卒業・2
「……来いよ」
ひとしきり笑ったあと、ブレイドが木陰に向かって歩き出す。言われるがまま、ディアナはその後に続いた。
「ついに決まっちゃった」
「そうだな」
「……ブレイドは、卒業したらどうするの?」
「俺か? そうだな。……お前以外と組む気はないからな。近場で一人でも出来るような仕事でも受けながら金でも稼ごうかな」
「ホント? 遠くにはいかない?」
ディアナが思わず腕にしがみ付いて言うと、ブレイドのほうはにやりと笑った。
「……なんだよ。お前、心配してんのか?」
「心配っ……な訳じゃない! 違う!」
ディアナは赤くなって後ろを向く。うっかり出てしまった本音が恥ずかしい。
そこからしばらくは沈黙だ。熱くほてった頬を冷たい風が撫でていき、ほっとする反面沈黙の長さに気まずくもなる。
その時、ブレイドがディアナの手を握った。温度はブレイドのほうが高い。触れられた部分から体熱が交じり合っていくようだ。
「ちょっ……」
「ホントに気をつけろよ。あの王子には」
「だから! そんなことあるわけないでしょ。あの子と私でどれだけ年離れてると思ってるのよ。7つも違うのよ」
「そんなの関係ないだろ。……同じように王命をだされたら、次は国を出て逃げるしかねぇんだからな」
「王命って」
言われてる事の意味が理解できなかった。なんで国を出るほどのことにまでなる?
ちょっと妄想が過ぎるんじゃないのと思って振り向いて、予想よりも真剣なブレイドのまなざしに、ディアナは息を呑んだ。
「もし、お前をとられるようなら、……その時は連れて逃げる」
「……ブレイド」
「だから、そうならないようにしとけ!」
そこまで言われて初めてブレイドがどこまで想像していたかに気づいた。いや考え過ぎでしょ。そう思うが嬉しさも沸き上がってくる。もし王子にディアナが求婚されるようなら、国を捨てても逃げると言ってくれているのだ。
「わかった」
できるだけ平常に見える笑顔で答える。だけど、心臓はドキドキして痛いくらいだった。
出会って三年。その間の感情の変化に恐れをなす。口の悪いゴリラ男だと思っていた彼は、今ディアナにとってかけがえのない大切な人物だ。離れたくない。ずっと傍にいたい。そう願い続けるほどの感情をくれた。
「もうすぐ、卒業だね……」
「ああ」
どちらからともなく近づく。木陰に身をひそめるようにして、二人はそっとキスを交わした。ディアナはブレイドの腕を掴みながら思う。この手を離したくない。本当は城になんか行きたくない。いつまでもずっと傍で一緒に暮らしたい。
けれども分かってもいた。感情を優先すればいつしか自分を見失うと。いつだってブレイドの目をまっすぐ見返せる自分でいるために、これは必要な試練だ。
ブレイドが取り戻してくれた、治療師という道を、ちゃんと歩ける自分でいたい。女王様を治して、胸を張ってブレイドの元に帰るんだ。
ディアナはそんな自分の想いを、しっかりと胸に刻み込んだ。
「私、頑張るからね」
「ああ」
ブレイドが、目を細めて笑った。その顔を見て、ディアナは満足したように笑った。
そして流れるように時は過ぎ、卒業の日を迎える。それぞれが学園長より卒業証書と志望職業の資格を手渡される。その長い列を見ながら、ディアナは入学式に三人で揃って怒られたことを思い出し、小さく笑う。
楽しかった学生時代は、静かに終わっていった。




