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どうしてこうなった?

 「私と、バンドしませんか!」

 小鳥遊真音(たかなししおん)はバンドに誘われた。金曜日の夕方、まだまだ人通りの絶えない商店街の真ん中で、フォークギターを片手に握り締めた、真音と同級生の少女に。

 真音は困惑した。少女の視線は真音の目に食いついて離れない。首筋を伝う汗は、6月の湿った風によってより一層存在感を増していく。そして、この状況を面白そうに笑みを含んだ顔で見守る柿崎遥斗(かきざきはると)の姿が視界の隅に写っていた。

 ――どうしてこうなった?

 自分自身にそう問いかけながら、真音の頭は、今までの数十分間の記憶をなぞっていった。


                *    *   *    *

       

 いつもと変わらない、金曜日の放課後。そんな折に小鳥遊真音(たかなししおん)は、職員室に呼び出されていた。

 真音を呼び出した真音のクラスの担任教師は、机に向かったまま、仕事の手を休めずにそっけなく、言った。

 「なんで呼ばれたか、理由は分かってるな?」

 真音はそっけなく、答えた。

 「いいえ、全く。検討もつかないですね。」

 すると教師はそれまでせっせと動かしていた手を止め、真音の顔をちらりと見ると、今度は体ごとこちらを向いてため息混じりに言った。

 「うちの高校が生徒全員、一度は部活動に参加しなければいけないってのは、お前も知っているだろう。」

 「はい。」

 「お前、部活入ってないよな。」

 「はい。」

 教師はもう一度ため息をついた。

 「もう学校中どこを探しても一度も部活動に参加してないのは、お前だけだ。お前、中学の頃は吹奏楽部だったんだろう?ドラムの腕も相当なものだそうじゃないか。まあだからといって音楽系の部活に入れとは言わんが、せめて一度でいいから部活に参加してみなさい。」

 「…はぃ。」

 真音のこのいかにも「はっ、だる。」みたいな否定に限りなく近い肯定が気に食わなかったのか、教師はこれまた先程の数倍はあるであろう盛大なため息をつき、真音に対して説教を始めた。真音は職員室の窓の外を見ながら、雨が降りそうだなあ、とか、今日は金曜日だからちょっと寄り道して帰ろう、とかそんなことを考えながら、担任教師から贈られる熱い言葉の全てを聞き流していた。

 次に真音がまともに教師の言葉を受け止めたのは教師が四回目のため息を着いた時だった。ちょうど説教が終わったタイミングだったらしく、教師は自分の机をガサゴソと漁り、少しシワのついた一枚の紙を引きずり出して、真音に差し出した。

 「これ部活届けだから、月曜日の放課後までに書いて提出すること。良いな?」

 まったく良くはなかったが、これ以上貴重な週末の時間を減らされたくはなかったので、真音は黙って紙を受け取った。

 「帰っていいぞ。」

 そう言うと教師はまた一つため息をついて、自分の仕事を再開した。それにしても、この教師は必要以上にため息をつきすぎではないだろうか。「ため息をつくと幸せが逃げる」というが、この教師は今の時間だけで一体どれほどの幸せを体内から解き放ったのだろうか。真音は少しだけ、この教師の行く先を案じた。ため息をつかせた張本人が言えた義理ではないのだが、真音自身そこをに気にしている様子は全くない。

 教師のもとを離れた真音は、職員室の引き戸に手をかけた。真音がゆるゆると引き戸を開けて廊下へ出ると、すぐ隣から声が聞こえてきた。

 「いやー、真音が呼び出しなんてなー、お前もとーとー非行に憧れて十五の夜にこの支配から卒業してみたくなったかー。」

 声の主は柿崎遥斗(かきざきはると)だった。真音から見て遥斗は小学校から一緒の学校にいるが、幼馴染とかいう印象はなく、いつも一緒に行動はしているが、親しい仲というよりかは腐れ縁という言葉がしっくりくるような、そんな関係だ。

 「いろいろ混ぜすぎだろ。お前そんなに尾崎豊が好きだったか?あと、非行に憧れてもねぇよ。」

 遥斗は予想通りの反応を楽しむようにカラカラと笑うと軽い調子を崩さずに言った。

 「尾崎豊は、そーでもないかなー。でも非行じゃないなら一体何をやらかしたんだ?」

 「やらかした前提かよ…。ほら、これだよこれ。」

 真音は遥斗の目の前で先程もらった部活届けをひらひらと見せつける。

 「部活届け!?この時期に!はー。こりゃある意味やらかしてるわ。」

 「部活をやらないのがそんなに悪いのかよ。」

 「いや、悪いもなにも…。」

 遥斗は少し呆れたように言い淀んだ。遥斗が何を言いたいか、真音は分かっていた。

 「規則だからって言うんだろ?俺はそれが気に食わないんだよ。」

 「ま、気持ちはわかるけどさ、こーなったからには入るんだろ?部活。」

 「まさか。適当にスルーするよ。ここまでしてやらなければ教師の側が諦めてくれんだろ。」

 真音の言葉に遥斗は愉快そうに笑いながら茶化した。

 「ワルだねー。」

 「お前に言われると非常にムカつく。」

 「怖いんですけど!?」

真音に睨まれ、遥斗はちょっと本気でびびっていた。

頑なに部活への参加を拒む真音。遥斗にはその理由に心当たりがあった。

「…そんなに仲良しごっこが嫌いか?」

 その瞬間、真音の顔から表情が消えた。二人の間に沈黙が降りる。遥斗は真音の次の言葉を待ち、真音は返すべき言葉を探していた。

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