はじめまして!
先程までの軽い調子とはうってかわって、妙に真剣な面持ちになった遥斗を見て真音はフッと短く息を吐くと、うっとうしそうに手をひらひらと振りながら遥斗の問いに対する答えを返した。
「大げさな言い方するなよ。俺はただ単に部活すんのが面倒になっただけだ。大体、オレが音楽家の両親から音楽の英才教育を受けてるのは知ってるだろう。中学の頃は気まぐれで吹奏楽に入ってはいたが、そんなことしなくても、ドラムならいつでも叩けるし、その気になればそれなりのステージにも立たせてもらえる。部活に入る必要性なんて最初から無いんだ。」
真音は強気に言ったつもりだったが、自分が努めてそうしている事にも、同時に気づいていた。それは遥斗も同じだったようで、納得がいかないといった表情でじっと真音の顔を見据えていた。が、やがて諦めたように脱力し、肩を落とした。
――このまま追求してもいいけど、あんまり深入りするのも良くない、か。
「ま、お前がそーいうならそれでもいーけどさ。っていうかこれ以上この辛気臭い空気には耐えられん!」
遥斗がいつもの調子に戻ったのは、この話は終わりだという意思表示でもあった。真音はなんだか気遣われたみたいで変な気分だったが、遥斗の意思表示に従い、いつもの調子で言葉を返した。
「お前が振ってきた話じゃないのか?」
「細かいこと気にするんじゃない!ほらほら丁度空も晴れてきたことだし、学校なんか早く出て、どっか寄り道していこうぜ。」
「まあいいけど、じゃあ行くか。」
言いながら真音は窓の外を見た。遥斗の言うとおり空は晴れてきて、雲間から夕焼けの光が差し込んでくるのが見えた。
――さっきまであんなに曇ってたのにな…。
そんな違和感に、言い知れぬ予感を感じながら真音は遥斗ともに学校をあとにしたのだった。
* * * *
学校をあとにした二人は、結局雨が降りそうにないので学校近くの商店街で少し寄り道していくことにしたのだった。そこで、路上弾き語りをする少女を見た。今時そんなことをする人がいるのは珍しいというのと、少女が自分たちととしが近そうだということで、興味本位に二人は少女の弾き語りに耳を傾けていた。途中、一瞬だけ真音と目があった時に少女が僅かに驚いたような顔を見せたような気がしたが、真音は気のせいだろうと特に気にすることもなかったのだが、今考えてみればそれこそが失敗だったと真音は思うのだった。
演奏が終わったあと、少女はギター持ったままいの一番に真音の元へと駆け寄ってきたのだ。
「あの、もし違ってたら申し訳ないんですけど、海路中の吹奏楽部でパーカッションやってた人ですよね!」
もし違ってたら、と口では言っていたが、少女の目は確信に満ちていた。
「いや、そうだけ、」
「やっぱり!!ずっと会いたかったんですよ!」
やや食い気味に言葉を返され、思わず一歩下がってしまう真音。と、そこで遥斗が何かに気づいたように少女に話しかけた。
「あれ、よく見たら君、うちの学校の生徒だね。それ、リッコーの制服でしょ?」
リッコーとは真音たちが通う陸崎高校の略称である。真音は初め制服と言われてもいまいちピンと来なかった。少女が制服などではなく、Tシャツにスカートという出で立ちだったからだ。しかし遥斗が、よく見たら、と言っていたのをいたのを思い出し、改めて見てみると、少女の履いていたスカートは確かに自分たちの通う高校のものだと気づいた。
「あ、はい、私、一年一組の吉野桜って言います。はじめまして!」
同じ学校の同じ学年で二ヶ月もの間、面識がないなど普通ならばありえないだろうが、真音たちの通う陸崎高校は一学年に八クラスで学年ごとに校舎も違うという、いわゆるマンモス校だ。そして真音と遥斗は一年八組。位置関係で言えば少女‐吉野桜の一年一組とは一階の端と三階の端、つまり、校舎の角どうしということになる。人数も多い中で、その上位置的にも遠いのでは面識のない人物がいても何ら不思議はない。遥斗が一歩前に出て自己紹介を始めた。
「オレは一年八組、柿崎遥斗。こいつも同じ八組の小鳥遊真音。あ、ついでに言うとオレもこいつと同じ中学で吹奏楽部だったんだ。」
「そうなんですか!えっと、二人は今でも吹奏楽部を?」
「いや、オレはジャズ研究会。んでこいつは帰宅部。」
遥斗がいたずらっぽい笑みを真音に向けてくる。
――余計なことを。
真音は軽く遥斗を睨みつけてみたが、遥斗はまったく動じない。
「え?でも、うちの学校は…」
桜が不思議そうな顔を向けてきた。
「そーそー、こいつ入る意味が無いだのなんだの言って、今日も職員室で説教くらって帰ってきたところなんだぜ。」
口の減らない遥斗。真音は苛立ちを隠さない様子で自分の前に立つ遥斗に言った。
「遥斗、少し黙れ。吉野だったな、あんたなんで俺に会いたかったんだ?」
そう、桜は真音にむかって言ったのだ。“ずっと会いたかった”と。その理由を聞かされぬまま勝手に自分の話で盛り上がられるのは、どうも納得がいかないと真音は思っていたのだった。
「あ、そうでした!去年海路中の定期演奏会を見させてもらったんですけど、私たかなしくんのドラムに感動にしちゃって!」
「…それで?」
「それで!もし本人にあったら言おうって決めてたことがあったんです!!」
桜は瞳をキラキラさせながらぐっと真音との距離を詰める。
「たかなしくん!」
そして、その瞬間が訪れる。
「私と、バンドしませんか!」
こうして真音はバンドに誘われたのだった。しかし、回想を終えても彼の頭の中の疑問は解決することなく、依然として漂い続けるばかりだった。
――本当に、どうしてこうなった?
「えっと、どうしてそうなる?なんでバンドなんだ?」
すると桜はすっと目を伏せ、語り始めた。
「私には、夢があるんです。この高校生のうちにどうしても叶えたい、夢が。」