再会・1
帰りの乗合馬車が石に躓いたのか大きく揺れた。その振動でブレイドは仮眠から目覚めて欠伸をした。
「今何時だ?」
「11時。昼にはつけると思うよ」
「昼じゃディアナは仕事中だな。先に武道大会の申し込みに行くか」
「ああそうだね。じゃあガルデアで降りようか」
ロックが、広げていた地図などの荷物を整理する。
西の森での魔物退治は、案外楽な仕事だった。魔物自体も強くはなかったし、知能も低い。ブレイドとロックのパーティでは回復系がどうしてもおろそかになるのだが、怪我をすることもなく無事に仕事終了だ。結局予定よりも一日早く終わり、今朝帰路についたところだ。
マドラスの森での冒険実習の後、ブレイドは学園の教師陣に暗示のかかりやすさについて相談をした。しかし、具体的な解決策を見いだせた人間は誰もおらず、暗示と唄の特別講義を開いてくれただけだった。
「そんな、眉間にしわ寄せてることないんじゃない? 大丈夫だよ。暗示をかけてくるような魔物なんて、そんなにいないし」
まるで、心の中を読んだかのようにロックが言う。ブレイドの不安を感じとってか、ロックは卒業の時にしばらく一緒に旅をするといってくれたのだ。
「わかってるよ」
だけど、やっぱりすっきりはしないし不安は消えない。早く何とかしなければと、焦りだけが胸に残る。今まで順風満帆に剣術の力を伸ばしてきたブレイドにとって、初めての挫折といっていい。
ロックの住む町、ガルデアで乗合馬車を降りる。二人は、手近なところにあった食堂に入り昼食をとった。どこでも似たような料理を食べているのに、なぜか懐かしい気がして、ブレイドは頬を緩めた。
ガルデア町で毎年開かれる武道大会の受付は、剣士連合の本部で行われる。もう、受付期間には入っているはずだった。
「じゃあ、僕は家に帰るから。ブレイドは? それ終わったらディアナのところに行く?」
「ああ、そうだな。次の乗合馬車の時間って何時だったっけ」
「ええとね、14時と、……16時かな」
時計を見るとすでに13時を過ぎている。間に合うようなら14時のに乗りたいがギリギリになるだろう。
「じゃあ16時のでかな。家にも顔出さなきゃいけないから、すぐ戻るようにはなるだろうけど」
「よろしく言っといて」
「お前はいかないのか?」
「うん。僕は、城下町に仕入れに行く時に顔見てくるから、今日はいいよ」
「わかった。じゃあな」
道具屋の前でロックと別れ、歩きだす。剣士連合の本部はそこから10分もかからなかった。
「こんにちは」
少し緊張して扉を開けると、見知った顔が目に飛び込んでくる。
「お、ブレイドか」
「……じいさん!」
ディアナの祖父であるバジルが、相変わらずのいかつい顔で机に座っている。
「なんじゃ、変な顔をして。わしはここの会長じゃぞ。ここにいて何が悪い」
「そう言えばそうだったな。……っていうか、そうだよ。じいさんがいたんじゃないか!」
ブレイドの嬉々とした顔に、バジルは眉を寄せて尋ねる。
「お前さんも、武道大会の申し込みか?」
バジルが、申込用紙をちらつかせながら問うと、ブレイドはそれを受け取りつつ神妙な顔でバジルを拝む。
「そう、……なんですけど。じいさん、俺ちょっと相談があるんだけど」
「なんじゃ、気持ち悪いな。真剣な顔して」
「真剣に悩んでんだって」
ブレイドは、申込用紙に必要事項をさらさらと記入しながら、自分が暗示に弱いことと、防護呪文をかけてもそれを防げなかったことを話した。
「ふむ」
バジルは考えこむように視線を流して、顎に手をあてた。
「道具屋のせがれのいっとることは間違いじゃないな」
「自分でコントロールしろってことか?」
「そう。じゃが、お前がやったのは多分、逆じゃ」
「逆?」
「意識を拡散するんじゃ、せっかくのお前の得意な剣が生きてこないじゃろう。逆に集中してみてはどうじゃ。他の音が何も聞こえなくなるくらい、この剣先に意識を集中させるんじゃ」
「……なるほど!」
さすが年寄りはいいことを言う……とは、言ったら怒られそうだから言わないが。ブレイドは、思わず指先を鳴らした。
「特訓したいなら、わしが相手をしてやろうか?」
「ぜひ!って言っても、……じいさん後でもいいかな。俺今日、夕方からディアナに会いにいってくっから」
それを聞いてバジルは、にやりと頬を緩ませる。
「仲良くやっとるのか。あいつ、全然家に帰ってこないんじゃが」
「慣れるのに忙しいんだろ? でも俺も7日ぶりなんだ」
「わしなんか、もうひと月あっとらん。ブレイド、特訓は明日からじゃ。しばらく、わしがじっくりお前の技を見てやる。今から大会までは仕事をいれるんじゃないぞ。
さて、わしも今日は整理する書類が残ってるし。あの馬鹿孫にたまには顔を見せに来いと言ってきてくれ」
「わかったよ、じいさん」
素直じゃないバジルの言葉に笑いながら、ブレイドは建物を出た。




