戦闘による疲労から倒れてしまったようで、気がつくと知らない天井だった。
「―――きたねぇ天井だ」
目覚めて最初の言葉がそれだった。
使い古されたテントのようで、大きさとしては大人が二人も入れば十分程度だろうか。
スバルが寝かされている位置の周りにはくたびれた革鎧や、無骨な西洋剣が転がっていた。
「お、起きたか!シニガミ!」
物音がしたから見回りのものが来たのか、テントに男が一人入ってきた。
ひと言で表現するのならサル顔だった。
日本人もよくイエローモンキーと揶揄されるが、この男は本当に猿のような顔をしている。服装はRPGで言うところの盗賊のような格好をしていた。身軽さが売りのような雰囲気がある。
「シニガミって・・・」
「あぁ、すまねえな。ここいらじゃ黒髪の人族はあんまし見ねぇんだよ。帝国にいる黒髪の人間が死神って言われてるらしいから俺らもお前のことは「シニガミ」って呼んでんだ。気に障ったなら別の呼び方にしてやろうか?―――ってもな、ネェさんがシニガミって呼び名気に入っちまってるから変えてもらうなら自分で言えよ」
サル顔の男は気安いタイプのようだ。
「あの…俺はスバルって言います。助けてもらってありがとうございます。ここがどこだかわからないんですが、あと名前教えてもらってもいいですか?」
「おお!すまねすまね、俺ばっかり話しちまってるな!おらーモンチだ。まぁ、今表に全員揃ってるだろうから歩けるようなら皆に紹介するぜ」
皆に紹介と聞いて、何のことだかわからなかったが痛む足を軽く引きずりながら歩き外に出ると一目でわかった。
ここは野営地だ。
小型のテントがいくつか立ち並び、近くには馬が数頭繋がれている。
テントに囲まれた中央には小さなスペースが存在した。
その場には10人ほどの人が集まっており、食事時なのだろう。皆が集まり食事をしていた。
モンチが声を掛けると皆こちらに目線を向ける。
目線のどれもが、スバルの見てきた目と何かが違った。
誰もが1つ2つどころではない死線を掻い潜ってきたモノを感じた。
まるで猛獣の巣の中に紛れ込んでしまったかのようだ。
その中でも取り分け目立つのが中央に陣取る女。朱色の髪をした女。
スバルを助けたあの女だ。
「おーやっと起きたか小僧!あと一日起きんのが遅かったら森に置き捨ててくところだったぜ。命拾いしたなカッカ!」
大きく笑うと手元に持っていたボトルを煽る。おそらくは酒だろう。
「あの、助けてもらってあと治療もしていただきありがとうございます」
「ハッ!助けたって言っても私はせいぜいお前を担いできてやっただけだ。それに久々にワクワクするもん見れたからそれの礼だ!あとはお前が案外かわいい顔してたから食べちまおうかと思ってな」
「―――え?」
「何驚いた顔してんだ小僧。あのままあそこで寝てたら魔物の餌一直線に決まってるじゃねーか。魔物に食べられるか私に食べられるか選ぶならどう考えても私に決まってんだろ」
「え…えええええええ」
スバルはあっけに取られて何も返事ができない。というかこの人は何を言ってるんだ。食べるってあれだよな。性的にだよな?体を実際に焼いて食べるとかそういうのじゃないよな?
「姉さん、あんまり弄るのは可哀想だぜ。そこらへんにしてやらないとシニガミも困っちゃうぜ。あとあんまり時間も無いんじゃないか?」
「ふむ…まぁいい。サル、シニガミ、こっちきて飯を食え。さっさと作戦を決めるぞ」
スバルは完全に置いてきぼりを食らいつつも、食事を目にした途端自身の恐ろしい程の空腹に気がついた。
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自己紹介やら何やら全て忘れ、兎に角目の前にある食事に貪りついた。味はお世辞にも美味しいものではなかったが、腹が満たされるだけで幸せを感じた。スバルが無邪気に飯を食べる姿を見せたせいか周りからの目線は少し和らいだ物になったようにも感じる。
腹越しらえをしながら、話を聞く。
「私はラエル=スラースエル。この傭兵団【赤い牙】《レッドファング》の頭をやってる。お前を拾ったのは私の気まぐれだ。この傭兵団にいるのは大体がそんな連中ばっかりだ。木の枝一本で魔物を倒すバカなんて初めて見たから気に入った!シニガミお前うちに入れ」
ラエルと名乗った朱髪の女はあっけらかんに言うとカッカと嗤う。まるで獲物を見つけた猛獣だ。
スバルは答えも曖昧にしたまま乾いたように笑うしかない。
他にも赤い牙に所属する者たちから紹介を受ける。モンチはサル顔だと思っていたが獣人らしい。獣人ということにスバルが驚いていることに皆驚いていたが、この世界では当たり前に存在するのだろう。
他にも毛むくじゃらな熊みたいな男(こちらは人族らしい)ゲン、や魔族であるというミューセミューセ、女剣士や傭兵崩れなど総勢11人。
スバルも自己紹介をしたが、取り留めもないものになった。違う世界から来たと言ったら皆爆笑をしていた。なんでもこの世界では頭の可笑しくなった人間がいうセリフのテンプレらしい。
誰も信用してくれず、結局スバルはどこかの国から逃げ出してきて行き倒れた設定に受けいられてしまった。
現在スバルのいる場所はどうやら国境線付近入り混じっていて、紛争地域と言って間違いないようだ。国元から逃げ出す者もあとがたたないらしい。そんな一人に間違われてしまったようだ。今後違う世界からやってきたとは言わないようにしようとスバルは己の心に誓った。なにせ傭兵団のメンバーはそれはそれは大層にスバルのことを笑ったからである。しかし皆に溶け込むには良かったかもしれないと思い切り替えることにした。