1.異世界漂流
前回の復習:へんな文様にはまって、異世界に来てしまった。
謎の文様に引きずり込まれ、スバルは一瞬のブラックアウトを感じると直ぐさま景色は一変した。
眩しい光に照らされ、目を腕で庇う。
腕をどかした先にあったのは視界全てに広がる草原であった。
秋口とは思えないような心地よい暖かさ。頬を撫でる風はどこか夏の匂いを感じる。日本であるならばこのように気温の高い日は湿度も高くて過ごしにくいのだが、空気が乾燥しているのかカラッと感じる分不快感は少ない。
先程まで教室にいたはずなのに、気がついたときにはどこだかわからない草原にいることがスバルには信じられずについつい呆然としてしまう。
「・・・・・・ここは、いったい・・・?」
そんな言葉を零してしまうのも仕方ないことだろう。
見渡す限り草原。夢であると言ったほうが納得できるというものだ。夢にしては感覚も触覚もクリア過ぎるのだけれども。試しに自身の頬をつねったり、頭を叩いたりしてみるが痛みは普段感じるものと何ら変わらない。
正直このような確認方法はあまり意味ないとは思いつつもやってしまうのが人間の修正なのか?様式美なのかわからないが一応やっておいた。
少し時間が経ったことで落ち着いたのか、スバルは少し周囲を探索することを決めた。
草原と一言に言ってもただ単に草原のみあるわけではない。
ある一定の距離離れたところには森や林があり、背の高い草や岩などはそこらじゅうに点在する。
もしかすると誰か人に会えるかもしれない。
ある岩場を通り過ぎたときふと殺気を感じた。
別に殺気を知っているわけではない。しかし剣道の試合の時、希にこちらを本当に殺すつもりで向かってくる者が放つ気のようなモノを感じた。
それは猪だった。
本物の猪を生で見たことは一度もない。
しかしスバルの知っている猪とは明らかに形状、姿かたちが違うことだけは一目で理解した。
まず初めに角が異常に長い。更には体の筋肉が張り裂けんばかりに発達し、目元は紫色に滲んでいた。まるで何かに侵食されているかのように。
猪との距離は30メートルといったところだ。興奮した猪はスバルを標的に定め、今日の晩御飯認定でもしたところなのだろうか。
地面を試し蹴りするような動作の後、一直線にスバルに向かって走り出した。
確実にスバルに向かって走り出している!
なんとかして逃げなくてはいけない。あの額についている二つの角で腹でも刺されたらおそらくひとたまりもないだろう。しかし、ここの付近は隠れる場所も、逃げ込める場所もほとんどない。
悩むうちに距離をあっという間に詰められてしまう。
どう考えても異常なスピードだ。
とにかく避けることだけを考え、猪を引きつけ左に飛ぶ。
受身やら何やら考えずに跳んだことから体を地面に打ち付けたが、それほど大きな怪我はしなかったようだ。だが、俺を仕留めそこなった猪は通り過ぎるとそのまま旋回してきて再度の追い討ちをかける。
(なんとかしなくちゃ―――――なんとか―――――)
―――完全な丸腰。
服装は一般的な学生服で、特に何かできるものではい。こんな時に竹刀か木刀でも持っていればと思わずにいられない。化物相手に自分の剣道がどれほど通用するのかわからないけれどもだ。
咄嗟に地面に落ちている今にも折れそうな枯れ木を拾う。
その時には猪が目の前まで接近していて、先ほどと同じように横に跳んでかわそうとするが角だけを器用にスバルの方へ向けたのか制服ごとスバルの左足に角が肉を裂く。
「っぅぅぅぅぃいてぇぇぇぇぇ――――――」
ぼたぼたと流れ落ちる血は草原の葉を赤く染める。
幸いにも然程深くは傷つけられていないのか、歩ける。自分の血を見るのは久々だ。ここまでざっくりといったのはガラスで手を切ったとき以来だろうか?
猪はスバルの血を啜って喜んでいるのか、興奮しているのか先ほどよりも遠回りをして方向を転換している。おそらく次の一突きで終わらせるつもりなのだろう。最高速まで加速して俺が避けられないように・・・。
こちらは足を負傷していて、もう存分に回避もできないだろう。
今度の突撃はよけれない。よけれたとしても、同じことを繰り返すだけでスバルの方が体力的に劣るため結果は変わらないだろう。
逃げたとしても同じである。この広い草原地帯では直ぐさま追いつかれ後ろからあの角で一突きされてしまう。
ここは覚悟を決める時だ。
手にした心元ない枝一本に自身の命運を賭ける。
先ほどまで以上に加速してくる猪。
大地を揺らす足音は目を閉じていても、振動で伝わってくる。
怖がるな。怯えるな。―――負ければ死ぬ。
それだけの話だ。
勝てばいい。否、勝たなくてはいけない。何故―――?
―――そんなの決まってる。
「最強になるためだああああああああああああ!!!」
体を中腰にし、左へ動くフェイントをかける。傷ついた右足が悲鳴を上げるが踏ん張り、右へと跳ぶ。
猪はフェイントに釣られて角を左、スバルの体の位置とは反対へを向けている。
するとどうだろう。生物の弱点である目がスバルの正面を向く。
両手で握った小枝を全力で猪の瞳へと突き刺す。猪のスピードも相まってずぶりと突き刺さった。
やったっ!
と思うと同時に猪の体に体当たりされ、地面へと打ち付けられる。
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ッ!ぐはっ!」
背中を強く打ち付けられさらには不運が重なったのか暴れる猪の足が今にもスバルの胴体に当たりそうである。
今にも猪の手足のバタつきが体の上に落ちてきそうだ。
交わさなければ踏み潰される!
――――――ドスッ。
潰されるまで決して目は閉じないと決めていたが、最後の最後で目を閉じてしまった。
しかしながらいつまでもスバルの肉が潰される音は聞こえてこない。
おそるおそる瞳を開けるとそこには矢によって串刺しにされた猪の姿だった。
おびただしく流れ落ちる猪の血は、赤黒くドロドロと流れていた。瞳は矢がいくつも突き刺さり、脳天には一本ずぶりと刺さっている。それでも体は痙攣しているのか数秒に一度程度ビクついている。
一歩でも早く離れようとしたが体がいう事を聞かない。
命をとりとめたというのに、どうして―――。
「――――なかなか面白い余興だったぞ、小僧」
そこには一人の女がいた。
燃えるような赤。
否、朱色の髪。
使い古された装備品はくすみつつもしっかりと手入れがなされている。
馬とは思えないような動物に跨り、手には弓が握られている。
腰にはひと振りの剣。
目つきはまるで獰猛な獣のようだ。
笑った口は獲物をそのまま髪ちぎってしまうのではないかと思える程だ。
どうしてかこの人から目を離せなかった。
この出会いは必然だったのだろうか。
後にスバルに大きく影響を与え、かけがえのない人となる。
その事を知るのはまだまだ先のことだろう。