自分の居場所・2
父と一緒に夕食をつくり、祖父も交えて食卓を囲む。身重だった母親が亡くなってから、もう10年も続いている穏やかな風景だ。
平然とした表情を取り繕いながら、ディアナは話の方向性に気を配りながら、終始学校の話を続ける。父親は、時折笑いながらその話に相槌を打ち、祖父は不機嫌そうな表情のままただ静かに食事を続ける。その表情を時折確認しながら、ディアナは会話が途切れないように必死に話題を探す。
誰にも言えずにいる秘密。ディアナは、この穏やかさを疑っていた。祖父も父も、本当は自分を恨んでいるのではないかと、常に怯えているのだ。
「ところで、お義父さん、来月の大会のことですが」
「うむ」
父親と祖父が、話題を変えた。ようやく自分が話す必要がなくなり、ディアナは急に静かになる。
ディアナの祖父も父も、この近郊では名の知れた剣士だ。祖父に至っては、町の剣士連合の会長もしている。
もともと、ガルデア町は武術の町として知られているほど剣士が多い。国としても、魔物退治の仕事を頼むのに窓口を一本化したいという意図があったのだろう。この町に剣士連合が作られたのはそんな兼ね合いだった。当時一番の腕ききであったバジルがそのとりまとめを行い、いつしか会長と言われるまでになった。
そしてその連合の企画として、年に一度、武道大会が開かれている。来月に迫ったその大会の実行委員長はデルタだ。否が応でも話はそればかりになる。
少し話題に混じろうかと、ディアナは明るい調子で話しかけた。
「私も出たいなー」
「あいにくだな。出れるのは学校を卒業した18歳以上のものだけだ」
祖父の冷たい調子に、ディアナが一瞬息を飲む。その時、父親が取り繕うように笑った。
「だが、今年は飛び入りで、学生が戦う企画があるんだぞ。前座だけどな」
「え? そうなの? それならでれる?」
「ああ。ただし、怪我しても知らんぞ。私の娘だからと言って、誰も手加減はしてくれないからな」
「手加減なんかいらないわよ。私、同級生には負け知らずよ」
まあ、負けそうな奴なら一人いるけどね。そう心の中でひとりごちる。
「当日申し込んでみればいい。ただ、お前より年上の学生だっているんだ。油断するのはよくないぞ」
「うん!」
ディアナはようやく心からの笑顔になった。一度、実戦というものをやってみたかったのだ。
女が剣士になろうとすることを、厳格な祖父は認めてはいない。だけどもしこれで一勝でもできたら、きっと祖父もディアナの実力を認めてくれるはずだ。
ディアナは剣士になりたかった。どうしても。それしか、償い方が分からないからだ。
食事が終わり片付けをすませると、父も祖父も自然に部屋に戻っていく。ディアナも同じように自分の部屋へと向かった。扉を閉めると同時に吐き出るのはため息だ。
別に誰が悪い訳でもないのだが、気づかいがディアナを疲れさせる。気分転換に窓から外を見ると、星がたくさん光っていた。
よく、人は死ぬと星になるというけれど、それならばどこかに死んだ母親の星があるんだろうか。生まれることさえなかったけれど、確かに生きていたはずの弟は、星になれるのだろうか。
「……お母さん」
ディアナはたまらなくなって、夜空から目をそらした。星にまで、責められているような気になる。
よく晴れた日、川べり、水音。脳裏に10年前の光景がよみがえりそうになり、勢いよく頭を振って追い出す。どうしてあの時、あんな軽はずみなことをしてしまったんだろう。その問いは何度となくディアナの頭の中で繰り返される。
10年たっても、心の傷は癒えることはなかった。それを癒してくれるのは、剣士になることだけ。ディアナはそう信じて、ただひたすらに修業を重ねていたのだ。