事件・6
ブレイドは、再びディアナを背負うと黙々と歩き始めた。吹き付ける風の音と、ブレイドの足音だけが響いて、ディアナは妙にいたたまれない気分になった。沈黙が怖かった。ブレイドの中に闇が広がっていきそうで。
「ねぇどうして、自分がカナヒヒ退治に行くっていったの?」
「あ? どうしてって?」
無理矢理出した話題に、ブレイドは間の抜けた返事を返す。
「だって、本当だったら、正規の剣士が行くべきとこでしょ」
「でも、みんな護衛任務の剣士だったし、困ってたじゃんか」
「そうだけど……」
それでも、本来学生がいくような内容ではない。デルタを含めた正規の剣士の中の誰かが、護衛任務を反故にしてでも行くべき類の事件だった。
ディアナが声を詰まらせていると、ブレイドが前を向いたままよく通る声で話しだした。
「戦える力があるのに困ってるのを見捨てるような奴は卑怯者じゃないか?」
「え?」
聞き返すと、前を向くブレイドから微かに笑った気配がした。ディアナは一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてる。
「……初めて会った時の事、覚えてるか」
「初めて? 入学式のとき?」
「そう。俺がロックに絡んでたらさ、お前……」
「ああ、私が二階から飛び降りてきたときね!」
もう二年半ほど前になるのか、意気揚々と学園に入学し、自分より上のヤツなどいないと意気込んでいたあの日。ブレイドの巨体にも怯えること無く向かっていたことを思い出す。
「そん時お前が俺に言った言葉が、忘れられないんだ」
「私、……なんて言った?」
記憶をたどってみるも、全く思い出せない。それを見て、ブレイドが呆れたように溜息をついた。
「覚えてねーのかよ。俺は忘れたことないぜ。お前はあの時、俺に向かって『卑怯者』って言ったんだ」
「嘘、そんなこと言ってないよ」
「言ったよ」
強く言い切られるとディアナも自信がない。もし言ったのだとしても、ディアナにとっては記憶に残らないほど軽い気持ちだったはずだ。
ブレイドはゆっくりと空を見上げた。ディアナもつられて見上げると、木の間から星がいくつも光っている。
「……あの時からずっと思ってる。卑怯者にはならないって」
「ブレイド」
「女に卑怯者呼ばわりされたのは初めてだったからな」
ブレイドの声が、夜の森に溶けるように消えていく。染み渡るような声音にディアナの胸は熱くなった。
自分の発した言葉が、一人の人の中でいつまでも消えないほどの存在感を持つ。そんなことを知ったのは初めてで、嬉しいのと同時に申し訳ない気持ちにもなる。
ディアナはブレイドの温かい背中に胸を押しつけた。伝わるれ、伝われ、と願いを込めて。
「卑怯者だなんて、もう思ってないよ」
恥ずかしくて言えなかった言葉。それはもうずっと前から思っていたけれど、言ったら馬鹿にされるに違いないことで。ディアナはそれを口に出そうと息を吸い込んだ。おぶってもらっていることに感謝する。顔を見てだったら、きっと言えなくなってしまうだろうから。
「ブレイドは私にとって、……ヒーローなんだよ」
「ディアナ?」
「大好きな……英雄なの」
言い切った後、ディアナの顔は真っ赤になる。なのに、ブレイドが立ち止まった。ディアナは慌てて肩に顔を押し付けて振り向こうとする彼から必死に隠れる。
「ちょっとブレイド、ちゃんと歩いてよ」
「だって、ちょっと顔見せろよ」
「やだ。恥ずかしい」
「いいから」
むりやり背中からおろされる。恥ずかしさのあまりに涙目になっているディアナの顔をブレイドが大きな手で掴んだ。
「ディアナ」
「見ないで」
「顔見たくなるようなこと、言うからだろ」
ブレイドの手が顎を持ち上げるようにして、顔を確認する。馬鹿にされる覚悟を決めて顔を上げた時に見えたブレイドの表情に、ディアナの方も驚いた。




