休日に引きこもろうとしたら異世界にこたつごとトリップしたけど、そんなことより画面の中の嫁と遊びたい
1
目を開いたら、そこは異世界だった。
「ジーザス」
信仰していない神に祈るぐらい、鈴木田アキラは困惑していた。
「ここどこだ」
周囲は馬鹿でかい銀色の木に囲まれている。枝葉は遙か上にしかなく、一抱え以上もある幹はなめらかな光沢である。
見上げればひらひらと銀色の葉が落ちてきた。葉緑素、何それ美味しいの、という色である。頭に落ちてきたそれを手に取ったものの不気味に思い、ぺいっと捨てる。葉っぱよ、自然におかえり……葉っぱといえど、ごみの路上投棄いくない、分かっています。だが今は緊急事態だ、許せ。
空気は澄みきっており、微粒子による大気汚染など全くなさそうである。
鋭敏なアキラの花粉センサーが全く反応していないのだ。
アレルギーは最悪です。
空気、うまいです。
ファンタジーゲームの世界を再現してみた、そんな雰囲気だった。現代社会ではヴァーチャルリアリティは一般家庭に普及していませんが何か。……ファンタジーっぽい雰囲気の、日本だったらいいのにな。
異世界だなんて自重しろ。
はるか上空に茂った葉のあいだから、ちらちらと光がこぼれている。
よく見ると、この木にはリンゴが生っている。あれ、食べられるの? 正直怪しすぎますが。
明るすぎず、暗すぎずと言った風情だ。
これだけ大きな木々である。日光を遮りそうなものであるが、地面には柔らかい下草が生えていた。草の種類は知らない。芝生っぽい何かである。
もう一度言おう。全く見覚えがない。
アキラがうたた寝から起きると、すでにここだった。
「……さっきまでなにしてたっけ」
頭をかき、ぼんやり周囲を見回し、手元をみる。
アキラが座っているのは見慣れたこたつだった。
周囲をぐるりと見回し、もう一度自分が座っている場所を見直した。
こたつである。
田舎の母が勝手に選んだもので、省スペース型でなぜかピンクのこたつ布団だった。あんたの部屋には彩りが足りない、と母は言った。部屋になぜ彩りがいるのか今どころかいつの僕にも理解できないマジで。モノクロ最高。モノクロ万歳。お葬式言うな。とにかく、ピンクの掛け布団を眺めて、カーチャン自重しろとアキラは思ったものだ。人の部屋のインテリアに口を出すのはいくない。
ファンタジーワールドにこたつ。
恐ろしいほど強烈な違和感であった。ベルサイユ宮殿に畳があるようなものである。端から見れば、このカオスにつっこまざるを得ないだろう。
「あー」
だが、アキラの違和感は仕事をしなかった。どうでもいいやという心境である。つっこめ! 頼むから! 深刻なつっこみ不足である。
とりあえず、こたつはぬくい。
こたつ最高。
こたつからでたくない。
ここはユートピアである。びっくりするほどユートピアでも、今のアキラだったら踊れそうだった。裸になるよ! 踊り狂うぜ。
こたつに入ったままなせいか、ちょっと尻がかゆかった。ぽりぽりと掻く。
部屋から出ないつもりだったので、よろよろのスウェットである。尻は掻きやすい。
アキラはこたつの上に置いたままのノーパソを開いてみた。いくつかのウィンドウがあいたままである。いつも通りの画面に、ほっとしてしまう。ノーパソは内部電池で稼働したままだ。
インストール完了まで、あと10%である。
新しい嫁に会おうと思って、ソフトをインストールしていたのだ。
現実の嫁? それっておいしいの?
二次元の嫁ですが何か?
社会人は金はあっても時間はない。
そのせいで積みゲーが増えてしまったのだ。学生の頃には考えられなかった事態である。インストール中だったため、横にパッケージをおいたままだ。
『どきどき☆ぱてぃしえーる~あの娘にデコっちゃえ~』ほのぼのギャルゲーである。アキラも癒しを求めているのだ。寝取られやハード系は食指が動かない。ほのぼのがいいです。ほのぼの万歳! 自分も年を取ったなあとまったりと実感するひとときである。ギラギラしていた時期がありました。
かわいい嫁たちのスチルが散らばったパッケージを、まじまじとみる。アキラは取扱説明書を読んでいないことに気づいた。たまに読まずにゲームスタートし、痛い目に遭うのだ。最近のゲームはチュートリアルが存在するが、重要な情報が取説にちらりと掲載されていることもある。
お菓子づくりがやたらうまい主人公が、自分の店を持って巻き起こる恋愛騒動というやつである。まさにリア充。何で町中に姫様や宇宙人がいるかは知らん。そのあたりはふいんき(なぜか変換できry)で流すところだ。
攻略できる嫁の数は五人と隠しキャラが一人。ただ、最近は男の娘が混じっている場合がある。アキラにとっては男の娘は地雷であった。ゲーマー魂として、クリアするまでは攻略サイトをみたくないのだ。なので、高確率で地雷を引き当てる。あんなにかわいい子が女の子のはずがない、とLINEで友人は言っていたが、まだそこまでは開眼できていない。いつかは目覚める日が来るかもしれんが、今はない。
限定版の特典は、サントラとスマホクリーナー、そして抱き枕のカバーだった。抱き枕はさすがに使えない。保存的な意味で。あれはものすごく背徳的な気分になるのはなぜなんだろう。二次元から嫁が飛び出しちゃった的なものだろうか。それとも、客観的にみてどう考えてもピンクのこたつよりやばいインテリアだからだろうか。
「ないわー・・・・・・」
こたつの天板に顎を乗せたまま、アキラはぼんやりとつぶやいた。
「な、なんと、そのお言葉は誠でございますかっ」
アキラのぼやきにつっこみが入った。思わずはじかれるように横を見る。ツッコミ不足とは言ったが、いるとは言っていない! 返品したいツッコミ要員。
そこにはさっきまでいなかったおっさんと女の子がいた。いつからそこにいたし! ふつうに尻とか掻きまくっていたんですが。
二人の格好を見て、アキラの感想は一つだった。
「マジ異世界」
女の子の髪はさらさらのストレートで、紫色だった。紫色など、セレブなおばちゃ……マダムが、白髪を染めているぐらいしか見たことがない。もしくはコスプレ会場でしか。あの子はどう見ても地毛ですありがとうございました。
だが、アキラが言いたいことは一つだ。
「ヒロインはピンクだろJK」
それは単なるアキラの好みだった。
ファンタジーで出てくるギリシア的な服装である。柔らかい薄い素材のドレスをまとっているので、彼女の胸が残念なことがわかった。ちっぱいも正義ですよ。ただし、男の娘は不可。はっ、これもフラグ? ここで男の娘とか言ったら、本当に男の娘かもしれない。口に出すのは自重すべきである。三次元での男の娘は二次元よりアキラにとっては厳しいのだ。
アキラがじっと見ているのに気づいたのだろう、彼女がもぞりと身動きした。
日本人は視線に敏感な国民です、わかります、みられたら気まずいその気持ち。ガン見などできぬ。アキラはごく自然に視線を逸らしてみた。もうダルダルである。やる気はマイナス値、いうなれば床にめり込んでいる。
「主様、本当に無理でございますか」
おっさんはやたら美声だった。甲冑を着込み、髭がボーボーだった。こちらは茶髪だ。違和感は少ない。
指輪物語あたりに出てきそうな甲冑を身に着けたおっさんである。いわゆる美中年。絶対腹は出ていないはずだ。胸毛ありそうだ。フェロモンが漂っている。それにしても、会話が成立しない。
「われらは、もう一年もこの病に苦しんでおります! どうか、どうか主様のご慈悲を!」
ちょ、ヘビーな展開キタコレ。だれたままアキラは汗を流した。病と言っても、本当に、すっぴんの、一般人で社会人である。RPGで言えば、ぬののふくもひのきのぼうも持っていないぐらい徒手空拳である。異世界知識チートヒャッハーと最も遠いところにいる人間である。
どうしろというのか。
どうもできません。
なんかやたら暑苦しく見つめてくるおっさんと美少女、アキラは硬直した。熱視線! やめて! もうこっちのライフはゼロよ!
「あー、その、病というのはいったいどのような」
「おお……! 主様! 病は咳や鼻水が止まらず、時に高熱、時に腹痛を発する恐ろしいものでございます! 何よりも厄介なのは、これのせいで別の病を引き込んでしまう点でございまして……」
おっさんの話はまだ続いている。以下略、とアキラは聞くのをやめた。
なんか、風邪っぽくね?
風邪じゃね?
インフルとかだったら一発でこっちもアウトだけど、風邪っぽくね? 異世界には風邪がないのか? よくわからん。
アキラはぐるりと周囲を見回した。幸い、この銀色の木にはなぜかリンゴが生っている。赤さが目にまぶしぃーい!
「あー、その、だな。このり……」
異世界でもリンゴというのだろうか。どうでもいいことが気になります先生! ともかく、アキラは言いなおした。
「この果実でもすりおろして、栄養のある食事と一緒に病人に与えればいい」
すりおろしリンゴサイコ―――――――――――!!! アキラの好物である。なので、何も考えずに推薦した。
「お……おお、おお!! 主様ッ!!!」
おっさんたちが号泣を始めた。ぶっちゃけビビる。やめてくれ、何が起こっているか把握不可能だ。
アキラは現実逃避のために、画面に視線を戻した。
あ、インスコが完了している。嫁に逢いに行くぜええ!!!
まさに現実逃避。乙。
「では、主様、ありがとうございました!」
号泣しながらおっさんと美少女が五体投地した。え、なに、マジ止めて。
ドン引きしながらもこたつしか逃げ場がないアキラは曖昧に頷くしかできなかった。
もう、どうでもいいや。頭がぼんやりする。
あくびをかみ殺して、こたつの天板に頭をごんと打ちつけると……
……ブー、ブー、ブー!
慣れしたんだ音に、アキラは目が覚めた。
「へ」
家だった。先程からの音は、どうやら携帯のバイブ音のようだ。あー夢か、そうかそうか。ガチムチおっさんとか、美少女とか、なんなの。トリップ願望があるのだろうか。
メールはどうでもいいダイレクトメールだった。削除する気も起きない。
「とりあえず、プレイでもするか」
開いたノーパソのキーボードの上には。
「うゎ」
銀色に輝く葉が一枚。
アキラは即効ノーパソを閉じて、寝ることにした。寝る休日最高! カップラーメン最高!
とりあえず、このこたつ布団は変える。ピンク以外にしてやんよ! ただし来週だ。今日はもう、気力はなかった。
「引きこもりたいというのに」
こうしてアキラの休日は過ぎていく。
2
神域の森の入り口には、随行できなかった騎士団と神官たちが集結し、今か今かと彼らの帰りを待ちわびていた。神域から帰ってきた聖騎士ウェットは、神授の果実を携えていた。巫女ティは見事道案内を果たしたのである。
人々はわっと歓声を上げた。これで我らの未来が明るくなると、希望に満ちた声であった。
「神域の主様が、我らにこれを食せよ、と……!!」
「なんと……!」
神域の果実は、主たる存在のゆるしなくては食すことができないものである。無理に食せば神罰が下り、永劫の闇をさまようという。
かの病がはやり始めたのは、大陸北東部であった。寒村からじわじわとその猛威を拡げた病は、既に三大陸をすべて覆っている。決して晴れることのない病という名の暗雲は、確実に人間社会をむしばんでいた。流通も滞り、人身も荒れ果てていたのだ。
世界に病を止める手立てはなく、数々の学者や医者が難題に立ち向かうも、彼らも病のふちに落ちていったのだった。
そんな中、神域の主に伺いを立てようという世論が持ち上がった。
神域とは、この世界を作った神が聖別した土地だという。
そこには一人の主がおり、その場所を守護しているそうだ。神域を汚すことなかれ。汚せば恐ろしい神罰が降るという。実際、そのせいで元来神域を抱えていた帝国が滅亡したこともあった。
神域の主は、神々しい桃色をし、人心を解するという。しかし、その性情は伝わっておらず、ともすれば神域に侵入しただけでも罰を下される可能性があった。
ウェットは自ら名乗りを上げ、巫女はその勇気をたたえ、最奥への道のりを示したのだ。まさに、人類開闢以来の快挙かもしれない。神域の主に許されるとは!
聖騎士ウェットの持ち帰った果実は、まさに希望の如く輝いていた。
「しかし、果実は一つなのでは」
心配する声があった。
「そのような心配は無用だ! 見よ!」
ウェットが果実をそっと剣でそいだ。すると、果実が二つに増えたではないか! 人々は歓声を上げた。なんという神域の主の慈悲であろう。これで人々は救われる。
「主様のご慈悲に、感謝を……!」
主によりもたらされた神域の果実は、たちどころに効果を発した。
これをすりおろして病人に与えたところ、病を克服したのだ!
人々はこれを神域の果実と呼び、珍重することとなる。
こののち、ウェットが見たという神域の主の彫像が、神域の入り口に建てられることになった。
四角い不思議な胴体をもつ、人の上半身を持つ英知にあふれる存在。その銅像は、静かに人々の生活を見守っている。
人々は末永く、主に感謝をささげたのであった。
それを主が見て感想を言ったのは、また別の話だ。
終