自分の居場所・1
ディアナが自宅のあるガルデア町に入った頃には、日は暮れて薄暗くなってきていた。
ガルデア町は、首都トールの南にある。ディアナたちが通う学園は首都の中でも南側にあり、自宅からの通学時間は大体1時間半ほどだ。その距離から乗合馬車を使うという学生も多いが、ディアナは訓練も兼ねて徒歩で通っているが、特別苦に思ったことはなかった。
ディアナは帰る道すがら、ロックの家でもある道具屋に顔を出した。扉を開けた途端に、店番をしていたロックが顔をあげて目を見張る。
「あれディアナ、今帰り? ずいぶん前に帰ったんじゃなかったの?」
「ちょっと自主練習してたのよ。ねぇところで、あいつどうだったの?」
「あいつって?」
「ブレイドよ。あんたたち、魔法の練習してたじゃない」
ロックは、ああと頷いて即座に返答する。
「上手になってたよ、最後の方は。コツは掴んだんじゃない?」
「ちっ、もう、これでまた勝てるもんなくなったじゃないの」
不満げにブツブツ呟きながらも、ディアナの口元はわずかに緩んでいる。小さな変化をロックは見逃さなかった。
「気になるの?」
「な、ち、違うわよ。なんかムカつくのよ、あいつは。負けたくないの!」
対照的に慌てて首を振るのはディアナだ。釈然としない思いを抱えたまま、ロックは店のカウンターから表側に出る。
「ふうん。まあいいや。帰るところなら家まで送るよ? もう暗いし」
エプロンを外そうとしたロックを、ディアナが手を伸ばして制した。
「いいわよ。あんたに送ってもらったら、送り返さなきゃいけないじゃない」
「どういう意味だよ!」
「あんたの方が、人に狙われやすいってことよ。……じゃあね!」
「あ、ディアナ、気をつけて!」
ロックの言葉もそこそこに、ディアナはけたたましい音を立てながら扉を閉めた。その扉の奥で幼馴染が溜息をついていることなんか、気づきもせずに。
そこからさらに少し歩けば、ディアナの家はすぐに見えてくる。村の中では大きい部類に入る家だ。広く開けた庭には、剣の練習をするためのスペースが大きくとられている。
ディアナはいつものように、家の扉の前で立ち止まった。一つ、大きく息を吸い込み、自分に言い聞かせる。
父親は、笑顔で『おかえり』迎えてくれるはず。祖父は、ちらりとこちらを向いて、また新聞に向かうだろう。今日も変わりなく、同じ光景が広がっているはずだ。
目をつぶってそれを頭にしみこませ、吸った息を大きく吐き出す。そして、ディアナは元気よく扉をあけた。
「ただいま!」
「お帰り、ディアナ」
呼応するように、台所から笑顔を見せたのは父のデルタだ。
「……遅かったな」
祖父のバジルは、剣の手入れをしながら、顔も上げずに呟いた。
「ごめんね。夕飯の支度手伝うわ」
祖父の言葉には返事をせずに、ディアナは出来るだけの笑顔で父親の脇に立った。心の奥にある闇には蓋をする。開けてはならない。今の生活を崩してはならない。そう自分に言い聞かせるのもいつものことだ。