手合わせと侮辱・1
「あいつ性格悪いな」
ディアナのいなくなった教室のドアを見ながら、ブレイドはふてくされたように呟いた。体格がよく力の強いブレイドに、こうも遠慮なく突っかかってくる人間はそうそういない。少なくとも、過去には一人もいなかった。いつも視線で脅せば周りを黙らすことができたブレイドにとっては、初めての難人物だ。
「ディアナのこと?」
ブレイドの中で、ドジで頼りない貧弱男から、穏やかでお人好しという評価に格上げされつつあるロックが、穏やかに微笑む。その落ち着いた様子を見て、ブレイドは呆れたように返した。
「お前はよく、あんなのとずっと一緒にいるな」
嫌みのつもりだったが、ロックはその言葉をさらりと受け流した。窓の外に目を向け、どこか寂しそうな表情をする。
「ディアナのあれは強がりだよ」
「ウソつけよ。あれ、絶対本気だって」
「ホントだって。強がらなきゃやってられないんだ。いつかブレイドもわかるよ」
「……え?」
ぽそりと言った言葉を聞き返すも、ロックは何でもなかったように、手元に視線を戻した。そして、ブレイドの手に作られた炎に目をやると目を細めて笑う。
「ああ、できたね」
「え? あ、……ああ」
ロックの助言をもとに先ほどから練習していた火魔法での炎作りは、ようやく課題であるこぶし程度の大きさになり、ブレイドの手の上で踊っている。ブレイドは、パチンと指をならしその炎を消した。
「後は慣れだよ。ブレイドはなんだかんだ言って飲み込み早いんじゃない?」
ロックは満足げに帰り支度を始める。何事も無い表情をしているが、ブレイドはさっきの話の中のロックの小さな呟きが引っ掛かってすっきりしなかった。会話の小細工などには向かない男である。ロックの首根っこをひっつかみ、早々に問い詰めた。
「さっきの、どういうことだよ」
「うわ、苦しいよ。別に知らなくてもいいことだよ。それに、あんまり余計なこと言うと、ディアナに怒られるし」
「ちゃんと言わねぇと、その前に俺がお前を懲らしめるぞ」
「ひー、やめてよ」
ロックが慌てて逃げようとする。しかし、ブレイドはその行き先に先回りして動きを止めた。
胸の奥がざわざわして、落ち着かない。直感のようなものだろうか。今ちゃんと聞いておかねばならないような気がして、ブレイドは半ば必死になってロックを絞め付けた。
「言え!」
「苦しいってば!」
のんきな口調ながらも頑固に反抗するロックに、若干苛立つ。いや、それだけではない。あんな性格悪そうな女のことが、気になって仕方ないことにも苛ついていた。
「ギブギブ」
ついに観念したように、頭を垂れるロックに、ブレイドは居丈高に詰め寄った。
「教えてくれるんだよな」
「二人とも、お互いの事は言えないよね。似た者同士じゃないか……」
「いいから、教えろ」
脅しにも近い口調でロックに詰め寄る。ロックの方はと言えば、怯えたような目でブレイドを見上げる。その表情は、ブレイドの癇に触った。目の前の弱そうな男が、決して本気で怯えてはいないことに気づいてしまったからだ。
「でも、本当に言えないよ。結構重い話なんだ」
ロックは困ったような表情をして、視線をそらした。ここまで頑なになられると、ブレイドとしても強気には出れない。どうしても聞きたいという欲望は消えていない。けれど、この調子ではロックは絶対に口を割らないだろうし、ディアナ本人にはもっと聞けない。腹立ちまぎれにロックを絞める腕を強くするも、それがただの八つ当たりだということも分かっている。
「ひとつだけ」
急に黙ったブレイドに、ロックが溜息と共にそっと耳打ちした。
「ディアナが回復魔法を使えるようになったのは、母親とそのお腹にいた赤ん坊が亡くなった時なんだ」
ブレイドの思考が一瞬止まる。重い話。確かに。人の死が絡む話に、軽い話などない。