城内にて・1
王族が住まうタリス城は、国の中央よりやや南方に広がる首都トールの中心部にある。他の村や町と違い、首都は土地が格段に広い。城下町には貴族たちの広々した邸宅が並び、更にその周りを囲むように一般庶民の暮らす区域がある。そこから方向を変えた一角にはバザールがあり、朝から夕方まで賑やかな風景が広がっていた。
国内五箇所に点在する冒険者学園のうち二つは首都内にあり、ディアナたちの通っていた学園は城から見て南に位置する。
学園から城までは馬車を使っても一時間。ガルデア町から考えれば一時間半ほどかかる。これから城に勤めるディアナにとっては、頑張れば通えないこともないが正直キツイ距離だ。歩くのとは違って乗合馬車は時間が読めない。そんな事情で、ディアナは自宅から通うことは早々に断念した。後はどこで一人暮らしをするかという点だったが、城の中にある使用人用の部屋は監視が厳しいともっぱらの噂で、基本的に束縛されることを嫌うディアナは、城下町にある小さな部屋を借りることにした。
「どぉ、一人暮らし慣れた?」
現在は昼休みだ。城の中庭で食堂で作ってもらったお弁当を頬張りながらサラがいう。
「まあね。もう1ヶ月たつもん。正直、食事作るのが大変だけどさ」
「いいなぁ。一人暮らし。私なんて、家が城下町にあるから出してもらえなくって」
『卒業したら、彼氏のパーティに入って一緒に冒険をする』と言ってたはずのサラは、なぜかディアナと同じく城の治療師になった。卒業前に理由を聞いた時は、「やりたいことができたから」とだけ言っていたが真相は一体どういうことなのだろう。
ディアナは食べながらサラをちらりと見た。
本当は聞きたいことがある。大した距離ではないと言っても、現在のディアナとブレイドの置かれている状況はいわゆる遠距離恋愛だ。遠距離恋愛に関しては先輩と言えるサラに、どういう風に過ごせばいいのかとか連絡はどのくらいで取り合うものなのかとか相談してみたかった。けれど、一つ年上という彼との進展具合が分からないためどう突っ込んでいいのかがディアナには分からない。
なんとなくもたついているディアナをよそに、サラはマイペースに語りかける。
「ところで、今ブレイドくんは何してるの?」
「えーっと、4日前からロックと一緒に西の森の魔物退治に出てる。もう2日もすれば帰ってくるよ」
「そっか。ロック君はお店継がなくていいの?」
「まだいいんじゃない? おじさんもおばさんも元気だもん。ただ、手伝いはあるから、遠くに行くような仕事は受けないって言ってたよ」
「ふうん」
サラは、ゆっくりと中庭の中心にある噴水を眺めた。今日は春の日差しがぽかぽかしていて気持ちがいい陽気だ。噴水の水が太陽の光を反射しているのを見て、目を細める。
「ディアナ、寂しい?」
サラが、意味ありげに視線を投げかけた。ディアナは一瞬言葉に詰まったが、これは逆に色々聞き出すチャンスだ。なるべく本心を悟られないように、言葉を選ぶ。
「サラは、寂しかったの?」
「え? ……ああ」
サラがほほ笑む。その表情にはどこか悪戯な色がある。
「ディアナは、私の彼氏が誰だったかまだ分かんないんでしょ」
「だった、って」
「別れたんだぁ。もう3ヶ月くらい前に」
「え? そんなに前? 全然気がつかなかった。だってサラ、いつも変わんなかったじゃない」
「うん。自分の中ではもう、大分前から決めてたの。ずっと決心がつかなかっただけ」
ディアナの方が焦ってしまうほど、サラの表情は落ち着いていた。好きだった人と別れてこんな風に冷静にいられるものなのか。今のディアナには理解できない。
「私の知ってる人だったの?」
今さらだとは思いつつディアナが尋ねると、サラは困ったような表情で笑う。
「ディアナにはちょっと言いにくいんだけど、……スティルくんだよ」
「え? スティル先輩?」
スティルと言えば、ディアナが一年の時に武道大会で戦って袖口に砂袋を忍ばせて目つぶしをされたという、嫌な思い出の残る人物だ。思い返すだけで自然の表情が硬くなってしまう。
「あの時のこと、許してあげてね。あの前日から私熱出して寝込んでてね。スティル君、必ず優勝してくるよ、って息巻いてたんだよ。まあ、だからってズルするのはどうかと私も思ったけどね」
「……そうだったんだ」
サラの話があまりにも予想外で、ディアナはポカンと口を空けた。性格的にサラとスティルが合うとも思えなかったし、学園でもそれほど親しそうな様子は見なかったのに。




