本当の本当に(前編)
「夢?」
「私、最高のメンバーを集めて、最高のバンドを作りたいんです。最高のバンドで大きなステージに立ってみたいんです。」
「…大きなステージって、具体的には?」
――俺、なんでこんなこと聞いてんだよ…
それは、自分でもわからなかった。確かに、なぜ自分をバンドに誘ったのか、それを聞いたのは真音だ。そして、この少女は、夢がある、と答えた。しかし、それだけのはずだ。真音は、たとえ自分がどんな理由で誘われていようとバンドなどやる気はないのだ。だから、桜に夢があったとして、それに関して深入りする理由はない。
それでも、真音は聞いていた。
「えと…そこまでは、まだ。」
桜は申し訳なさそうに答えた。しかし、やがて真っ直ぐに真音を見据えると、言った。
「でも、最高のバンドには、たかなしくんのドラムが必要です!力を貸してくれませんか?」
桜の発する迫力に気圧された真音は、すっかり言葉が出なくなってしまう。沈黙が訪れ、街中にいながら周りの音が遠く聞こえた。すると先程まで薄ら笑いを浮かべながら傍観を続けていた遥斗が、ふと何か思いついたように口を挟んできた。
「あのさ、もしかして、バンド部って吉野さんが作った部活?」
急な質問に、桜は戸惑いながらも答えた。
「え、あ、はい。部員は、私一人ですけど…。」
――作った?部活?一人?
真音は軽くパニックになった。部活を作るなんて話は聞いたことがないし、そんなことができるなら真音も適当な部活でも作って部活をやっているように見せかければいいのだから始めから部活に入ることを拒んだりはしていないのだ。
「やっぱりか。いやー、クラスでも噂になってたんだよ、一年生で部活を作ったやつがいるってさ。」
「あの、正確には作ったんじゃなくて、もともと廃部寸前の名前だけ存在していたような部活に入って、名前を変えさせてもらったってだけだったんですけどね。」
完全においてけぼりをくらい立ち尽くす真音。音はまだまだ遠くに聞こえている。
「…たかなしくん。」
ふいに名前を呼ばれ、真音頭に音が戻ってくる。そこでやっと真音は、桜が自分を呼んだことに気がついた。遥斗との会話は終わったようだ。
「な、なんだ。」
「一度だけでいいんです。考えてみてくれませんか、バンドのこと。」
真音は目の前の桜を見る。桜は最初に真音にバンドをしないかと誘った時と同じように強い眼差しを向けてきていた。そして一度遥斗に目を向ける。こちらも先程と変わらない薄ら笑いを浮かべ、おまけに真音が目を向けてきたのをどう捉えたのか、ビシリと立てた親指を真音に向けていた。真音は大きく息を吐く。それは憂いのため息と呼ぶにはあまりにも薄く、決意の深呼吸と呼ぶにはあまりにも力ないものだった。
「わかったよ。考えてみる。」
その瞬間、桜の表情が華やぐ。
「本当ですか!ありがとうございます!」
深々と頭を下げる桜に、真音は慌てて反応を返す。
「よせよ、やるって決めたわけじゃない。」
「あ、そうですよね。えと、返事はいつ聞けば?」
真音は少し考えてから、答える。
「そうだな…。明日の放課後までに考えておく。」
真音としては、あまり考える期間を長く設定しない方がいいと思ってのことだったのだが…
――あ、明日は土曜日か…。
「明日は土曜日ですよ?」
「明日って土曜日じゃん。」
真音が気付くのと同時に、桜と遥斗からも指摘が出る。
「…わかってる。」
半ば苦し紛れに言った真音に遥斗が絡んでくる。
「あー、うんうん、わかってるわかってる。オレもあるよそーゆーの。気にすることない。気にすることないから、まずその今にも適当な壁に向かいそうな拳の力を抜こうか?」
遠回しなのかそうじゃないのかわからないが、とにかく八つ当たりはやめろと言われた真音は、ひとまず言われた通り力を抜き、遥斗に言い返す。
「壁じゃない。お前に向かおうとしてたんだ。」
「うん、なおさら悪いね。」
止めてよかったー。と遥斗が胸を撫で下ろす一方で、一連のやり取りをみていた桜が笑う。
「あはは、二人とも面白いですね。」
――そんな誉め方されても嬉しくないぞ。
そう心で呟きながら真音は小さくため息をつき、仕切り直す。
「とにかく、土日を挟んで、月曜日の放課後までにどうするかは決めておく。」
真音の言葉に反応し、桜も言葉を返す。
「あ、はい、お願いします!」
真音はひとつ頷くと、隣に突っ立っている遥斗を軽く蹴る。
「あだっ!なに!?」
「帰るぞ。」
「なんでわざわざ蹴るかな。」
追求してくる遥斗を無視して、真音は桜に声をかける。
「じゃあな。」
「はい!また月曜日に。」
* * * *
「おい、真音。」
桜と別れ、商店街の出口に向かう真音に遥斗が後ろから声をかける。
「なんだよ、寄り道ならもう必要ないだろ。」
「いや、そこまで寄り道にこだわってねーよ。そうじゃなくて、迷ってるのか?」
「何が。」
「何がって、バンド部だよ。迷ってるから考えてみてくれって頼まれてOKしたんだろ?」
真音は足を止めずに答えを返していく。
「あの状況じゃその場で断る方が難しいだろうが。」
「それはないね。」
「なんでだ?」
「お前はそんなキャラじゃないよ。」
「なんだよキャラって。」
「じゃあ断るのか?」
ピタリと、商店街の出口に差し掛かったところで真音の動きが止まった。それに反応して、遥斗も足を止める。
「とにかく、迷ってるなら、オレはやった方がいいと思うけど?」
「誰も迷ってるなんて言ってない。」
「オレが言った。」
「付き合いきれないな。」
「いいから考えてみろよ、いいチャンスじゃん。少なくとも中学の時みたいにはならないよ。」
「…それは今関係ないだろ。」
「関係なくはない。なんだかんだ言ってたけど部活を拒むのはそれが理由だろ?」
「…。」
黙る真音に、なあ真音。と遥斗は言葉を続ける。
「自分自身に聞いてみろよ。本当の本当に、迷ってないのか、さ。」
小さく何かを言って、真音は再び歩き出す。商店街を出れば、遥斗とは帰る方向が変わる。真音は早足で、帰宅の途についた。