第6話「やくそくの思い出」
「んんっ…やだ…パパ…」
私はうっすらと涙を浮かべながら、ゆっくりと目を開ける。
…夢だったの?ここは…どこ?
まだぼんやりしたまま、辺りを見回すと先の暗い森の中にいた。
でも周りに先の動物さん達が、もういないのと…先夢の中で感じた大きくて広い背中に私の身体はゆらゆら揺られていたの。
「気が付いたか?」
もしかすると本当にパパかもしれないと期待して、目の前の顔を少し覗き込んでみたの。
そこにあったのは隼人の顔で…私は隼人におんぶされていたんだ。だけど私は隼人だと分かると、少し怖くて目を閉じてしまったの。パパはやっぱり夢だったんだっていうショックもあって…。
「突然お前がいなくなって、皆、心配してる。森の入口に美香を待たせてる。急ぐぞ。ちゃんと掴まってろ」
そう言うと隼人は真っ暗な森の中を器用に急ぎ足で進んで行く。
そっか、私皆には内緒でお家を飛び出しちゃったんだ…。
おねいも、おじさんもおばさんも怒ってるかもしれない…しかもまた迷惑を掛けちゃったよ…。
私はようやく今自分のした事に気付き、ぎゅっと隼人の服の裾を握り締めて涙を堪えた。
「美月、昼間は悪かった…。俺があんな事言ったからなんだろ?」
「え…?」
思ってもいなかった隼人の言葉に私は驚いて顔を上げる。隼人の表情は見えなかったけど、いつものように冷たい感じはなくて、少しうつむいていたような気がする。
「ううん、私もね…私もおねーや、おじちゃんはおばちゃんにいっぱいいっぱいワガママ言って困らせちゃった…。
でもずっと泣いてちゃダメだって、おにいちゃんが言ってくれたから、私もママを探そうって思ったの」
「…そうか」
それ以上隼人は何も言わなかったけど、その言い方は凄く優しげで…この時私は隼人は本当は優しいんだって思って、隼人に対する恐怖心がなくなったの。
だって隼人の背中は凄く温かかったんだもん…。
少しすると、うっすらと出口らしい場所が見えてきて、私の名前を呼ぶおねいの声が聞こえたの。
「みっちゃん!みっちゃんっ!」
「ほら、美香が呼んでるぞ。行ってやれ」
隼人がしゃがんで私をその場に下ろした瞬間、おねいは私の元に駆けて来てパジャマが泥にまみれるのにも構わず私を勢い良く抱き締めたの…。
「みっちゃん…どこに行ってたの?探したんだよ…凄く凄く心配で私…みっちゃんまでいなくなったらって考えたら、怖くて…ぐすっ…」
ママがいなくなってから私を不安にさせないために、ずっと笑顔だったおねいが顔をグシャグシャにして泣いていた。
きっとおねいも凄く不安だったんだ。だけどその不安を言わずに一人で頑張ってたんだね。
「お、おねー…ご、ごめ…なさいっ…ごめんなしゃいぃ…うっ、ママを探そうって…わたし…う、うわぁぁぁん」
おねいに釣られて私も思いっきり声を上げて泣いてしまう。
「もうどこにも行かないで…おねがいっ…」
「うんっ、ずっとおねーといるっ…」
「約束だよ?指切りしようね」
おねいは涙でグシャグシャになった顔で、無理矢理にっこりと笑いながら私の手を取って小指を絡ませる。
「うんっ、やくそく!」
そんなやり取りを横で見ていた隼人は私達の目の高さまでしゃがみこんで、私とおねーの頭を大きな手でくしゃっと撫でた。
「いつまでもここにいたら風邪引くだろ。帰るぞ」
「うん、そうだね、みっちゃん帰ろう」
「うんっ」
私は涙を拭うとおねいの手を握って、空いたもう片方の手をおずおずと隼人に差し出す。
「おにいちゃん、ありがとう…。来てくれて嬉しかったの」
隼人は少しだけフッと笑うと、大きな手で包み込むように優しく私の手を握った。
初めて男の人と手を繋いだ私は少し恥ずかしかったけど、包み込むようなぬくもりに凄く安心してたんだ。
パパが生きてたら、こんな感じなのかなぁって…。
ううん、きっとこの時から私は隼人を好きになったんだ…。